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魔王の仇し草  作者: 夢乃
第3章 対決編

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061 エルテリス出陣

 時を少し遡る。


 ローランディア軍から丘1つ離れた位置に到達したミナンディア軍300騎の先行部隊が速やかに野戦陣地を敷くのに合わせ、エルテリスは先行部隊を率いる隊長たちと作戦を練っていた。


「ローランディア軍も、我々が到着したことは知っているはずです。しかしこちらに攻めてくる様子はない。ということは、本隊の到着を待って一網打尽にするつもりと考えられます」

 騎士が2人、丘の上からローランディア軍の動向を観察している。その報告では、すぐにミナンディア軍に向かって来る様子はないようだ。


「こちらを弱兵と見て無視している可能性はありますか?」

「いや、どんなに小数であっても後ろを取られたら致命的です。あちらから攻めて来なくとも、こちらが攻めればすぐに反撃する態勢は整えているでしょうな」

 エルテリスの疑問に、隊の副長が即座に答えた。


「本隊の数と動向も把握されているでしょうから、合流と同時に叩こうとするのではないですかな」

 ミナンディア国内を出るまでは国境を厳しく見張って怪しい人物は片っ端に捕え、ザグレッドの町でもミナンディアからローランディアへと抜ける商隊や旅人を、なんだかんだと理由を付けて足止めしていた。

 しかし、ローランディアに入ってからの情報拡散を防ぐことは不可能だ。むしろ、ランゼの意識の一部でもラビトニア軍から逸らすため、ローランディアに入ると同時に情報統制も止めている。


「本隊の到着は明日の昼前後の予定ですね。ランゼはどう動くでしょうか?」

「いくつか考えられますが、まずはラビトニア軍に比べて数の少ない我らを一気に制圧して後顧の憂いを取り除き、ラビトニア攻略に専念するのではありませんかな」

「ランゼはこちらにどの程度の数を割くでしょう?」

「全軍を持って、はあり得ませんな。ラビトニア軍は約2万、そちらを無視できない以上、こちらに割く数も限らざるをえません。全軍の3分の1程度、5千から6千というところでしょう」

「およそ2倍ですね。どう対応しますか?」

「殿下の意向もありますが、そもそも数が違いますからな。防御に徹して被害を抑えつつ、敵軍を引き止める、といったところでしょう」

「しかし倍の数を相手に防衛戦は至難です」

「さらに、こちらが膠着すればランゼも増援を出すでしょう」

「ということは、罠を張って待ち構え、かつラビトニア軍と攻撃のタイミングを合わせる必要がありますね」

「その通りです。それですが……」


 エルテリスは隊長たちと作戦を練っていった。それがある程度固まったところで、彼は隊長たちを見渡して口を開く。


「ボクは、ランゼが動く前に、少数の人数で相手の陣の近くに兵を伏せて、こちらの戦闘開始と合わせて奇襲を仕掛けます」

「それはお待ちください!」

 副長が慌ててエルテリスを止める。しかし彼は、首を軽く振った。


「これだけでは、ランゼを討つための決定打に欠けます。戦場でランゼを討てれば重畳ですが、我々とラビトニア、双方を相手にする以上、奴は砦から出ないでしょう。ローランディア軍が造った砦には塔が建っているんですよね? ランゼはその塔から、両軍の動きを観察しつつ、魔獣を操るのではないでしょうか」

「ランゼが本当に魔獣を操れるなら、確かに地上にいるより高所から戦場全体を俯瞰する方が効果的でしょうが……しかし殿下が先頭に立たれる必要はないでしょう。別働隊で砦を急襲するのはいいとして、その別働隊を殿下が率いる必要はありません」

 隊長も渋い表情を浮かべる。しかし、エルテリスはそれを是としなかった。


「出陣の前に皆さんにも伝えている通り、ランゼは我が父と母の仇です。この戦いは真の魔王たるランゼを討伐するための戦いであると同時に、ボクの仇討ちでもあるのです。ですから、ランゼの本陣を奇襲する別働隊の主体は、ボクでなければならないんです」

