060 両面戦闘
「見たところ、後方のミナンディア軍の陣は天幕を張って逆茂木を並べただけだ。籠城などは無理だろう。斥候の報告ではミナンディアの本隊は明日の昼には到着の見込みだ。そこで明日は6,000騎でミナンディア軍は3,000を叩き、その間残りの9,000は砦に残ってラビトニアを牽制する。
ミナンディア軍を討った後はその時の状況にもよるが、基本的には分けた軍を合流させ、ラビトニア軍と対峙する。以上、質問は?」
ランゼは集めた将官たちの顔を見回した。1人が徐に手を上げる。
「何だ?」
「戦のことではありませんが、騎士たちの中に噂が流れています」
「噂?」
「は。先日のミナンディアからの密書にあった『真の魔王はエルテリスに在らず、ランゼ也』というものです。噂などに惑わされるな、と叱責しておきましたが」
「どこからそんな噂が。密偵でも紛れ込んだのだのか?」
「判りません。まだそれほど広まってはいませんが……どう対処いたしましょう?」
ランゼはやや俯いて少し考えた。が、すぐに頭を上げる。
「不要だ。明日、我がもう一度檄を飛ばそう。それで我が魔王だなどという戯言は払われよう」
「……は。ですが、流言蜚語の類を軽々に広めぬようには徹底させましょう。士気にも関わりますので」
「うむ。それでいい」
楽観的とも取れるランゼの言葉だったが、それに異を唱える者はいなかった。楽観的ではあっても、確かにランゼの言葉には力があり、聞いた者の耳どころか心にまで届く。この戦でそれを知った将官は、ランゼの言葉を否定する材料を持たなかった。
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その翌日。これまでは概ね夜明けと共に出陣していたローランディア軍は、この日は昼近くになってから半数以下の部隊で出陣した。しかも、対峙するラビトニア軍ではなく、後方、ローランディア国内に向かって。
ローランディア軍の後方、丘を挟んだ平原に陣を敷いたミランディア軍の先遣隊に本隊が合流した、と斥候からの連絡があったのはつい先ほどだ。長旅で疲弊しているところを休息を与える暇も無く、倍の数で蹂躙する。
ラビトニア軍との戦闘は毎日だったとはいえ、小競り合いばかりだったこともあって、実際に戦闘を行なっていた騎士は多くない。しかも毎日前衛を入れ替えていたので、休息も十分とは言えずとも取れている。
対してミナンディア軍は、戦場にいち早く到着するために、特に開戦の報せを受けてからは無理な行軍を続けて来た。そこへ休息の間も無く攻め込めば、数の有利も手伝って、ローランディア軍の圧勝は疑いようもなかった。
しかし、予定通りに進まないのは戦場の常でもある。
6,000騎のローランディア騎士たちは、兵を分散させることなく進軍し、丘の上で一旦足を止めた。
丘の麓、幾つか並べられた天幕と、その前に並んだミナンディア騎士たちが見える。
およそ300の騎馬を下りた騎士たちが、盾を並べて三重の防御陣を張っている。さらに残る騎士たちもいくつかの部隊に分かれ、防御陣の後方に防御陣よりも広く展開している。
(強行軍で疲弊している割には、布陣が早いな)
この部隊の指揮を任された将官は、ミナンディア軍の布陣を見て感心する。数が少ないことから見ても、選りすぐった騎士が集められたのだろう、と彼は想像する。
時間を置けば相手に休息の時間を与えることになる。将官は腰の剣をスラリと抜き放ち、天に向けて真っ直ぐに掲げる。それを前に勢い良く倒すと同時に声を張る。
「突撃!」
その命令と同時に、ローランディア軍は丘の上から一気に駆け下りる。
「来るぞ! 魔術士、用意!」
ミナンディア軍の陣もローランディア軍に合わせて動き始める。
盾を並べた騎士たちの後ろで、魔術士たちが魔術陣を作り出し、左右の騎士たちが槍を構える。その後ろで、弓を持った騎士たちが矢を番える。
丘を駆け下りるローランディア軍が10テナーほどに近付いた時。
「撃て!」
指揮官の号令と共に、魔術士たちが魔術陣を上昇させて射線を確保、多数の魔術陣から火弾や雷撃がローランディア軍に襲い掛かる。
ローランディア軍の眼前の地面に火弾が着弾、炎と土煙が上がり、雷撃が騎士や馬に命中。ローランディア軍の前衛に混乱が広がる。
