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魔王の仇し草  作者: 夢乃
第1章 魔王領編
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007 真の魔王は実在する

 東の空が白み始めた頃、レテールは朝食の支度を始めた。ディーゼも井戸から水袋に水を汲んでくる。

「この町の井戸は生きているんだな」

「うん。この町が放棄された時に蓋をされたみたいで、いくつか崩れずに残ってたよ。レテールたちのも汲んで来よっか?」

「いや。後で場所だけ教えてくれ」

「はーい」


 まもなくレイトとディアブルも起きてきた。朝食の前にレテールは水を汲みに行き、目を洗って目薬を差す。レイトも一緒に来て、顔を洗った。

「この先は、元のままでも平気じゃないかな?」

 レイトはレテールに言ったが、彼女は軽くて首を振った。

「いや、警戒するに越したことはない」

「それはそうなんだけど」

 レイトは、レテール本来の紅い瞳を見られないことを残念に思っているのかも知れない。


 町は思いの外、荒れていない。木製の家々は土台の石材と一部の柱が残っている程度だが、町の外壁は崩れている部分は多いものの、形を保っている。それが大型の魔獣の蹂躙を防ぎ、井戸も崩れることなく残っていたのだろう。


 焚き火の場所まで戻り、ディアブルたちと四人での朝食にする。

昨夜(ゆうべ)の見張りは楽だったよ。この梟の他は、何も襲って来る気配はなかったもん」

 ディーゼが、昨夜レテールの仕留めた魔梟の肉を齧りながら言った。


「魔獣は、普通の獣に比べて魔力に敏感な個体が多いからな」

「どう言うこと?」

 レテールの言葉に、ディーゼは首を傾げる。

「結界を張っていたんだろう?」

 ディアブルにはレテールの言ったことが解っているようだ。


「結界というほどのものじゃない。見張りの時に、少し濃い目の魔力を身体からだいたい5テナー(約50メートル)の範囲に広げていただけだ。大抵の獣や一部の魔獣は気付かないが、勘のいい野生生物は魔力に触れて相手の実力を測る。敵わないと知れば逃げるさ」

「そうなの? アタシ、他人の魔力なんてぜんぜん判らないけど」

「それはディーゼが魔術を蔑ろにしているからだ」

 ディアブルが妹を嗜めるように言った。


「そんなことないよ。ちゃんと武具強化の魔術は毎日練習してるもん」

「それしかやっていないからだよ。制御や察知はまったく練習してないだろう」

「制御は今日から練習するもん」

 頬を膨らませるディーゼに、ディアブルは鼻息だけで答えた。それからレイトとレテールに向き直る。


昨夜(ゆうべ)レイトにも聞いたんだが……あんたたちの本当の目的は何だ?」

 レテールはレイトをチラリと見る。レイトは小さく首を振った。

 それだけで、レイトが自分から喋ったわけではなくて、ディアブルが察したのだろうと判断したレテールは、どこまで話すかを考える。王都から離れた辺境まで届いている手配書も旧魔王領までは来ていないだろう、と考えたレテールは、一番重要なことを隠してある程度の事実を話すことにした。

 何より、この先レイトと2人の力だけで旧魔王領を踏破できると思うほどには、自分たちの力を過信していない。この後、奥地に踏み込むほどに、魔人の協力が必要になる。


 レテールはもう一度レイトを見ると、視線だけで『落ち着いていろ』と伝えてから、話し出した。

「『真の魔王』の噂は知っているか?」

「『真の魔王』?」

 ディアブルが眉を顰めた。ディーゼもピクッと微かに身体を震わせる。2人の様子をそれとなく観察しながら、レテールは続けた。


「そうだ。斃された魔王は偽物あるいは影武者で、本当の魔王が今もまだ存在しているという噂だ」

「そんなことないよ!」

「ディーゼ!」

 思わず大きな声を上げたディーゼを、ディアブルが抑える。その様子に、魔人たちも魔王が未だに存在する可能性を考えていることが窺える。何を根拠にしているのかまでは判らないが。


「あんたたちにも心当たりはあるようだが、とりあえずこちらの事情を全部話す。その後であんたらの心当たりも教えてくれると助かる」

「……解った」

「真の魔王の噂だが、実は我々人間たちの中では噂の域はすでに越えている。魔王の手配書が出回っているんだ」

「手配書?」

「ああ。その手配書によると、真の魔王はローランディア王国の王子、いや、手配と同時に身分を剥奪されているので元王子だな、その人物が真の魔王だとされている」

 ディアブルは静かに、ディーゼは聞き漏らすまいと身を乗り出して聞いている。そしてレイトは、口をギュッと結んでいる。


「とは言っても、本当に魔王なのかどうかはやや曖昧だ。手配書には『真の魔王と目される人物』、とあったからな。しかし、その王子、元王子が魔王か否かに関わらず、真の魔王として手配され高額の懸賞金を掛けられていることは事実だ」

