隣の席の冬坂さんは何故かハサミが大好きだし、ハサミに似ている。
僕の隣の席に座る彼女を"一言で表せ"って言われたら、なんて答えるだろう?
そうだな。
それなら僕は『ハサミ』と答えるかもしれない──。自分でいうのはなんだが、それはずいぶんと言い得て妙なモノだと思う。
だって実際に彼女はハサミみたいな少女だったし、ハサミをこよなく愛していたのだから。それは傍から見れば異常にしか感じられないぐらいには、それほどに。
「このシャープで強固な、漆黒の剣が美しいのよね」
銀髪の美少女『冬坂カナデ』はなんといってもハサミが好きだったのだ。
そしてよくハサミに似ている。
放課後。
とある私立高校の教室で、僕と彼女は勉強を共にしていた。他には誰もいない。この教室に残っている生徒は二人だけ。教室の窓を越え、カーテンの隙間から差し込む太陽光は決して明るくはなかった。ふと僕は彼女の言葉を無視しつつ、自分の右腕にセットしていた腕時計を見た。
「もう五時か、ずいぶんと早いな」
「で、それで私のことは無視?」
……え?
「僕に話しかけてたのかよ……」
「そうに決まってるでしょ」
カーテンが空いた窓から吹き込む風で、大きく揺れて、上へ舞った。そして同時に冬坂のウルフカットの銀髪も微かに揺れた。
相も変わらず、綺麗な髪だなあと僕は静かに感心する。
だけれど、そんな絶景から少し視線を落とせば、そこには奇怪な世界が広がっていて。
「つーか。あんたはさ、ずっとハサミを見ていて、退屈しないのか?」
僕は聞いた。
勉強している最中だっていうのにずっと、左手で黒色を基調とした”ハサミ”を持つ彼女に対して。そしてそのハサミはたしか、彼女のお気に入りのものであり──黒色を基調というか、全身真っ黒な──ペーパークラフト用のものだったはずである。
「退屈するわけないでしょ。だって退屈しないためにハサミを見ているんだもの。それで退屈してしまったら、本末転倒だわ」
「ハサミが退屈しのぎ……ねぇ。そりゃあ、不思議なもんだな」
ハサミを見ることが、退屈しのぎになるのだと彼女は言った。僕としては全く理解出来なかったし、共感が出来ないものだから、どういう風に返答すればよいのか迷う。
「ハサミを見ることが暇つぶしなんて、初めて聞いたよ。生まれてこのかた、そんな話聞いたことない」
「ふうん。別に他人がどうこうはどうでもいいのよ。私はハサミが見れればそれでいい」
「はあ……なんだか、不思議なもんだな」
あまりに困り果てて、僕はたったさっきと同じ返答をしてしまった。余程理解出来ないものだったのだろう。彼女のハサミ思想は。
「それと」
彼女は僕を睥睨し、続けた。
「これは暇つぶしなんかじゃないのだけれど。退屈しない為に見ているだけで、退屈しのぎではないわ。私は時間をつくって、ハサミを意図的に、自主的に、快楽的に見て、たしなんでいるの」
冬坂の訂正を聞いた僕は率直な感想を述べさせていただくが────彼女に怒られる覚悟で言うが──そうか、と言うほかなかった。
「そ、そうか」
「ちゃんと理解した?」
「理解する気はさらさらないけど、なんとなく」
「誠意がないわね」
そりゃあ、困った。僕はどうしようかと肩をすくめ、数秒間を置いてから、話題を変えることに決めた。
とはいっても、出来るだけ自然に。ナチュラルに。
「それよりもさ、なんで、冬坂はそんなにもハサミが好きなのさ」
僕は聞いた。
「はあ、なんでそんなこと」
「いやさ、まだ僕たちは高校一年生で──知り合って、まだ二ヶ月ぐらいだろ? それでさ。損していると思うんだよ、僕は。唐突だけど君はすごい可愛い。だけど性格が損している、とはちょっと違うと思うけど。君は異常なまでにハサミが好きなせいで、周りの生徒から若干引かれている。で、他人の目を気にしないほどに、ハサミが好きなのにはどんな理由があるんだろうなって」
余計なお世話だったかもしれない。
でも純粋に気になったんだ。と僕は彼女に言う。
