4-1.鏡に背を向けて(1)
目の奥や体の節々に、鈍い、うずくような痛みを感じるのは、睡眠が足りていない証拠だった。窓の外には、相変わらず延々と海が広がっている。相変わらずというのは嘘で、曇った、明るくなりきっていない青白い空の下で、波打った青黒い姿を見せていた。朝食を用意したまま、私はずっと、そんな景色をぼんやりと眺めていた。
――おはようございます。
私が買ったのと同じものが乗ったトレーを持って、彼女が目の前に立っていた。トレーナーにスウェットという昨日よりもさらにラフな格好で、それでもむしろ、素朴さが魅力に加わっているようだった。眠そうな目、細くてくっきりした眉は形が良く、うらやましく思える。私が答えると、彼女は、小さなテーブルの反対側、空いていた席に着いた。
――こういうの、いいですよねえ。朝ご飯って感じで。
何か自分でも白々しいことを言っているような気もしたけれど、茶色い殻を割って卵をかき混ぜていると、自然と漏れてしまった。目を覚まして部屋の窓から、空は曇っていても明るい海を見て以来テンションがおかしく、たぶん、ずっとニヤニヤしっぱなしだったと思う。でも、目の前で私と同じようにしている(はずの)手つきや、そこで鳴る控えめな音(卵の殻を割ったり、かき混ぜたり、などなど)が、何というか、とても優雅なものに感じられたのは、それだけのせいでもないはずだった。いくらか伏し目がちだったり、髪を束ねたりしているのは、朝だったからなのだろうけれど、私には、それまで目にしてきたのとは別な場面での見本を、その人が見せているような気すらした。
――めっちゃおいしいって、決まってますよね。
卵のからんだご飯を海苔で包んで口に運ぶ動作に見とれていた私に、口元に手を当てながら、彼女が言った。うっすらと笑って。私がするようなことのなさそうな様子だったけれど、それは彼女にとって、私が笑ったのと同じように、自然な振る舞いなのだと思った。
彼女とは、その後に大浴場でも出くわした。奇遇が続き、嬉しくなり、長々と互いの住む街のことを話した。出る頃には、思い出と名残惜しいことが、一つずつ増えてしまっていた。
やがて窓の外、曇り空と青黒い海ばかりだった景色の中に、陸地が少しずつ、ずっと遠くに見え始めた。空は相変わらず灰色で背景としては味気なかったけれど、ただ真っ黒な、陸の輪郭、島影とでも言うしかないものだったのが、だんだんと、そこに建物が並び、車があり、船がある景色へと移り変わっていく。五階(乗船口があり、客室としては一番下の階層。甲板は七階から出られる)の窓から見下ろすと、その空間はだだっ広く、海に対して切り立っていた。しかしそれは、むしろ外側との接続を意味していたのだった。サイロや倉庫も見え、さらに外の世界へと、道路がつながっていた。
直接、あるいは間近に見たことはなくても見覚えのある景色でもあり、港から苫小牧駅に至るまでの経路の範囲だけは、何度か目にした景色でもあった。