058 開戦、そして宣戦布告
「相手からの返答は?」
「ございません!」
「よし。では予定通り、夜明けと共に進軍を開始する。準備はいいか?」
「は! 出陣準備は整っております!」
「よろしい。皆を集めておけ」
「は!」
間も無く夜が明ける。ラビトニア軍から軍権移譲要求の返事がなければ、ランゼは予告通りに実力行使に出るだろう。
東の空が白み始める中、野営地の西側に整列した騎士団の前に、騎乗したランゼが立った。居並ぶ騎士たちを見渡すと、徐に口を開く。
「ローランディアの騎士諸君! いよいよラビトニアとの決戦だ! 心配することはない! 俺に従っていれば負けはない!
諸君! 知っての通り、真の魔王は今も野放し状態だ! 奴の行動を制限するには、どうしても旧魔王領を囲む長大な包囲陣を敷く必要がある! そのためには、旧魔王領と接するローランディア・ノーザリア・ラビトニア三国の軍指揮権を一元化する必要があるのだ!
この戦はラビトニアの侵略にあらず! 対魔王戦略の一環なのだ! 故に、敗北はあり得ない! この戦に勝利し、真の魔王の行動を抑え込むのだ!
正義は我らにあり! 我らローランディアに勝利を!」
ランゼが拳を突き上げると、騎士たちが一斉に沸いた。
「おーーーー!!」
「ランゼ陛下万歳!」
「ローランディアに勝利を!」
「魔王を倒せ!」
騎士たちと共にいる騎馬たちが一斉にブルンッと震える。良く訓練された騎馬たちは、それ以上無駄に騒ぐことはない。しかし、これから始まる戦いを前に、気が昂っているようだ。
猛る騎士たちは、ランゼの言葉のおかしさに気付かない。中には首を傾げている者もいるかも知れないが、周りの雰囲気に呑まれているだろう。
太陽が東の地平線から顔を出した。その光でランゼの鎧が煌びやかに光る。ランゼは上げていた拳を下ろし、腰に下げていた采配を手にして高く掲げた。
「騎乗!」
ランゼの声で、騎士たちが一斉に騎乗する。ランゼは采配を下ろして馬首を返した。およそ2テック先に布陣しているラビトニア軍の姿が横に長く見える。
ランゼは采配を改めて高く掲げ、一呼吸置いて、それを前に倒した。
「前進!」
工兵と後詰の約1,000騎を残した、およそ14,000騎が一斉に動き出す。
ローランディア軍が動き出してから一拍を置いて、状況を窺っていたラビトニア軍も前進を始めた。今まさに、両国の戦端が切って落とされる。
初戦は、オーソドックスなぶつかり合いだった。
数の上では勝っているラビトニア軍は、やや左右に伸びた陣形を取り、ローランディア軍を取り囲んで攻撃をすべく中央への誘い込みを図ったが、ランゼはそれに乗らず、ラビトニア軍の右翼に攻撃を集中した。
ラビトニアは囲い込みに失敗したものの、ランゼ率いるローランディア軍を正面から受け止めた。戦況は一進一退だったが、昼になる前にランゼは兵を引いた。両軍とも被害は軽微で、様子見といったところだ。
ランゼは簡易砦の前の野戦陣地にまで軍を引き、指揮官クラスの者たちを天幕に集めた。
「ご苦労であった。引き続き、双方の被害が大きくならないように小競り合いを続ける。その後、戦況が変わるタイミングを見計らって、一気に攻勢に出る」
先の戦闘もほぼ全軍を動かしたものの、実際に戦闘を行なったのは最前列にいたごく一部だ。大部分はやや離れた後方に位置し、回り込まれないように牽制していた。そのため、動いた人数の割に戦闘は小規模だった。
「陛下は、戦況が変わる、それも我が方の有利に、とお考えですか?」
「もちろんだ。風は必ず我が方に有利に吹く。それと呼応して前に出れば、勝利は疑いない」
「なるほど。して、その根拠はあるのでしょうか?」
「俺には解る。俺を信じろ。ノーザリアとの戦いを思い出せ。今回も必ず、転機は訪れる」
「……は」
質問した将官は納得した風ではなかったが、それ以上は言わなかった。
「失礼します!」
その時、天幕に飛び込んで来た伝令が膝をついた。
「何だ?」
「ミナンディア王国からの使者を名乗る者がお目通りを願っております。いかがいたしましょう?」
「ミナンディアからの?」
「今更何でしょう?」
伝令の言葉に将官たちが首を捻る。この派兵の前に、ミナンディア王国からは中立を保つ旨の書状が届いている。
「聞けば解る。ここに通せ」
「はっ」
伝令は姿を消すと、すぐに戻って来た。ごく普通の民間人の格好をした男を伴っている。この男が使者のようだ。使者は天幕に入ってすぐの場所に跪いた。
