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1-2.36歳の私と18歳の彼女(2)

 食事に向かう。荷物を置いて、すぐに。船の中には意外なほどの人がいて、この人たちにはここに来るまでの、そして船が着いた先の生活が、それぞれに別々のものとしてあるのだという単純で明白な事実を少しでも意識してしまうと、いつもめまいがする思いがした。私はそれを一つも知らないし、知ることもない。

 並んだ末にほどほどの品数を確保して、窓の近くの席に着いた。やがて野太く控えめでこもったうなり声と振動が起こり始めた末に、港の明かりがゆっくりと動き始める。舞台装置が舞台袖に引き揚げていくように。しかしまだしばらくの間は、その明かりは視界の中にある。そしてだんだんと遠ざかっていく。

 まだ港の近く、あるいは港の中だった。そんな時間が、かなり長く続く。感慨にふけったり感傷に浸ったりするには、風景の変化が間延びしているし、そもそも同じ経験がいくつもあるせいで新鮮さが薄い。

 しかしそんな私とは違って、感動を味わう人もいるらしい。以前の私もそうだったように。

 やり過ぎに見えるほどの品数が盛られたトレーを持って、ある女の子がうろうろとしていた。子供っぽさと大人らしさのちょうど中間ぐらいにいるらしくて、あどけなさと、整った顔立ちを併せ持っていた。だから、メイクをほんの少しだけで済ませているのは全く正しい。私が抱いたような認識や感覚を理解した上で、ではないと思うけれど。ともかく、大きな目や形の良い輪郭はほんの少しの手助けで十分だった。耳をちょうど覆うくらいまでの髪は、見るからに、うらやましいほどさらさらとなめらかで、歩くたびに揺れて、明るい茶髪のインナーカラーが姿を見せ、耳には小さくてシンプルなピアスが覗いていた。フード付きのクリーム色のパーカーと黒のハーフパンツという格好で、すらりとした健康的な白い足の先の白いスニーカーは、履き古されて、いくらか汚れていた。

 文字通りに目が輝いていて、その浮ついたほどの気持ちが全く隠しきれていない。あるいは、隠そうともしていない。満面の笑みを浮かべているというわけではないし(明らかにその寸前ではあった)、行き交う人々の中で、自分からよけたり立ち止まったりと、気遣いを欠かしてもいない。つまりそのくらい冷静に振る舞っていても、この時間も空間も、彼女にとってはあまりにも新鮮で特別なものなのだということが、私にも分かった。しかし私にとっては、最初ではないから新鮮ではないし、最後にするつもりもなかったから特別でもなかった――まだ。

 しかしふと、自分がそうやってその女の子を気にした理由が分かった。私から見える位置に彼女は一人で座っていて、確保したものを片付けていったり、窓の外の――私にはいくらか退屈な――景色をうっとりと眺めたりするその様子に、見覚えがあったからだ。

 同じように開けたレストランで、同じように食事をしている姿。二週間ほど前(あり得ない正確性を付け足してしまえば、先々週の金曜日の夜)、駅の地下街。私も同じ店にいた。ただしそのときには上着付きのセーラー服姿だった。見かけたことのない学生服だったから、目を留めたのだと思う。

 傍目からでも、彼女がその食事の時間を心から楽しんでいるというのが、はっきりと分かった。初めての店だから、あるいはそうやって一人でレストランに入るという経験自体が少なかったからでもあるのだろうけれど、私には何か、もっと違う理由がそこにあるような気がした。たぶん、私が同じようにしていたことがあるからだ。十八年ほど、いや、ちょうど十八年前に。場所も同じだった。

 彼女を観察したり、気持ちを想像すると、私が確かに抱いていたことのある感情の形が、そこに見えた気がした。しかしそれはもう私には手を届かせるなんて到底無理なほど遠く、時間的にも空間的にも離れていくあの街に置き去りにされている。そして、ただ羨み、余計な世話を焼くことしかできなくなっている自分に気づく。すると、鏡の中の自分の顔の口元に、うっすらとした、しかし一度意識したら見逃しようのない、そんなしわを見つけたような気分になった。その一本のしわを認識した瞬間に、顔全体、私全体がひどく年をとったように見える。あるいは、見過してきた自分のそんな変化、とっくの昔に起きていた、見たくなかったその変化に、やっと気づいたということかもしれない。

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