3.封印された剣
# 第三話:封印された剣
フリーデンの町は思っていたより大きかった。石畳の道を歩きながら、私は武器屋の看板を探していた。
「鍛冶屋……はここじゃない。雑貨屋……ここでもない」
パン屋、雑貨屋、服屋、宿屋。中世風の看板が立ち並ぶ中を歩いていると、ついに見つけた。
剣と盾のマークが描かれた木製の看板。『武器防具・ギルバート商会』と書かれている。
「やっと見つけた……」
重い木製のドアを押し開けると、カランカランと鈴の音が響いた。
店内は薄暗く、壁には様々な武器が掛けられている。剣、槍、弓、斧――どれも実用的で、きちんと手入れされているように見えた。
「……何だ、客か」
奥から出てきたのは、太った中年男性だった。禿げ上がった頭に無精髭、汚れたエプロンを身に着けている。いかにも商売っ気のなさそうな、面倒くさそうな表情をしていた。
しかし、私の姿を見るやいなや、その表情が一変した。
「おお、これはこれは!お嬢ちゃん、いらっしゃい!」
急に愛想良くなった店主ギルバートが、にやりと笑みを浮かべた。
「珍しい服装だねぇ。異国の貴族様かい?何をお探しで?」
確かに、私が着ているのは前世の高校の制服だった。紺色のブレザーに、チェック柄のスカート。この世界の人たちから見れば、確かに高級な服に見えるのかもしれない。
「あの、武器を探しているんです。これで買えるものはありますか?」
私は小さな革袋から銀貨を取り出し、手のひらに10枚並べて見せた。
ギルバートの顔が一瞬固まった。そして、さっきまでの愛想のいい表情が嘘のように消え失せた。
「……はぁ?これだけ?」
急に冷たい声になった。私は慌てて説明しようとした。
「あの、すみません。お金がこれしかなくて……」
「チッ」
ギルバートは露骨に舌打ちをした。さっきまでの態度は一体何だったのだろう。
「その服装で俺を騙そうったって、そうはいかねぇよ。貴族の真似事して、金もないくせに」
彼は店の奥の角を指差した。そこには古い木の樽が置かれており、中にはくすんだ金属の柄が何本か見えていた。
「その金額なら、あの樽の中にある屑鉄しか無理だよ。好きなの選んで、さっさと出て行きな」
私の心が沈んだ。やはり、この服装が誤解を招いたのだ。きっと最初は私を金持ちの娘だと思って、愛想良く接してくれたのだろう。
「あの、それと……服屋と宿屋を探しているんですけど、どこにあるか教えてもらえませんか?」
私がそう尋ねると、ギルバートは呆れたような表情を浮かべた。
「服屋?宿屋?お嬢ちゃん、現実を見なよ。その金じゃもう何もできやしない。服だって宿代だって、その10倍は必要だ」
「そんな……」
「いいから、さっさと武器選んで出て行け。他の客の邪魔になる」
私は仕方なく樽の前に向かった。中を覗くと、確かに古びた武器がいくつか入っていた。錆びた短剣、刃こぼれした斧、柄の折れかけた槍――どれも実用性に疑問符がつくものばかりだった。
私はあまり体が大きくないので、重い武器は扱えない。軽くて、それなりに使えそうなものを……と探していると、一本の剣が目に留まった。
それは他の武器に比べて比較的状態が良く、細身で軽そうだった。鞘は黒く、柄には何か文様のようなものが刻まれている。古そうではあるが、なぜか他の武器とは違う雰囲気を醸し出していた。
「これにします」
私は剣を樽から取り出し、銀貨10枚をカウンターに置いた。
「へいへい、毎度あり」
ギルバートは銀貨を素早く懐に仕舞い込むと、もう私には見向きもしなかった。
私は剣を持って店を出た。
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町の中心部から少し外れた路地で、私は立ち止まった。ようやく一人になれた。
「どんな剣なんだろう……」
私は剣を鞘から抜こうとした。柄を握り、ゆっくりと引き抜く。
シャキン――
刃が鞘から現れた瞬間、突然頭の中に声が響いた。
《個体名「篠原結衣」の経験値1000を吸収し、個体名「喰ノ剣」の封印を解放します》
「え?え?何?」