すると、乗り気ではなかった様子だけど、彼女はペーパークラフト用のお気に入りハサミを机に優しく置いたのちに、僕の目を見て、話始めた。
「別に隠すことじゃないし、教えてほしいのなら教えてあげるけれど」
「それなら、教えてほしいな」
「つまらないと思うけど?」
「それでも構わない」
なら、と前置きして、冬坂が続けた。
「……」
沈黙を、続けた。
「え?」
数十秒間ぐらい、彼女は黙ったままだった。今にも話そうってタイミングで、わざわざ僕を小馬鹿にするためにやっているんじゃないかって邪推するほど、タイミングの良い、長い沈黙がそこにはあった。
なんだよう、もう。
「え、ええ。なにさ。話してくれるかと思ったのに、どうして急に黙るんだよ」
「ほら、話したわよ」
「ほえ?」
やはり、冬坂という存在を理解出来なかった。
「話したから、そうね、報酬として五十万ぐらいはかたいかしら。何で払ってくれるの? 現金で一括払いが一番手っ取り早いけど」
「あー、はいはい……どうしようかな、支払い方法は」
そこまで言って、僕は途轍もない違和感に直撃しする。
待って。支払いって、何の話だろう? 僕はとくに何か買った覚えはなかったし、サービスを受けた記憶もない。それにそんな大金を払うべきものを得たワケでもないし、まずなぜ冬坂に払わなければならないんだろう。
疑問が一つ出てくれば、そこから芋づる式にどんどんんと疑問が増えて、増えていった。
──あれ、これ、おかしくないか?
そして気がつく。
もしかして冬坂は、さきほどの沈黙を『自分がなぜハサミを愛しているのかを語るサービス』だったと認識しているんだろうか。
そしてその沈黙には極限なまでの内容が詰まっていて、五十万の価値があると思っているんだろうか。
そんなこと、あるわけない。
あっていいはずがない。
「待って。待ってくれ! ──あの沈黙に対して、僕が五十万、どころかお金を払う道理なんてないぞ!」
「私はしっかりと語ってあげたでしょ、ハサミが好きな理由は」
「聞いていない!」
「まあ、あなたの耳が私の話を”聞いていない”と錯覚してしまうほどつまらないモノだと認識したのじゃないかしら」
「そ、そうなのか……?」
なんだろう。僕は新手の詐欺に引っ掛かりかけている気がする。
「冗談よ。まだ話してないわ。ちょっと騙してみようと思っただけ。そして運が良ければ、お金が貰えると思っただけ」
「僕はそれを怖いなと思っただけ。そしてあんたは──ただの犯罪者予備軍なだけ」
「失礼ね」
「あんたが僕にしたことのほうが、よっぽど十分に失礼だと断言するよ」
「……私って、とても可愛いと思うの」
「急にどうしたって、いやそれは事実だとは思うけどさ。自分で言うものなのか、それって」
「別に構わないでしょう」
「それもそうだな」
彼女はどうやらやっと話す気になったのか、大きくため息をついて、そして続けた。
「私がハサミが好きな理由は、別に大したものじゃないわ。それは私がハサミみたいだからよ」
「うーん。それはいったい」
「ハサミみたいとはいっても、別にステンレス製ってわけじゃないのよ?」
「流石にそれは僕の脳を馬鹿にしすぎだ──」
彼女が純粋に僕に気遣うようにそういうけれど、僕としてはただただ馬鹿にされて、惨めなだけだった。苦笑しか取れねぇよ。
「私はね、ハサミみたいなの。なんでも切る人間なのよ。よくもわるくも。私って可愛いでしょう? だから周りの人にチヤホヤされていた。彼氏は出来たことないけど、仲のいい友達は何人も出来た。だけどそういう人間関係は長くは続かなかったの」
「ふむ?」
「どれだけ仲の良い友達でも、ふとしたタイミングでその関係を私は断ち切ってしまうのよ。なんでかは自分でも分からない。ただ断ち切ってしまうの。趣味も同じで、基本的には続けていたものでも、うっかりして断ち切るようにやめてしまう。まるで私とその趣味を繋ぐ赤い糸をハサミで切ってしまったみたいにね」
なるほど。