 断固とした口調でエルテリスは言った。


「しかし……いや、解りました。殿下の望むままに」

 隊長は、それ以上は異を唱えなかった。エルテリスがミナンディアの王族であればもっと強く止めたかも知れない。しかしエルテリスは友好国とはいえ他国の王族だ。忠誠を誓っているわけでもなければ、その身を絶対に護る対象でもない。エルテリスの護衛も任務の1つではあるものの、それは第1位ではなかった。彼らにとっての第1は、真の魔王ランゼの討伐であり、第2は味方の被害を最小限に抑えること、その次がエルテリスの身の安全だ。


 その優先順位を頭の中で即座に計算した隊長は、エルテリスによる敵本陣の急襲もアリと考えた。何より、自分が“真の魔王”と名指しした本人が目の前に現れれば、ランゼの動揺を誘えるかも知れない。そして、エルテリスが命を落としたとしてもミナンディア王国への影響はそう大きくない。

 尤も、エルテリスの護衛も任務の1つではある以上、国元に帰った時の叱責は必至であるし、降格もあるだろう。特に、エルテリスの叔母である王妃の覚えが悪くなることは間違いない。

 それでもミナンディア王国の国益を考えれば、自分の身の上など軽い物だ。せめてその責は自分だけで納められるようにしよう……隊長は即座にそこまで考えた。


 立案した作戦を元に、部隊はすぐに活動を始める。場所を選んで罠を仕掛け、本隊に伝令を出して到着直後の戦闘の可能性と作戦概要を伝える。

 同時に、ミナンディア軍に使いを送り、こちらの戦闘開始と呼応してローランディアの砦を攻めるように伝える。ミナンディア軍がこちらの呼び掛けに応じてくれるかどうかはある程度賭けになるし、もしもローランディア軍がこちらに割く兵力を削った上で砦を出たら、この連絡は完全に無駄になるが。


 陽が沈み、野営地を照らす灯りが篝火になる。騎士たちは交代で食事と睡眠をとった。

 夜半を過ぎ、虫も寝静まった頃、ミナンディア軍の陣営から小数の騎士が静かに動き出した。その数は50騎ほど。その中にはもちろん、エルテリスとコルテの姿もある。


 別働隊は音を立てないよう、馬を駆けさせることなく静かに野営地を離れてゆく。ローランディア軍との間にある丘を迂回して、戦場の北側に広がる森を目指す。

 別働隊は何者にも邪魔されることなく、ローランディア、ラビトニア、そして旧魔王領に渡って広がる森に入った。もちろん、奥に踏み込むことはしない。

 森の外縁、木々の間からローランディア軍陣地の監視塔が見える位置に身を潜め、時間まで交代で休む。


「殿下、お休みになれますか?」

 マントに包まって横になるエルテリスに騎士が訪ねた。

「ボクはハンターですよ。野営は日常のことです」

 エルテリスは笑って答えると、すぐに寝息を立て始めた。騎士はその豪胆さに舌を巻く思いだ。


「コルテ殿、貴女もお休みください」

 騎士はコルテにも声を掛ける。

「いえ、ハンター活動中、殿下と交代で休むことに慣れていますので、今夜も殿下が起きてから休ませて戴きます」

「解りました」

 騎士たちも半数がマントに包まって横になる。


 決戦の始まりまで、残り時間はおよそ半日。



────────────────────────



 翌日、エルテリスは逸る心を抑えつつ、合図を待った。エルテリスたちの潜む森から、丘を登って行くローランディア軍が見える。戦闘の開始と予想される昼前後までが長い。エルテリスは、じっとその時を待つ。


 どれくらいの時を待っただろうか。丘の向こうに3つの火弾が上がった。

「合図だ! 全員、騎乗!」

 隊長の命令に、騎士たちがガチャガチャと音を立てて一斉に騎乗する。エルテリスとコルテも自分の馬に乗る。


 それからしばらく時間を計っていた隊長は、ゆっくりと右手を上げ、そして力強く前方へ振り下ろした。

「突撃! 全員、ローランディアの砦へ!」

「はっ!!」

 森から出た50騎の騎士たちが、全速で騎馬を駆る。


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