パニックになった私は、剣を取り落としそうになった。しかし、剣は私の手にしっかりと吸い付くように離れない。
そして――
『ありがとよ、坊主。おかげで復活することができたぜ』
剣が、喋った。
「ひゃあああああ!」
私は思わず悲鳴を上げそうになったが、慌てて口を押さえた。こんなところで騒いだら、変な人だと思われてしまう。
『おいおい、そんなに驚くなよ。確かに珍しいかもしれないが、喋る武器ってのも存在するんだ』
剣の声は、頭の中に直接響いてくるようだった。男性的で、どこか飄々とした口調だった。
「き、君は……剣なの?」
『そうさ。俺は「喰ノ剣」。まあ、本当の名前は別にあるんだが、それは後で教えてやる』
私は周りを見回した。まだ町の中だった。通りすがりの人々が不思議そうにこちらを見ている。剣を抜いたまま立ち尽くしている私は、確実に怪しい人物に見えるだろう。
「ちょっと待って、ここだと人目につく……」
『ああ、そうだな。町を出よう。話すことも山ほどあるしな』
私は急いで剣を鞘に納めた。幸い、鞘に戻すと剣の声は聞こえなくなった。
町の出口に向かいながら、私の頭は混乱していた。剣が喋る?経験値を吸収?封印の解放?
一体何が起こっているのだろう。
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フリーデンの町を出て、街道沿いの森の中に入った。人通りも少なく、会話するには十分だろう。
私は木陰に隠れ、再び剣を抜いた。
『よし、これで安心して話せるな』
「あの……まず確認したいんだけど、君は本当に剣なの?私、頭がおかしくなったりしてない?」
『はは、気持ちは分かるが、お前は正常だよ。俺は確かに意識を持った剣だ。魂が宿った武器、とでも言えばいいか』
私は剣の刃を見つめた。黒い刃に赤い文様が浮かび上がっているのが見える。確かに、普通の剣とは違う何かを感じる。
「経験値を吸収って言ったけど、それはどういう……」
『お前、レベルは上がらないが経験値は通常の10倍もらえるスキルを持ってるんだろう?』
「え?どうして知ってるの?」
『契約した瞬間に、お前の記憶を少し覗かせてもらった。なるほど、異世界召喚組か。それで追放されて、一人でここまで来たってわけだ』
剣は私の過去を知っていた。召喚、スキル判定、追放……全てを。
『で、お前の持つ経験値を俺が吸収することで、俺は強くなれる。そして俺が強くなれば、お前も強くなる。つまり、持ちつ持たれつの関係ってわけだ』
「でも、私の経験値を取られたら……」
『安心しろ。お前は経験値を10倍もらえるんだろう?俺が必要とする分を差し引いても、お前にも十分残る。それに、俺が強くなれば、より強い敵を倒せるようになる。結果的に、お前がもらえる経験値も増えるってことだ』
確かに、それは理にかなっている。私一人では弱い魔物しか倒せないが、強力な武器があれば……。
「あの、君の名前は?さっき、本当の名前は別にあるって言ってたけど」
『……それはまだ言えない。今はまだ、俺も完全に復活したわけじゃないからな。ただ、お前が俺を育ててくれれば、いずれ全てを思い出すだろう』
剣の声に、どこか寂しげなものを感じた。
「分かった。それじゃあ、今は喰ノ剣って呼ばせてもらうね」
『ああ、それでいい』
私は剣を持ち上げ、陽の光にかざした。黒い刃が鈍く光る。
「よろしくお願いします、喰ノ剣」
『こちらこそ、坊主。いや、結衣と呼ばせてもらおう』
初めて、この異世界で頼れる存在を得た気がした。一人ぼっちじゃない。この剣が、私と一緒に戦ってくれる。
「それで……これからどうしよう?」
『まずは実戦だな。魔物を狩って、俺に経験値を食わせてくれ。そうすれば、お前も強くなれる』
森の奥から、何かの鳴き声が聞こえてきた。魔物だろうか。
私は剣を握りしめた。新しい人生の、本当の始まりだった。
『行くぞ、結衣。お前の真の力を見せてやろうじゃないか』
剣と共に、私は森の奥へと足を向けた。
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