「だから私はハサミみたいなの。ハサミみたいによく、なんでも断ち切ってしまう。……そのことを、私は十三歳の時に気付いて、それ以来ハサミというものに親近感を抱いて、よく持ち歩くようになったのよ。そうね。言うなれば私の恋人よ」
「恋人って、かなり大袈裟じゃないか」
「いいえ、適切な比喩表現よ。これで合ってる」
「まあ本人がそう信じているのなら、僕としては一向に構わないし、いいのだけれど。それにしてもそうか。ハサミが好きな理由は、そういうもんなのね」
「どう、つまらないでしょう」
「そんなことはない」
彼女は机に置いていたハサミを手に持って、手で宙に浮かべて、じっと見ていた。冬坂はやはり筋金入りのハサミ好きらしい。ハサミと似ている、というところから来る親近感で。
「っと、それより、勉強しなきゃだな」
「……そうね」
自分の机へと視線を落とす。眼下に広がるのは、数学の課題──とても難しい──問題演習集のプリントであった。
全四問中、僕はまだ一問も解けていない。数学がなんていうか、大の苦手なのだ。だから数学が得意だというちょっと不思議な優等生である彼女に、勉強を教えてもらおうと思い、いま今日ここにいる──。
”という、わけではなかった。”
そんなわけなかった。
「でも、解けないわよ、こんなの!」
「うーん、なんでこうなったんだろう。普通は僕があんたに、それかあんたが僕に勉強を教えているシチュエーションだろ? なんでソレを馬鹿同士でやらなきゃいけないんだよ」
僕は不満で仕方がない、そう後に付け足した。
そう。そうなのだ。
僕は優等生である彼女に勉強を教えてもらっているわけでもないし、彼女がこの学校で特段成績が優秀で、優等生なわけでもない。ただ数学の小テストでボロボロだった同士で、放課後居残って勉強しろと言われただけなのだ。
「仕方ないでしょ、馬鹿なんだから。あの教師が。こんなやりかたしたって、数学の成績なんて上がるはずがないのに」
馬鹿である銀髪少女は、数学教師を馬鹿だと罵った。
「ふーん」
特に共感できることもなかったので、僕はただそう言った。そして結局、数学の課題────四問中、一問も解けずに、僕たちは放課後の強制自習(強制なので自習とは言えないかもしれない)を終えたのだった。
◇◇◇
「はあ」
家への帰路。
僕は駅前にある本屋へ訪れ、参考書を購入した。本屋を出るころには、空は真っ黒になっていた。人通りはかなり少ない。駅前はいつもかなり混雑しているのだが、学生の下校時間は概ね過ぎたが────まだ通勤ラッシュの時間帯ではなく、絶妙な時間帯だから、今日は空いているのだろう。
「それにしても、重い!」
なにが。それは心の闇が。……ではなくて、購入した本が三冊積まれたプラスチック袋が重いのだ。
あまりにも数学の課題が分からなすぎて、あまりにも張り切って参考書を購入してしまった……分かるはずもないのに、バカなのか?
「この癖、治さないとなあ」
僕はところどころ衝動的な性格というか傾向があるのだ。
そして今日、帰りの苦労なんて考えないで、重い参考書を何冊も買ってしまったこともその傾向が顕著に現れた結果だろう。
今に帰ろうと、本屋を出て歩き出す。止まっていた脚を一歩ずつ、ゆっくりと歩み出した。その時だった。
「あれ? あれは、冬坂じゃないか」
駅ビルの真下、僕が出てきた本屋のすぐそばにある何もない場所で。
見覚えのある銀髪のハサミ少女は座り込んでいた。冬坂カエデは体育座りしていた。
いや訂正しよう。
正確には、何もない場所ではなかった。
多分、捨て猫なのだろう。冬坂が見つめている視線の先には毛布が敷き詰められた段ボール箱───その中に入って健気に鳴いている茶トラネコがいた。茶色一色の可愛らしいネコ。
「可愛いぃ、天使だぁ……にゃんにゃん、にゃんにゃーん」
そして。猫の目の前で腰をおろし、猫の鳴き声の真似をする普段の学校の姿からは全く想像出来ない冬坂カナデがそこにはいたのだ。
僕は啞然として、声が出なかった。
"ヤベェ光景を見ちまった!"
