066 停戦
「聞け!」
ランゼが倒れ、シンッとした広場に、暫時の間を置いて、エルテリスの声が響いた。ローランディアとミナンディアの騎士たちの視線がエルテリスに向く。
「我が父、そして母を手に掛け、ローランディアの玉座を奪った僭王ランゼは斃れた! すぐに戦闘を停止せよ! ローランディア軍はこれより我の指揮下に入り、我の指示に従え!
我に協力してくれたミナンディア軍も一旦は剣を納めよ! ミナンディア軍、ラビトニア軍の指揮官とは、この後で協議を行う!
コルテ!」
「はっ!」
エルテリスに名を呼ばれたコルテは、すぐに魔術陣を3つ構築、赤、青、白の光弾を上空に向けて放った。予め決めておいた停戦の合図だ。ラビトニア側にも伝えている。
「ローランディアの騎士よ! 停戦の合図を! 負傷者の手当ても!」
「は、ははっ」
エルテリスの号令で、茫然としていたローランディア騎士たちはハッとして動き出す。その動きに戸惑いはあるものの、総大将たるランゼが斃れた今、一先ずはエルテリスの言葉に従ってくれそうだ。先ほどのランゼの言葉を聞いたことも、理由の1つではあるだろう。
ローランディア軍の騎士が1人、広場から走り去り、残った者たちは負傷者の救助に当たった。
「へ、陛下……」
コルテとリエラを相手していた2人の護衛騎士は、身体を引き摺りながらランゼに近付く。コルテはエルテリスの前に出て牽制するが、エルテリスは彼女を抑えた。
「我にとっては両親の仇でしかないが、其方らにとっては短い間でも国王であり、魔王討伐の勇者でもあったのであろう。国として葬儀を出すことはできないが、遺骸は丁重に扱うと約束しよう」
「は……」
護衛騎士の心には色々な想いが混じり合っているだろう。ランゼを護れなかったこと、ランゼの言葉、今まで真の魔王と思っていたエルテリスのこと……。
躊躇いがちな返事にそれらを読み取ったエルテリスは、時間が彼らの想いを消化してくれればいい、と考える。
その2人から視線を逸らし、エルテリスはランゼのかつての仲間に視線を変える。
「エピスタ、リエラ、助力ありがとう。ボクだけじゃ、この結果は出せませんでした」
「……いや、気にするな……気にしないでください」
「エピスタの言う通りです。これはあたしたちが着けなければならないケジメですから」
敬語を使う2人に、エルテリスは笑みを浮かべる。
「砕けた言葉遣いでいいですよ。ボクは冒険者レイトですから」
そう言われても、騎士たちには“王子”として振る舞うエルテリスを見たハンターたちは、一時王宮に勤めていた経験もあり、彼に対してぞんざいな言葉は使いにくかった。
「そう言えば、カタインは……」
もう1人の乱入者、ローランディア王国近衛騎士団元騎士団長カタインの姿をエルテリスは探す。しかし、いつの間にか彼の姿は消えていた。
「殿下、彼はおそらく……」
コルテはエルテリスにそこで言葉を切って、軽く首を横に振る。エルテリスも、自分を“真の魔王”として襲ってきた時の彼の言動を考えれば、仇を討ったカタインが、この後自分の身をどう振るか、予想はできる。
「彼の実力を考えれば、騎士団に復帰して欲しかったけど……」
言いかけたエルテリスだったが、頭を振ってカタインのことは振り払った。
その時、どこからか銅羅の音が響き渡った。ローランディア軍の停戦の合図だろう。これで3国の軍すべてだ停戦に向けて動き出すはずだ。間も無く、混乱も治まるだろう。
エルテリスはローランディアの騎士たちに、負傷者の応急手当てが終わり次第集合するように命じ、ミナンディアの騎士たちには本陣やラビトニア軍への伝令を依頼する。
「エピスタとリエラも休んでください」
「いや、おれたちも負傷者の手当てに当たります」
「助かります。そう言えば、マギエンとソルシアは別行動ですか?」
「ええ。旧魔王領側の森にね」
「そうなんですね。2人にも御協力ありがとうございました、とお伝えください。できれば、直接会ってお礼をしたいんですが」
「気にしないでください。この後は殿下もお忙しいでしょう」
「気を遣ってくれて、ありがとうございます。でも、お礼は受け取ってください」
「それは、そうね。正直今回の仕事は大赤字だから、遠慮なく戴きます」
「おい、リエラ!」
報酬を遠慮なく受け取るというリエラに、エピスタが慌てる。しかし、エルテリスは笑顔で答えた。
