067 大団円
3国間の停戦協議は、エルテリスの謝罪から始まった。今回の戦争の首謀者であるランゼは斃れたものの、ローランディア王国が正当な理由もなくラビトニア王国に攻め入ったことに違いはない。
ラビトニアに対しては、今回の派兵に掛かった費用をローランディアが補償することで取り敢えず話はついた。正式には後日、外交官を交えての話し合いで条件を締結することになる。
ミナンディアに対しては、出陣前にセティクス王と会見した通り、ローランディア王国南部地域を割譲する。これも、正式には後日詳細な条件を締結することになる。
ランゼが建設させた仮設砦は、放置しては野盗の巣窟になることが予想されるので、解体して資材を近隣の村や町に払い下げることになった。そうは言っても、1万5千の騎士を収容した砦だ。すぐにどうこうするわけにもいかない。
後日あらためて工兵を派遣することにして、3国それぞれから50騎すつを警備に残すことになった。
数日後、エルテリスは騎士たちに守られ、リンゼーナと一緒に馬車で王都に向かっていた。
「リンゼーナ、すまない。父上と母上の仇とはいえ、リンゼーナの夫を殺すことになってしまった」
「いいえ。わたくしこそ、ランゼの本質を見抜けず申し訳ありません。兄様のことも、ずっと父様の仇と憎んでおりました。重ね重ね、申し訳ございません」
「それは仕方がないよ。何しろ魔王を斃した“勇者”の言葉なんだから」
「それは言い訳にしか過ぎません。人を視ることも王族にとっては必要なことなのに、勇者の名に目を曇らせていました。我ながら、情けありません」
リンゼーナの胸中は複雑だろう。真の魔王とされた兄が行方不明となり、勇者の称号を得たランゼを夫とし、しかし今度はそのランゼが“真の魔王”として討たれた。
この2年ほどの間に彼女の周りの状況は変転している。その心労はいかばかりだろうか。腹違いの妹を思い、話題をランゼから逸らす。
「ボクは王都に戻ったら、すぐにも戴冠するつもりだ。ラビトニアと終戦協定を正式に結ばないといけないし、ミナンディアにも今回の協力の御礼が必要だ。それに、ノーザリアにも謝罪と補償、騎士団の指揮権の返還も必要だし、色々と忙しくなる。
リンゼーナはこれまでが大変だったろう? 王城に帰ったら、しばらく休んでいてくれ」
「いいえ、そんなわけには参りません」
リンゼーナは、エルテリスの言葉に毅然として答えた。
「兄様の仰ることはランゼの後始末ばかりです。妻として、夫の愚かな行為の後始末から逃げるわけにはいきません。わたくしも、対応に当たります」
「……解った。リンゼーナにも協力を頼むよ。できるだけボクが前面に出るつもりだけれど」
「はい。どんな役割でも振ってください」
ニコリと微笑むリンゼーナの表情に、エルテリスは翳を読み取る。しかし、役割を与えなければ妹の自尊心も傷つけてしまうだろう、用事を申しつけるなら気を付けなければ、とエルテリスは口に出さずに思う。
「……兄様、ランゼの遺体はどうするのでしょう?」
「骨まで焼いて、遺灰を密封して葬るつもりだ」
「父様とレイネーゼ様の仇なのに、葬るのですか?」
「仇ではあっても、魔王を討伐した勇者であることには変わりないから。それに、次の魔王を生まないための対策でもある」
「次の魔王を生まないため……?」
「うん。ランゼは死の前に、人類への恨み憎しみを語った。それが彼の行動の理由であるとも。それにボクは、エピスタたちから聞いていた。『魔王にとどめを刺した時、ランゼは魔王の血を全身に浴びた』と」
「……つまり、ランゼの血に触れることで新たな魔王が生まれる、と?」
「うん。可能性に過ぎないけど、小さくてもその芽は摘んでおきたい」
「……そうですね」
沈黙が落ちた。
馬車は王都を目指して走り続ける。
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辺境のとある町の宿の1室で、エピスタとリエラは、マギエンとソルシアと合流した。
「これが、今回の報酬だとさ」
ドサリとエピスタがテーブルに置いた布袋の中には、大金貨が大量に詰まっている。
「うえ!? これ、貰いすぎだろ!」
「おれもそう言ったんだがな、強引に押し付けられた」
マギエンの驚きにエピスタが苦笑を浮かべる。
「それに、それだけじゃないのよ」
続けてリエラが布袋をもう1つテーブルに置く。
「足りなかったら、これを売って足しにしてくれって」
リエラの視線を受けたソルシアが袋を開けると、大粒の魔石が10個ほど入っていた。
「えぇ! こんな大きい魔石!? 売るなんてもったいない! 使うわよ!!」
ソルシアはすぐに袋の口を閉めて、取られてなるものか、というように胸に抱く。それを見た3人は、呆れたように苦笑する。
「まあ、貰いすぎの感は否めないが、報酬を貰えたんだから結果オーライってところだな」
「元々、タダ働きのつもりだったからねぇ」
マギエンとリエラが言った。彼らとしても、元パーティーメンバーであるランゼのやらかしの尻拭いのつもりだったから、エルテリスからの報酬は考えていなかった。
その後で、マギエンとソルシアは、エピスタとリエラからランゼの最期を聞き、揃ってランゼの冥福を祈った。
「で、取り敢えず大きな仕事に区切りはついたわけだが、次はどこ行く?」
湿っぽくなった空気を振り払うように、エピスタが言った。
「そんなの決まってるでしょ! 魔王城に行こうよ!」
ソルシアがバンッとテーブルを叩いて立ち上がる。