映画みたいだけど、驚きすぎて右手に握りしめて掴んでいたプラスチック袋を落としてしまいそうにもなった。
おいおい。
なんだか、学校での彼女とずいぶんとキャラが違うじゃないか。
「むう」
こういう時はどうすりゃ良いんだろうか? 話しかけようと最初は考えてみていたものの、ちょっとそれは悪い気がしてならない。なんで悪いのか説明してみろ、そう言われると上手く説明出来ないのだが、とにかく彼女に対して悪い気がしたのだ。
別に僕としては、わざわざ彼女に声をかける理由もなかった。
だから、僕はそのまま何も見なかったことにして、立ち去ろうとする。
『見てみぬフリ』
しかし。
彼女に気づかれないように忍び足を意識しすぎていたせいで、本末転倒、前をしっかりと見ておらず──。
「う、ぁ!」
今度こそ本当に。何もないところで。歩む足を平らな床に引っ掛けて、かなり大きく転んでしまうのだった。
そしてそして運悪く──冬坂の前まですっころんでしまう。
「……」
「あ、えーとっ、よう、冬坂。どうしたんだ。学校終わつても、こんなところにいるなんてさ」
顔を見上げて、僕は一瞬硬直したし、脳がフリーズする感覚を覚えた。だってそこには気持ち悪いくらいに不気味に笑顔な、冬坂の表情があったのだもの。
あれ。僕なんかやっちゃいましたか──というと、怒られそうだ。
というかそんな余計なことをせずとも、怒っている様子だった。
激昂。激怒。
「見たの?」
だけど、彼女が僕を見つめて放った第一声は冷静なものだった。どうやら思ったよりは怒っていないらしい。いやまあ、そりゃそうか。ただ猫を可愛がっているのを見ただけで、学校とは違う一面を見てしまっただけで、怒ってしまう人間なんていないだろうさ。
どうやら杞憂だったようだ。
「み、見てないです……」
もちろん、僕は決して下手なことは言わないように気を付ける。たとえそれが杞憂だとしても、変なことはしない。
決して。
口が裂けても、野良猫の前でネコの物真似をする冬坂カエデを見たなんて───言えない。
そんなことしたら彼女に途方もなく、ひたすらに怒られるのが目に見えていたからな──。
「じゃあ良かった。杞憂だったようね」
「良かったよ、危うく冬坂がにゃんにゃんしているのをしっかりと聞いていたって、口を滑らすところだった」
あれ?
「ん?」
「あ」
いわゆる、フラグ回収。
どう気が狂ったのか、僕はそんな風に口走ってしまっていた。隠すべきことを。
「へえ。どうやらそれは危なかったわね。それに良かったわね。その杞憂が、危有に変わって」
「まて、待ってくれ!」
上手いことを言う彼女はぶちぎれた。いや、ちょっと前から既にブチ切れていた。僕が説明するまでもなく、彼女は切れていた。自分が口走ってしまったことこそ、きっとキッカケなのだろうけど。
僕は悪くないぞ!
「危険がそこには迫っているわ、危険が有るのよ」
彼女はそう言って、背負っていた学校の鞄からハサミを取り出した。さきほど僕が見たペーパークラフト用の黒色ハサミである。そして凶器でもある! そのハサミがあれば人を殺そうと思えば、殺せるだろうし。
たとえ殺傷は難しくても、目潰しぐらいは容易だろう。
そう考えると、背中どころか、体全体が凍りつくような恐怖に陥った。
後ろからハサミの両刃を合わせてカチンと鳴らす音がした。もちろん、それは幻聴だろう。だってこんな公の場でハサミを脅し道具として取り出すヤツなんて、冬坂以外いないに決まっているのだから。
ああ。あまりの恐怖で僕は幻聴さえも聞こえてしまっているのか──。
「遺言はあるかしら? 一応聞いておくし、親御さんにも伝えておいてあげるわよ」
彼女は怖いことを言いながら立ち上がって、僕に一歩近づいてきた。
待って。待ってくれ!
僕を殺そうとするな!
「いやだ! 僕は死にたくない! それに、ただちょっと可愛い一面を見てしまっただけでそんなにキレることあるかよ!?」
「言ったでしょ、私はハサミだって」
ハサミ? ……もしかしてコイツは、紙などを切るほうほうの『きれる』と怒る『きれる』をかけているっていうのか?
冗談じゃない。僕としては、そんなことはどうでもいいし、くだらないし、それで人を容易く殺そうだなんて猟奇的で狂気的すぎる。
よくキレル彼女は不敵に、ハサミの先端を勢いよく僕に向けて突き、繰り返す。
「遺言はないかしら? ないのなら、別にいいわ」
と。
「本当に待て、僕はとくだん悪いことなんてしないだろう!」
「いいえ。あなたは知りすぎてしまった」
「僕はホラー小説の最後とかで何者かに殺される主人公かよ!?」
まず同級生の可愛い側面を見ただけで、垣間見ただけで、知りすぎたってどういうことさ。
「そうよ」
……そうなのか!
