064 乱戦
ドガッ。
「うおっ」
「あがっ」
轟音と共に広場の内側へ吹き飛んできた壁の柱が、近くで戦闘中のローランディアとミナンディアの騎士に直撃し、2人は倒れた。どちらも立ち上がってこないので、昏倒したか、当たりどころが悪ければすでにあの世かも知れない。
突然のことに、騎士たちは一旦間合いを取り、戦闘が一時停止する。その中で、エルテリスとランゼだけが相手を見据えていた。エルテリスは燃えるような鋭い視線で、ランゼは嘲るような嘲笑混じりの視線で。
「ランゼ!」
「何してんのよ!」
破られた壁の方向から飛んだ声に、ランゼが一瞬、視線を逸らす。その瞬間を狙ってエルテリスは突進、ランゼに向かって剣を振り下ろす。しかしランゼは片手でそれを軽く弾いた。エルテリスは反撃を警戒して即座に距離を取り、剣を構える。しかし、ランゼは、エルテリスに意識の一部を向けつつも、その視線は彼を向いていなかった。
「誰かと思えば、俺を捨てて王城を逃げた貴様らか」
ランゼは壁を破って広場に飛び込んで来た人影に向かって言った。
かつてランゼと共に活動していたハンター、エピスタとリエラ。共に魔王を倒したかつての仲間たちの登場にも、ランゼの様子は変わったように見えない。
自分に対する注意を怠っていないことを理解しつつも、エルテリスはランゼに向かってゆく。エピスタとリエラとの会話を続けながら片手間にエルテリスの剣を捌くランゼに、エルテリスは歯噛みしつつも好機とばかりに断続的に剣を振り払い、振り下ろす。相手との実力差は歴然としているのだから、卑怯だなどと気にしてはいられない。後で詰られようと、仇のためにエルテリスは何度でも前に出る。
「ランゼっ、見たわよっ」
「何をだ」
エルテリスを気にしつつも、エピスタとリエラはランゼと会話を続ける。
「おれたちは昨日まで、ラビトニア側にいたんだよ」
「数は少なかったけど、明らかに異常な数の魔獣が旧魔王領から出て来てたわよっ」
「開戦からしばらくはそんなことはなかったのに、4~5日経ったら突然な。ランゼ、貴様がやったのか?」
ランゼはどう答えるか少し考える風だった。その間も繰り出されるエルテリスの剣を捌き続ける。
「そうだ。双方の被害を最小限にし、短期間で方を付ける最善の方法だからな」
「じゃあ本当に……」
「ランゼが魔王なのかよ」
「違うな。コレは魔王から奪った力だ。“真の魔王”はコイツなんだからな。貴様らも魔王の今際の言葉を聞いただろうが」
「おれたちが聞いたのは『真の魔王は人間の中にいる』ってことだけだ」
「誰が“真の魔王”だなんて名指ししなかったわよ」
ふんっ、とランゼは鼻で笑う。エルテリスをあしらいながら。
「貴様らは魔王に引導を渡した訳じゃないからな。俺には解る、それだけで十分だろう」
「そんなわけあるか!」
エピスタが吼えた。
「魔王にとどめを刺したからって、全能になれるわけねーだろっ」
「そうよっ。それじゃあ全部アンタの言いなりってことになるじゃないのっ!」
「貴様らは魔王にとどめを刺していないから解らないだけだ。世界を統べる資格があるのは、魔王を倒し真の魔王も倒す俺だけだっ」
「それが本音かよっ」
キンッとランゼがエルテリスの剣を弾く音に、エピスタの声が重なった。
「魔王討伐に託けて世界を征服するつもりかよっ」
「まさか、魔王討伐前から考えてたのっ!?」
「どうだかなっ」
キンッ。
「くっ」
一際強く剣を弾かれたエルテリスは体勢を崩し、咄嗟に足を強化してランゼから距離を取る。
「ランゼっ、見損なったぞ!」
「殿下! あたしたちも加勢するわっ」
エピスタとリエラが武器を構え直す。
エルテリスは悔しそうにギリッと歯を噛み締める。しかしすぐに口を開いた。
「手助け感謝します! どちらか1人はコルテの元へ!」
「おうよ!」
「解ったわ!」
エピスタは大剣を振りかぶった剣をランゼに向けて振り下ろし、リエラは2人の騎士と対峙しているコルテへと向かう。
ランゼは振り下ろされたエピスタの大剣を半身になって躱し、袈裟斬りに迫るエルテリスの剣を左手の籠手で弾く。2人が次の攻撃に移る前にランゼはエルテリスに向けて剣を繰り出す。
