3-4.18年という鏡(4)
――確かに、子供の頃ってそうですよね。私なんかはもう、そういうふうに前向きになりづらくて、すごく、うらやましいと思っちゃいますけど。
――はあ……あの、お姉さんって、私とそんなに離れてます? すごく大人っぽくは、見えるんですけど……
――たぶん、ちょうど倍くらいだと思いますよ。
――倍……えっ、本当ですか? ごめんなさい、一・五倍くらいかと思ってました……
――あははは、正直に言わない方が良かったですね。まあ、そのくらいは一応生きてるから、少しは知ってることもあるんです。
――そんなあ、大先輩じゃないですか。私なんて、何も知りませんよ。まだ完全に子供気分ですし。一人暮らしだって、楽しみも不安もありますけど、結局、全部想像ですし……っていうか、想像もできてなくて。
――子供でいられるんだったら、その間はその子供気分を楽しむのがいいんじゃないですかね。その先は、また違ってきますから。
――大人になると、ってことですか?
――ええ。私がダメだからそう感じるのかもしれませんけど……こんなふうになる前に、結構、都合よく死ねそうな時があったんです。そのことを、今更……っていうか、ずっと考えちゃって。
――何か、事故にでも遭ったんですか?
――私は別に。ちょっと停電とか断水があって、部屋が散らかったくらいで、全然、死ぬようなことじゃありませんでしたよ。でも割と近くで、たくさん人が死んだんです。私がその日に、そういう場所にいた可能性もあったと思うんです。実際、行ったことありますし。電車ですぐだったんで。だから、どうして私はその中の一人にならなかったんだろうとか、誰かの代わりにそうなれてたら、ずいぶんマシだし、悩むこともない死に方だったんじゃないかとか、その時よりも、最近、強く感じるようになっちゃって。もう十年以上経つんですけど……あはは、すいません。変な自分語りしちゃって。キモかったですよね。
――いえ、なんていうか……私の十年前とか、考えちゃいました。なんて言うか、私って、そのときも今もなんにも知らないし、まだまだなんだなあ、って。
――別に、そんな大層なことじゃないですよ。要するに、私の愚痴ですから。ただ、その……人生なんて、人が言うほど、いいものじゃありませんよ。そんなことを、私が勝手に感じてるだけです。
――なるほど……うーん、でも……なんていうか、そんなに悪いものでも、ないんじゃないですか?
彼女は顔を、何も見えない真っ暗な景色から、隣の少女へと向けた。甲板の白い無機質な明かりに照らされた少女は、片手で手すりに体重をいくらか預け、もう片方の手の指を風でいくらか乱れた髪に沿わせながら、いくらかうつろな目で、何も見えないはずの暗闇を見つめていた。そして視線を感じたのか、ゆっくりと顔を彼女へと向け、少しだけ見つめ合うと、ごまかすように、しかし屈託なく笑った。
やがて二人は並んで手すりから離れ、船の進行に逆らって歩いた。丸みを帯びた錐状の煙突が低くうなりながら見下ろすのを見上げ、生暖かく、焦げたような油の匂いの混じった空気の感触を味わいながらゆっくりと彼女は歩き、隣の女性もその歩幅に合わせて歩き、彼女の様子を微笑しながら眺めていた。
甲板の後端にたどり着くと、見下ろした先の鎖で塞がれた通路と階段の向こうには、下の階層があり、さらにその先に、暗い海と夕闇が広がっていた。目をこらすと、彼女たちを乗せた船が作った航跡が、おぼろげに伸びている。ちょうどその真上のあたりに、満ちかけた真っ白な月が、不意に雲間から姿を見せていた。月の青白い輝きは、静かでありながらあまりにもまぶしく見え、白い航跡の描く緩やかなカーブが海面にどこまでも続いている様を、いつの間にか、くっきりと照らし出していた。