僕は、自分のことを自分が思っている以上にあまりにも知っていなかったらしい。把握していなかったらしい。おかしいな。自分探しの旅でもして、自分という人間がなんなのか、理解してみようかな──って、そんなわけあるか!
僕は正真正銘の、ただの男子高校生だ。
高校一年生だ。
だから決してホラー小説の最後とかで何者かに殺される主人公ではない。
「覚悟は出来たかしら──!!」
「うお、待て、話し合える。話せば分かる。いやごめん。僕としてはあんたの気持ちなんて全然、中々に理解しがたいもので、理解したくもないけれど! この際なら理解しようと努力する!」
「終わり良ければ全てよし!」
「どうみても、終わり良くないだろう!?」
彼女は突き刺しゴメンと言いながら、僕にハサミを向けて、飛び込んでくるのだった。
目を瞑って、僕は痛みに備えた。
しかし、いつまで経っても痛みは訪れなかった。
「……は?」
もしかして死んでしまったのだろうか。痛みを感じる余裕もなく即死してしまったのだろうか、と疑って僕は目を開いた。
しかし、やっぱりそんなわけではなかった。
そして、”そんなわけではなかった”ことよりも、より信じられない光景が瞳孔の先に広がっていた。
なんと先程まで段ボールにいた茶トラネコが冬坂の首元に飛び掛かり、心地良さそうにのっかったのである。
「え、あ、えぇ?」
可愛いネコの魔力には、さすがの彼女も勝てなかったのだろう。既に僕に対する殺意は和らいだのか、優しくハサミを鞄へとしまっていた。
「にゃ、にゃによ……私はネコが好きなのよ!」
ただただ呆然と僕が彼女たちを見ていたからか、恥ずかしくなったのか、頬を赤くしつつ彼女はそう言い切った。して、ぷいとそっぽむいてしまった。
「は、はあ」
「悪いかしら?」
「いや、そんなわけじゃないけど」
「……はあ、今回のところは仕方がないわ。このネコがあまりにも可愛いから、あなたを見逃してあげる」
「へ?」
感謝なさい、と彼女は言った。なんていう急展開だろうか──。
それにしても彼女の首元にまきつくネコはえらく冬坂を気に入っている様子だった。
なるほど?
微かにゴロゴロと、猫の喉から声が聞こえた。
リラックスしているのだろう。
「ま、まあ。見逃してくれるのは僕としてはとてもありがたいことなんだけれども、そのネコ、どうするんだよ」
「もちろん、私の家で飼うつもりだけど、それがなに? こんな可愛いネコが捨て猫になっていたら、飼うほかにないでしょう」
「え? いやまあ、そうかもな」
既にネコがいなくなった段ボールには、何かが書かれた紙が雑にガムテープで貼り付けられていた。目を細めその紙の詳細を読む。
どうやらそこには『捨て猫。飼えなくなったので、誰か飼ってくれませんか。茶トラのオスネコです』と書かれていた。
まあ捨て猫ということならば、猫のことも考えれば、それでいいのかもしれない。
それに僕はそのネコについてとやかく言う筋はなかった。なにせその茶トラネコは僕にとっての命の恩人なのだから──。
「じゃ、そういうことね」
それだけ言って彼女は大切そうにネコを首から降ろして抱っこした。そして僕の目の前から立ち去っていった。
まさに嵐というか、台風だった。
「……はあ」
既に僕が持っていたはずのプラスチック袋は、地面に寝転がっていた。どうやらいつの間にか、僕はそれを落としてしまっていたらしい。僕はぼーっと、それを広いながら考える。
くだらない妄言というか、話のオチを。
まあ、冬坂カナデは信じられないほどのハサミ好きであり、ハサミによく似ている。それは僕はこの一日を通して、ある意味確信するのだった。
だって彼女は実によく『キレる』し。
彼女は『カワ』イイに弱いのだから。
ハサミだって、よく切れるし、皮には切れにくくて──弱いのだ。
その点、今日僕が見たあの少女は、本当にまさに『ハサミ少女』であるのだった。
「──これで終わる物語なんてのは、寒ぃところがあるよなぁ」
そして。そんな彼女と同レベルの言葉遊びをしつつ、僕も帰路を歩みだすのだった。
今日吹く風は、なんだか寒い。