「使者というのはそなたか」
「はっ」
「用向きは?」
「我が陛下よりの書状をお持ちしました」
「見せてみろ」
「はっ」
使者は懐に手を入れて、1通の封書を取り出した。ランゼを護衛している2人の騎士の1人が使者に歩み寄り、それを受け取って簡単に検める。ここに来るまでに身体検査は受けているはずなので、ごく簡単に。
護衛騎士から封書を受け取ったランゼは、取り出した書状に目を通した。
「なんだと!」
彼の瞳がギラリと殺意を帯びる。
「何かありましたか?」
将官の呼び掛けを無視して2度、3度と書状に目を通してから、それを最も近くにいた将官に投げるように渡した。
「ミナンディアめ、真の魔王と手を組んだようだ」
「何ですと!?」
書状を受け取った将官がそれに素早く目を通し、他の者は何が書いてあるかと問うように彼を見る。
「これは……ミナンディアはローランディアの正統なる後継者エルテリス王子に協力し、彼の玉座の奪還を支援する、とありますな。それに……」
「なんだ、何が書いてある!?」
書状を手にした将官は、言っていいものかどうか、と尋ねるような視線をランゼに向けた。ランゼは不満そうに頷いた。
「構わん。言え」
「は。エルテリス王子は真の魔王に非らず、真の魔王は勇者ランゼである、と」
「莫迦な!」
天幕の中に罵声が響いた。
「魔王を倒した陛下が真の魔王などと、戯言にも程がある!」
「ミナンディア王は何を以てこのような戯言を」
「ミナンディアの王妃はエルテリスの叔母であろう。転がり込んだエルテリスに絆されたのではないか」
怒りを滲ませた口調でランゼは言い、使者を睨んだ。
「其方、この書状の内容を知っていたのか?」
「いえ、まったく。自分はメッセンジャーに過ぎません」
「ならば、返答をミナンディア王に伝えよ。口頭で構わん。魔王を討ち果たしたランゼが断言する。真の魔王はエルテリスだ。彼への協力を撤回し、その身柄をこちらに引き渡すならば、今回の非礼は不問としよう、とな」
「は、しかと承りました。我が陛下に必ずお伝えします」
使者はそう返事をすると、伝令に伴われて天幕を出て行った。
「ミナンディアは騎士団を動かしているか!?」
「そのような報告は入っておりません」
ランゼの問いに、将官の1人が即答する。
「先の使者が来たのなら、すでにミナンディアも進軍を開始していよう。しかし間諜からの報告がないということは、おそらくどこかで足留めを喰らっているのであろう。或いは、捕えられている可能性もある。すぐに斥候を放ち、ミナンディア軍の動向を調べよ! 場合によっては、ラビトニア攻めを速める必要がある。急げ!」
「はっ!」
将官たちは、すぐに行動を開始した。
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ローランディアの王城をミナンディア王国からの使者が訪れたのは、ローランディアとラビトニアが戦端を開いた翌日のことだった。王太后キュビーネと王妃リンゼーナに宛てられた書状を読んだ2人は、その内容に一時思考を停止した。
書状の中身は、ランゼに宛てられた物よりもラビトニア王宮に宛てられた物に近く、ランゼが真の魔王である根拠やその目的なども綴られていた。
「か、母様、兄様の言っていることは、本当なのでしょうか……?」
震える声で、リンゼーナはキュビーネに縋った。
「正直、解りません。確かに、先の戦ではノーザリア軍が魔獣の氾濫で混乱した隙を突くことで勝利した、と聞いてはいますが」
「わたくしもです。で、でも、これが事実なら、わ、わたくしは、レイネーゼ様と、と、父様の仇を伴侶としたことに……」
「リンゼーナ、狼狽えてはいけません。あなたは王妃なのですから、簡単に心を乱してはいけません。
とはいえ、これはわたくしたちだけで判断するわけにはいかない事案です。まずは宰相に相談し、閣僚たちも集めて今後を決めましょう」
「は、はい、解りました」
リンゼーナは震える手を力を込めて握り締め、目を閉じて深呼吸し心を落ち着けると、目を開いた。完全には普段通りの彼女とはなっていないが、それでも一見しただけでは心を乱しているとは思われないだろう。
「すぐに宰相と面会の場を設けましょう。彼も忙しいでしょうが、これは最重要、最高機密にして、最優先事項です」
「はい、母様」
ローランディアの王宮も、動き始める。




