2. 無能の烙印
# 第二話:無能の烙印
「それでは、お一人ずつ水晶に手を触れてください」
現れたのは純白の法衣に身を包んだ美しい女性だった。金髪を三つ編みにまとめ、慈愛に満ちた微笑みを浮かべている。まさに聖女という言葉がぴったりだった。
「私はリーゼル、この神殿の司祭長を務めております。この『真理の水晶』があなた方の能力を明らかにしてくれるでしょう」
水晶は人の背丈ほどもあり、神秘的な光を放っている。近づくだけで何か特別なものを感じた。
「じゃあ、俺から行くよ」
一番に手を挙げたのは笹崎優翔だった。いつものように積極的で、どこか自信に満ちている。
彼が水晶に手を触れた瞬間、水晶が眩いばかりの金色に輝いた。
「おお……」
リーゼル司祭長が感嘆の声を上げる。
「『聖剣召喚』……伝説級のスキルですね。光属性の聖剣を無制限に生成し、操ることができます」
「やったぜ!」
優翔の顔が歓喜に輝いた。クラスメイトたちからも感嘆の声が上がる。
「さすが笹崎くん!」
「すげーじゃん!」
次々とクラスメイトたちが水晶に触れていく。
木村コウジは『炎帝の拳』――炎を纏った必殺の拳撃を放てる能力。
山田さくらは『風神の加護』――風を操り、高速移動や障壁生成が可能。
田中エリカは『聖癒の奇跡』――どんな傷も癒す回復魔法の最上位。
佐藤マリは『氷晶結界』――氷の結界で攻撃を無効化する防御特化能力。
一人、また一人と、まるで異世界ファンタジーの主人公のような強力なスキルが明らかになっていく。水晶は毎回違う色に輝き、司祭長も感心したように頷いている。
私は列の後ろの方で、だんだんと不安になってきた。みんなこんなすごいスキルを持っているのに、私は一体何をもらえるのだろう。
「次、中村君ですね」
中村ユウタが水晶に触れると、深い紫色の光が放たれた。
「『影遁の術』……影から影へと瞬間移動できる忍者系のスキルですね。非常に希少です」
「へぇ……面白そうだな」
普段無口な中村が、珍しく口元を緩めた。
そして、ついに私の番が来た。
「篠原さん、どうぞ」
司祭長の優しい声に促され、私は震える手を水晶に向かって伸ばした。
触れた瞬間――
水晶が微かに白い光を放った。それも、今までの眩い輝きとは比べ物にならないほど弱々しい光だった。
「あら……」
司祭長の表情が困惑に変わった。水晶をじっと見つめ、何度か首を傾げる。
「これは……『不可成長』ですね」
「不可成長?」
私は聞き返した。なんだかとても嫌な予感がする。
「えーっと……」司祭長は言葉に詰まった。「得られる経験値は通常の10倍になりますが、その代わりに……レベルアップ時のステータス上昇が一切起こりません。また、新しいスキルの習得も不可能です」
教会が静まり返った。
「つまり、どういうこと?」私は震え声で尋ねた。
「簡単に言うと……成長できない、ということです」
その言葉が教会に響いた瞬間、クラスメイトたちがざわめき始めた。
「えっ、成長できないって……」
「それってつまり、ずっと弱いままってこと?」
「経験値10倍って言っても、意味ないじゃん」
そして――
「何だよそのスキル」
木村コウジの嘲笑が響いた。
「雑魚じゃねーか、篠原」
「ぷっ、まじで?最弱スキル?」
山田さくらも笑いを堪えきれずにいる。
「あーあ、可哀想」
「でもある意味すごいよね、こんなハズレスキル引くなんて」
クラスメイトたちの視線が私に集中した。同情、嘲笑、呆れ――どれも私を更に小さくしていく。
「ま、まあ……」
司祭長が慌てて取り繕おうとしたが、王が口を開いた。
「なるほど、つまりは戦力外ということか」
冷たい声だった。さっきまでの温厚そうな雰囲気は消え失せている。
「弱い者は足手纏いだ。申し訳ないが、君には出て行ってもらおう」
「え……?」
「追放だ。我が国に無能な勇者は必要ない」
私の心臓が凍りついた。追放?私だけ?
「ちょっと待ってください!」
鬼崎先生が前に出た。
「確かに戦闘能力は低いかもしれませんが、彼女も我々のクラスメイトです。一緒に――」
「ダメだ」王は断固として首を振った。「戦えない者を養う余裕はない。これは決定事項だ」
私は呆然と立ち尽くした。まさか、こんなことになるなんて。
「篠原……」
田中エリカが心配そうに声をかけてくれたが、私にはもう何も聞こえなかった。
「仕方ないよ、エリカ」
佐藤マリが冷たく言い放った。
「足手纏いになるより、一人で頑張った方が彼女のためでしょ」
「そうだよ」木村コウジが追い打ちをかけた。「俺たちは世界を救わなきゃいけないんだ。お荷物なんて連れてられないって」
笹崎優翔は何も言わなかったが、その表情は明らかに「当然だ」と語っていた。
騎士たちが近づいてきた。
「こちらが路銀です」
小さな革袋を手渡される。中には銀貨が何枚か入っているようだった。
「これで当面の生活はできるでしょう。頑張って生きてください」
それだけだった。
私は袋を握りしめ、教会を出て行った。
後ろからクラスメイトたちの声が聞こえてくる。
「まあ、仕方ないよね」
「でも一人で大丈夫かな?」
「知らないよ、もう関係ないし」
「それより俺たちのスキル、すげーよな!」
声はどんどん遠くなっていく。そして大きな扉が閉まった。
完全に一人になった。
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王都の大通りを歩きながら、私は空を見上げた。青い空、白い雲。でも、私の心は真っ暗だった。
異世界に来て、特別な力をもらって、でも結局は一人ぼっち。今までと何も変わらない。いや、もっと悪くなった。
ここには家族もいない。友達もいない。知らない世界で、一人で生きていかなければならない。
路銀の入った袋を握りしめながら、私は王都の門を出た。門番の兵士たちが同情的な視線を向けてくるが、もう慣れっこだった。
「隣町のフリーデンまでは半日の道のりです。気をつけて」
門番の一人が親切に教えてくれた。少なくとも、この世界にも優しい人はいるようだった。
フリーデンの町へ向かう街道を歩きながら、私は考えた。これからどうやって生きていこう。戦えないなら、何か他の仕事を見つけなければ。
でも、その前に――
「武器を買わなきゃ」
この世界は魔物がいる。丸腰では危険すぎる。たとえ戦闘能力が低くても、最低限の護身用の武器は必要だろう。
フリーデンの町が見えてきた。石造りの家々が立ち並ぶ、中世ヨーロッパのような街並み。煙突からは煙が上がり、人々の生活の営みが感じられる。
武器屋の看板を探しながら、私は町の中心部へ向かった。
「武器屋……武器屋……」
きっとあるはずだ。冒険者がいるような世界なら、武器を売る店もあるだろう。
路銀を確認する。銀貨が十数枚。これでちゃんとした武器が買えるだろうか。
不安を抱えながら、私は町の奥へと足を向けた。
新しい人生の第一歩。それは、たった一人での武器探しから始まった。
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