エルテリスは後退すると同時に弾かれた剣を戻してランゼの剣を受ける。
エピスタは大剣を返して横に薙ぐ。ランゼは大剣の腹を踏みつけて宙へ跳び、空中で剣を振りかぶって重力も味方につけてエピスタを攻撃する。エピスタは横に一歩動いて避けると共に大剣を振り上げる。
ランゼの着地に合わせてエルテリスは剣を突く。エピスタの大剣と交差する攻撃を、ランゼは剣1本で受け流し、距離をとって体勢を立て直す。
エルテリスは、1人で両親の仇を討ちたかった。しかし、エピスタとリエラの乱入前の対決だけで、自分1人では敵わないことは解り切っている。つまらない意地を張ってはいられない。
「ヤァッ」
目の前の“劣化魔王”を、そして父母の仇を討つために、エルテリスは自分の意地を捨てて、エピスタと共闘する。
「加勢しますっ」
「そっちは任せた」
戦闘に割り込んだリエラに一声掛けて、コルテは騎士1人に集中する。
リエラは、コルテが視線を逸らした騎士に向けて槍を突き出す。狙いを急遽コルテからリエラに変えたローランディアの騎士は、槍に身体を貫かれる前に剣で軌道を変えさせた。
リエラは素早く何度も槍を突き、連続攻撃。騎士は剣と体捌きでリエラの高速攻撃を凌ぎ、槍の死角に潜り込むべく隙を狙う。
騎士が強く突き出された槍の穂先を剣の柄で弾く。槍が騎士から大きく逸れる。その機を逃さず、騎士はリエラに向けて踏み込み、剣を横に振る。
リエラは弾かれたまま身体の後ろを回転させ、石突で騎士の腕を突き、攻撃を避ける。騎士は剣を取り落としそうになったものの、しっかりと握り直すと共に距離を取り、体勢を整える。
離れた好機をリエラが逃すはずもなく、即座に槍による攻撃を再開。しかし騎士も槍を避け、受け流して直撃を避ける。
優位な間合いを取りながら、リエラは攻めきれないでいた。
相手が1人になったものの、コルテも即座に勝負を決めることはできない。さすがはランゼの護衛騎士として取り立てられるだけあり、相手の騎士も一筋縄ではいかない。
2人の間で剣が何度も打ち合わされ、火花が飛び散る。剣を強化しているものの、相手の騎士も当然強化しているので、切断することは不可能だ。無理な攻撃をしてくることもないのて、弾き飛ばすこともできない。
機を窺って転移魔術で背後を取ることも考えているが、激しい剣戟にその暇もない。そもそも、この広場を覆うように瘴気結界を張り、さらに自分と同程度の騎士を相手にしながら、転移魔術を使うのは難しい。
結果、コルテはほぼ剣のみで相手の騎士を相手している。相変わらず、エルテリスを視界から外さないように見守りながら。
エルテリスは先にも増して激しく剣を繰り出す。エピスタとの共闘でそれまでよりもランゼと戦えるようになったものの、共に闘うのが初めてのエピスタとでは、息の合った連携などはできない。
エピスタの持つ大剣の強力な攻撃力を有効に使うため、エルテリスは自分が前に出て囮になる戦法を選ぶ。
エルテリスの動きから彼の意図を読み取ったエピスタは、ランゼの死角に回り込んで大剣の長さを上手く使ってランゼの間合いの外から一気に致命傷を狙う。
それでもランゼは余裕の顔で、2人の剣を捌き、避け、反撃する。魔王を倒したハンターパーティーのリーダーを張っていたことは伊達ではなく、エピスタが加わり2人になっても攻めきれない。
それでもエルテリスは諦めることなく剣を繰り出す。ミナンディアにまで協力を願ったこの機会を逃すわけにはいかない。
徐々にエルテリスに疲労の色が現れてくる。エルテリスが振り下ろした剣を一歩下がって避けたランゼが、横から振り払われる大剣を剣で防ぎ、その反動を使ってエルテリスに剣を向ける。
エルテリスは地を蹴って後退しようとするが、足を滑らせた。
「あっ」
体勢を崩しつつも転倒を避けたエルテリス。しかし転ばなかっただけで次の動作に移るまでに一瞬の間があく。彼に迫るランゼの剣。
瞑りそうになる目をキッと開いて、最期まで仇から目を逸らすものか、と睨みつける。
その目の端、ランゼの後ろに空いた、エピスタとリエラが破壊した壁の向こうに、別の人間の姿が見えた。