その中、ミナンディア軍の魔術士の中から、上空に向かって3つの火弾が打ち上げられた。ローランディア軍もそれに気付くが、それに気をかける暇はない。
混乱した前衛を抜けてローランディア軍は前進する。そこに魔術士の攻撃が続く。
ローランディア軍の後衛が左右に分かれ、混乱する前衛を避け、ミナンディア軍の防御陣の左右を抜けようと試みる。しかし。
「うわっ!」
「止まれっ!」
ローランディア軍の騎士たちの足元が崩れた。夜のうちにミナンディアの魔術士たちが掘った落とし穴だ。掘ったというより、表層を少し残して地面下の土を転移魔術で取り除いておいただけだ。
大規模な転移魔術を番える魔術士はそう多くない。コルテも含め、転移魔術を使える魔術士総出での仕事だ。
「放てっ!」
弓を持った騎士が矢を放つ。穴に落ちた騎士たちに矢が降り注ぐ。
「後退っ! 一旦後退だっ!」
ローランディア軍の指揮官から発せられた命令に、ローランディア軍は後退を始める。ミナンディア軍も攻撃の手を緩めた。
お互いに最小限の被害での停戦に持ち込むことがミナンディア軍の、いや、エルテリスの目的だ。無駄に死者を増やす必要はない。
数の減った魔術弾や矢に追い立てられるように、ローランディア軍は丘の中腹まで引いた。
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ローランディア軍とミナンディア軍の戦闘の最中に打ち上げられた3発の火弾は、ラビトニア軍の陣地からも良く見えた。
「合図だ! 進軍!」
号令と共に、ラビトニア軍が動き出す。向かう先はもちろん、ローランディア軍の簡易砦だ。騎乗した騎士たちが隊列を組んで進軍する。
旧魔王領からの野獣を警戒してか、左翼の布陣がやや厚い。そして馬上ではあるものの、弓を装備した騎士が多い。相手が籠城することを予測しているのか。
ローランディア軍もそれを坐して待つわけもなく、矢の届く距離にまで近付いたところで、弓矢での攻撃を開始する。同時に魔術での攻撃も始まる。
ラビトニア軍はそれぞれ間隔を空けて集中攻撃を避けつつ、こちらも弓矢と魔術による攻撃を開始する。
砦とはいえ、丸太で作った簡素なものだ。2万近い軍で攻められたら1万で守っても限界がある。それでも、ミナンディア軍に対峙している部隊が戻って来れば、形勢はローランディア優位に働くので、それまで耐えればと意気を落とさずに攻撃を続ける。
ラビトニア軍は火矢を使い、砦の炎上を狙った。鏃に塗った油に魔術で着火、矢を放つ。
火矢は砦の外壁となっている丸太に突き刺さるものの、なかなか燃え広がらない。何しろ、森で切った木を丸太にして、乾燥もさせずに使っているため、燃えにくい。
昨日までの平原での戦闘とは打って変わって、矢と魔術が両軍の間を飛び交う。
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(く、今日も駄目かっ)
ランゼはこの日も戦場に出ず、監視塔の上で魔獣を呼び寄せようとしていた。少数の魔獣が旧魔王領側の森から出てくるものの、数は少なくラビトニアの騎士たちに簡単にあしらわれている。
平原に布陣したラビトニア軍からは矢や魔術による攻撃がひっきりなしに行われているが、今のところはどちらが有利ということもなく、一進一退だ。
ミナンディア軍との戦闘の様子は、間にある小高い丘に隠れて見えない。ローランディア軍が丘の上から駆け下りていく様子を見てからそれなりの時間が経っているから、そろそろ向こうは戦闘を終えて戻って来るはずだ。強行軍で疲弊しているところに倍の兵力を当てたのだから、負けはないはずだ。しかし。
「報告します!」
監視塔に伝令が登って来た。
「何だ」
「ミナンディア軍は策を弄して我が軍を翻弄、被害は軽微ではあるものの、蹂躙するには時間がかかりそうだ、との報告です!」
それを聞いて、ランゼの表情に怒りの色がみえた。が、自制して伝令を怒鳴りつけたりはしない。ここで八つ当たりしたところでどうしようもない。
「増援要請はないのだな?」
「は、ありません!」
「ごくろう。引き続き、状況に変化があれば報せよ」
「は!」
伝令は塔を下りてゆく。
ランゼは魔獣の操作を諦め、眼下の戦闘の様子を見ながら作戦の修正を検討する。しかし、その答えを出す前に、次の伝令が塔に登って来た。
「報告! 砦内に侵入者です!」