「それで、アンタたちはその元王子の首、より正確には懸賞金を狙っているわけか」

「察しがいいな」

 レテールはニヤリと唇の端を上げた。


「ハンターが懸賞金を狙うのは当たり前だからな」

「そうだな。しかし、今のところ元王子の行方は判っていない。闇雲に探し回っても時間の無駄だからな、当然、情報のありそうな場所から探すのがセオリーだろう」

「……つまり、アンタたちの取り敢えずの目的地は魔王城、ということか。そこに真の魔王が居れば良し、いなくても、何かしらの手掛かりがあればいい、と」

「そういうことだ。だから、昨日言った案内役というのも、魔王城までの道案内をしてもらえることがベストだ」


 レテールの話を聞いたディアブルは少し考えるようにしてから、レテールとレイトを見ながら、ゆっくりと口を開いた。

「魔王領に、魔王はいない」

「それって……」

 言いかけたレイトを、ディアブルは片手を上げて制し、ゆっくりと続けた。

「しかし、この世界のどこかに今も魔王は実在する」

「ディアベル!!」

 今度は、レイトよりも早くディーゼが叫んだ。


「魔王はもういないんだよっ!! みんなの気のせいだよっ!!」

「ディーゼ、落ち着け」

「だってっ!!」

「いいから落ち着け」

 ディアブルの強い声に、ディーゼはまだ言い足りなそうにしていたが、それでも口を噤んだ。


「つまり、魔人は魔王の存在を感じることができるし、場所もだいたい判る、ということだな」

 2人の魔人の反応を見ていたレテールは、落ち着いて言った。レイトがパッとレテールに顔を向け、それからディーゼとディアブルを見る。

 ディアブルはレテールにゆっくりと頷いた。


「ああ、そうだ。オレたちは魔王の存在を今も感じている」

「それって、どこですかっ!! 魔王はどこにいるんですかっ!!」

「レイト、落ち着け」

 今度はレイトが興奮し、レテールに嗜められて浮かし掛けた腰を下ろし、深呼吸した。

 2人の様子を観察するように見ながら、ディアブルは続けた。


「正確な場所は、方角も判らない。が、かなり遠い場所であることは確かだ」

「つまり、魔王城にいた魔王が移動したということか?」

「いや」

 レテールの問いにディアブルは否定で答えた。

「魔王がいるという感覚は半年ほど前に確実に消えた。その瞬間に頭にかかっている霧が一気に晴れた気がしたよ。人間との戦闘中だったから、突然の衝撃で動きの止まった仲間が()られたりしたが、何とか取りまとめ……いや、以前のことは今はいいな。

 とにかくそれで人間との争いも終わり、しかし確執は確実に残っているから、魔王領から出ることなくここで暮らしていた。

 それからしばらく、3旬から4旬(感覚的に3~4週間。ただし1季=6旬)経った頃か、村の中に『魔王を感じるっ』と言い出す奴が現れてな。その時までは誰も気付かなかったが、意識すると確かに魔王の存在を感じた。今も感じている」


「気のせいだよ!」

 ディーゼが叫ぶように言った。

「気にしなければ判んないくらいじゃん! 気にするからそう感じるだけだよ!」

「ディーゼ」

 ディアブルが重い声でディーゼに言った。

「……なに」

「今まではそれでも良かったが、もうそういうわけにはいかない」

「何でよ」

「人間たちの間で真の魔王とやらの手配書が回っているなら、もはや気のせいで済ましてはいられない」

「……」

「それにだ、レテールとレイトがここにいるように、これからは人間も魔王領に入って来るし、魔人も魔王領から出ることもある。今はまだ個人レベルだが、そのうちに魔人と人間の交流も増えていくだろう。

 しかし、もしも魔王が健在ならば、魔人と人間の交流は考え直さねばならない」

「……魔王に操られて、人間を襲うかも知れないから?」

「そうだ。だから、それを踏まえて行動を決める必要がある。とは言ってもな」


 ディアブルは考え込む。

「どうした?」

「いや、これを誰にどう伝えたものかと思ってな。オレは一介の一般人に過ぎない。魔人全体の行動を決めるのは荷が重い、というより単純に無理だ」

「それはそうだろうな。それこそ、魔人の王でもないと」

「……そういうことならさ、自分にできることをやるしかないじゃん」

 レテールとディアブルの会話に割り込んだディーゼに、3人の視線が集中した。


「魔王の存在を無視できないのは解ったからさ、それならアタシたちがどうするか、でしょ。で、レイトとレテールはそれをもうやっているわけだよね。だから、アタシとディアブルも同じようにすればいいんだよ」

「それは……いや、その通りだな」

 ディアブルは驚いたような顔をしつつも、ディーゼに頷いた。

「取り敢えず、レイトとレテールを魔王城まで案内するよ!」

「え、いいの?」

 レイトが聞いた。


「もちろん! ディアブルもいいよね?」

「ディーゼに勝手をさせるわけにはいかないからな。これも縁だ。行ったことはないから魔王城まで案内するというわけにはいかないが、魔人が一緒の方が何かと便利だろう」

 ディアブルも、仕方なしという様子ではあるが、旧魔王領の案内役を引き受けてくれるようだ。


「2人がいいなら、頼みたい」

「オレも仕事はあるが、替えは利くからな。それもあるし、準備も必要だから、一旦オレたちの村に寄ってもらうが」

「それくらいは構わない。報酬については相談させてくれ」

「あ、それなら魔術陣教えてよっ。アタシはそれでいいっ」

「お前な、勝手に……まあいい。それじゃ、すぐに出発しよう。ここから村まで2日掛かるからな」

「解った」


 話が決まると、4人は食事の後片付けを始めた。

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