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2-1.18歳の私と36歳の彼女(1)

 この景色は初めて見る。でも見覚えがあるような気がする。だからか、珍しさも感じない。そんな、街中から郊外へ向かう道路沿いの景色にまでわくわくさせられて、しかも同時にとても寂しくなるのは、それだけ私にとって特別な場所、街だからなのだと思う。あるいは、単にはしゃぎ過ぎなだけ。

 ここでは何もかもが特別な経験で、言葉も通じない外国に来たような気分だった(本物のそういう経験はない)。街にあるのは見たことのない看板ばかりだったし、それを画面越しではなく、直接間近で目にしてしまうと、私の知らない世界や生活が、本当にそこにあるのだと思い知らされる。

 まあ単に、表面的なところが少し違うだけなのかもしれないけれど。スーパーで見かけたお米の名前に見覚えがなかったように。たぶん私にとってはそれが、ななつぼしでもゆめぴりかでもササニシキでも同じだろうし、コンビニの選択肢にセイコーマートが無くても、困るほどではないだろうし(と、この時は思っていた)。

 とはいえ、不安もないわけではなかった。もっと大きな部分について。炊飯器の使い方は知っているけど、お味噌汁を作ったことはないし、他の料理もほとんどそうだし、住むことになる部屋のコンロは火が出ない(意味が分からなかった)のだから、まともなものを食べていけるんだろうか、ということとか。ネットでうんざりするほど流れてくる、隣近所とのトラブルのような話を考えてしまって、不安にもなる。このバスの運転手さんに怒鳴られた車の運転手さんのような立場に、私が置かれるかもしれないのだし。

 しかし結局そんな気分も、バスが着いた頃には、すっかり消えてなくなっていた。降りるタイミングを逃して、乗っていた人たちが続々と降りていくのを見送って、最後の、眼鏡をかけた、何か冷たい印象を受けたような気がした、髪の長い綺麗な女の人(私に譲るようなそぶりを見せていたけれど、先に行ってもらった)の後、リュックを背負い、バッグを肩に提げて、スーツケースを引っ張って、やっと降りることができた。

 真っ暗だった。降りる前から分かっていたけれど。オレンジ色の街灯が並んでいた。一方はだだっ広く、高い建物は全然ない。反対側には、白く無機質な、ほとんど箱にしか見えない形のビルがある。ぽつんと。そしてその向こう側に、大きな、とてつもなく大きな船が見える。少しだけ。低く、うなるような音が、どこかから聞こえる。これから私が乗る船だ、と思うと、笑ってしまうほど、気持ちがわくわくとした。

 受付の手続きをしたりするその場所で、私は一人きりだった。話し声も音楽も聞こえず、もっと小さい頃の私だったら、怖くなってしまっていただろう。しかし今の私には、そんな場所にいるのも、ひたすらに特別な経験でしかなかった。隅に置かれていた船の模型が何か壊れていると思ったら、私が小学校に入る前にあった地震で破損したものをそのまま展示しているという説明書きを見つけて、もしそれが今だったら、私はここで頭を打つか潰されるか溺れるかして死ぬんだろうかと思ったりしている間も、気持ちでは楽しくて仕方がなかった。

 飛行機に乗る時と似ていなくもない通路を通っていくと、窓の外に、これから歩くことになる通路を間に置いて、船が見えた。通路を曲がった先の窓では、もっと近くになり、遮るものもなくなって、もっと大きく船が見えた。夕闇と真っ暗な海を背景に、港と船自身の明かりに照らされている。

 最後に曲がると、通路の外見は無骨になり、いかにも乗り降りのためにすぐに取り外しができるという感じで、もう引き返せないんだという気分になる。別に引き返したいわけではないけれど。飛行機でも同じような気分になるし、そっちの方が、気持ちとしては本物だった。怖いから。だって、落ちたら死ぬんだし。それに比べると、今回は初めての経験なのに、ずいぶんと気楽だった。地に足、というか、水に腹(船の)がついている余裕ってものか。でも今海に落ちたら、水が冷たすぎて、結局すぐに死ぬのかもしれない。どうやって?

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