「また行くのかよ」
「あんな苦労はごめんだな」
「今は魔王はいないから大丈夫だよ。前の時も、帰りは大したことなかったし」
「アンタは四天王の生き残りの魔術士と魔術談義したいだけでしょ」
ソルシア以外の三人は乗り気ではなさそうだ。しかし、ソルシアは熱弁する。
「それだけじゃなくて、魔王がどこから来たとか、現在の旧魔王領の状況確認とか、色々と必要でしょ。コルテに教えてもらった瘴気結界の魔術具があるから、みんなの魔術具にいちいち魔力を補充する必要もないから、魔力を気にする必要もないし」
その後もソルシアの熱弁は続き、結局、3人は折れた。
「なら、まずはロンテールかな。殿下とコルテの足跡を辿るってことで、どうだ?」
「賛成! それで行こう!」
「仕方ないな」
「いいよ、それで」
かつて魔王を討伐したハンターパーティーは、再び魔王城を目指す。
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森の中、熊が何かを貪っている。
ドシュッ。
そこへ飛来した矢が熊の足元の地面へ突き刺さり、熊はピクッと頭を上げ、唸り声を上げる。が、すぐに周囲を見渡し、ジリジリと後退り、飛び跳ねた。熊のいた場所に何本もの矢が突き刺さる。
着地した熊は、踵を返して森の奥へと走り出した。それを追うように矢が飛ぶが、鏃が熊を捉えるこたはなかった。
「莫迦野郎、焦り過ぎだ!」
「ごめんなさい」
木々の陰から猟師たちが姿を現す。その1人が、別の1人に小突かれている。どうやら、焦った歳若い猟師が射程外から最初の矢を放ってしまったようだ。
「初めてで緊張したのは仕方ないさ。次からはもっと落ち着けよ」
「は、はい」
別の猟師が若い猟師を慰める。
「あの熊、何をしてたのかな」
「何か食ってたようだが」
「奴も狩をしていたのかな」
猟師たちは、熊のいた場所に集まった。
「う」
「これは……」
そこには、大木に凭れて横たわる男の遺体があった。下腹部は熊に食い荒らされて見る陰もない。
「誰だろう?」
「見覚えはないな。この辺りの者じゃないのか?」
「そもそも猟師じゃないだろ、この装備は」
男は、粗末な服に長剣一本を持っただけだ。猟師ではないどころか、森に入るような装備ではない。
「……この剣、ローランディア王国の紋章があるぞ」
遺体を検めていた猟師が、剣の柄に彫られた紋章に気付いた。
「国に報せた方がいいんじゃないか?」
「いや……逃亡した罪人だったら、オレたちも共犯を疑われるかも知れないぞ」
「口は災いの元、か……」
「……しかし、このままにしておくのも忍びないし、せめて葬ってやろう」
猟師たちは頷き、剣と共に男の遺体を葬った。
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「兄様、ノーザリア王国への騎士団の返還手続きは終わりましたわ」
エルテリスの執務室に、出て行った子爵と入れ違いで入って来たリンゼーナが報告する。
「ありがとう。後はミナンディアに割譲する領地の話が纏まれば、一区切りかな」
「まだごねていますの?」
リンゼーナは、入れ違いで出て行った子爵の顔色を思い出して言った。彼はミナンディアに割譲する予定の領地を治めている。そのため、エルテリスは彼に、別領地への移動かミナンディア王国への移籍を迫っている。しかし、代々治めていた領地だから、と子爵はごねている。
「今代になってから収量が減っているのは、どう考えても彼の不手際ですのに。いっそのこと、平民に堕とすことも考えてよろしいのでは?」
「1回のミスだから、挽回の機会は与えたいと思っているんだよ」
「彼が子爵位を継いだのは何年も前ではありませんか。確かに1回の失敗と言えばその通りですが、何年も続く失敗を1回と数えるのもどうかと思いますよ」
「あまり厳しくすると、他の貴族も離れていくからね」
「それもそうですけれど。けれどこれで、戴冠式には間に合いそうですね」
書類上、エルテリスはすでにローランディア王国の王位に就いているが、式典は行なっていない。その前に片付けることが多過ぎた。それも、ようやく一区切りつく目処がつき、予定し戴冠式を予定の通りに開催できそうだ。
「失礼いたします。陛下、服飾師が参っています。戴冠式の衣装の合わせをいたしましょう」
エルテリスとリンゼーナのいる執務室に入って来たのは、先王ルティエスの側妃でリンゼーナの母、キュビーネだった。
「義母上……衣装合わせは先日済ませたと覚えていますが」
「先日は仮縫い、本日は本縫いです。これを済ませないと衣装は完成しません。中途半端な衣装では、ルティエス様にもレイネーゼ様にも申し訳が立たないではありませんか」
「……解りました。行きます。義母上には敵いませんね」
エルテリスは仕方なさそうに立ち上がる。
数日後、新王エルテリスの戴冠式は、周辺国からの使節が集まった中、厳粛な雰囲気で執り行われた。王冠を戴くエルテリスの後ろには、王女リンゼーナと先王側妃キュビーネが控え、2人がエルテリスの治世を支えていくことを来場者に示した。
王城の広間での戴冠式の後、王城前の広場に集まった王都民の前に姿を見せ、父王ルティエスを継いで国を治めていくことを宣言した。
若くして王位に就いたエルテリスの治世は長く続いた。ルティエス王とエルテリス王の治世の間に、魔王の治めた短い期間があったことは、次第に忘れられていった。
Fin