「ハンターに報酬も出さなかったら、ローランディアの次期国王としての面目も立ちませんから。受け取ってくれないと困ります」
「あ、ああ、それなら、ありがたく」
エピスタとしても報酬がゼロでは懐事情が苦しかったのだろう。今回の件は、かつての仲間が引き起こした騒動の後始末ではあったが、エルテリスから報酬を受け取ることに同意した。
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その後、エルテリスは忙しく動いた。ミナンディア騎士には一旦仮設砦から出てもらい、ラビトニア軍とも連絡を取って、翌日の午前中に3国間での会合を開くことを決めた。
その日の夕刻前には、ローランディアの騎士たちを整列させ、ランゼの死と真の魔王が彼であること、そして王都に戻ってからエルテリスが正式に次の国王として立つことを宣言した。
エルテリスとしては、ここで反発されることも想定していた。しかし、多少の不平そうな声は上がったものの、彼の言葉は驚くほど速やかに受け入れられた。事前にビラを撒き噂を広めたことに、多少なりとも効果があったようだ。加えて、絶命する前のランゼの言葉を騎士たちが聞いていたこともある。それで、ローランディア騎士たちは半信半疑ながらもエルテリスの言葉を受け入れたようだ。
翌日。仮設砦の近くに設営し直したミナンディア軍の野営地で目を覚ましたエルテリスは、3国間の会合に向けて準備をしていた。そこへ、周辺の監視任務に当たっていた騎士からの伝令がやってきた。
「殿下、ローランディア王都方面から、騎馬に守られた馬車がやって来ます」
「馬車?」
「は。ローランディア王家の旗を掲げています」
「解った。誰が来たにしろ、出迎える」
「は」
下がった伝令に続いて、エルテリスはコルテと共に天幕を出た。
待つほどもなく、6騎の騎馬に守られた、ローランディア王家の紋章の打たれた馬車が、ミナンディアの野営地の傍に止まった。
騎馬から下りた騎士が扉を開ける前に、それは中から勢い良く開かれ、少女が飛び出してくる。
「お兄様!」
「リンゼーナ?」
馬車でやって来たのは、エルテリスの腹違いの妹でランゼの妻となった、リンゼーナ王女だった。いや、元王妃というべきか。
リンゼーナはエルテリスと向かい合い、周りの様子を見る。エルテリスの周囲にはミナンディアの騎士たち、そして少し離れた仮設砦にはローランディアの騎士が見える。事を構えているようには見えない状況に、リンゼーナは概ねの状況を察した。
それても、エルテリスに質問を投げる。
「お兄様、ランゼ様は?」
「……亡くなった。ボクとカタインが止めを刺した」
その言葉に、リンゼーナの足元がふらつく。護衛騎士の1人が咄嗟に身体を支えたが、リンゼーナは深呼吸して立ち直り、問題ない、と騎士に手で示した。
「お兄様、書状を受け取りました。あれに書かれたことは事実でしょうか?」
「……推測も混じっているが、事実だよ。ランゼの今際の際の言葉で、推測のいくつかも確定した」
「……そうですのね。……お兄様、順番が逆になって申し訳ありません。ご無事で何よりです。ランゼ様はお兄様を“真の魔王”を呼び続けていましたが、わたくしはずっと、案じておりました」
「心配を掛けてすまなかった。コルテやみんなのお陰で、なんとか今日まで生き延びたよ。それから、仕方のないこととはいえ、リンゼーナの夫を害してしまい、すまない」
「……いえ。謝罪には及びません。ランゼ様……ランゼは、お父様とレイネーゼ様を害した魔王なのですから」
「そう言ってくれると助かる。リンゼーナと話さなければならないことは沢山あるが、これから、ローランディア、ミナンディア、ラビトニアで今後について話しあいがある。少し待っていてくれ」
「……いえ、お兄様、わたくしもその会合に参加しますわ。ローランディア王家の王女として、それに、ランゼの妻として、逃げるわけには参りません」
「……解った。リンゼーナも参加してくれ」
エルテリスは、悲しみを宿した妹王女の目の中に真剣さも読み取り、彼女が会合に参加することに同意した。自分よりも3歳下のリンゼーナにはまだ荷が重いようにも思ったが、エルテリスの妹でもありランゼの妻でもあるので、当事者に近い立場である。この場にいるのに、参加しないという選択肢は取れないだろう。
リンゼーナも加わることになり、エルテリスは会合の場となる仮設砦の西側へと向かった。




