055 開戦の足音
しばらく考え込んでいたセティクス王は、徐に頭を上げて、貫くような視線でエルテリスを睨め付けた。その鋭い視線にエルテリスは内心で怯むものの、目に力を込めて受け止める。
「それで、どこまでが事実でどこからが作り話だ?」
「……敵いませんね」
「ただの年の功って奴だ。で、どうなんだ?」
問い掛けるセクティスに、エルテリスは内心でもう1度(敵わないな)と思いつつも、ここからは正直に話そうと心に決める。この王には、その方が効果が高そうだ、と考えて。
「僭王ランゼが魔王の力の1つ、魔人や魔獣を操れることはまず間違いありません。……我が父を弑した魔犬、それにノーザリアの敗戦を決定付けた魔獣の大群の暴走、それらはランゼが魔獣を操った結果であることは確実でしょう。しかし奴の姿は人間そのものですし、瘴気を撒き散らしているか、これから撒くようになるのかは不明です。それを考えれば、現時点での奴は“真の魔王”というよりは劣化魔王というところでしょう。
それに、奴が大陸を征服しようとしているのかどうかも判りません。これは、ボクの復讐にミナンディア王国を引っ張り出すための方便です」
「それはまた、ぶっちゃけたな」
「陛下はそれをお望みですよね」
ニヤニヤと笑うセティクスに、エルテリスも笑顔を見せた。できるだけ不敵に見えるように。それから表情を引き締める。
「しかし、ランゼの動きを見れば大陸征服を狙っていると言われても仕方がないでしょう?」
「確かにな。今のところ、ミナンディアへの侵攻計画は掴んでいないが、ラビトニアの後はこちらに牙が向かないとは言えない、いや、むしろその可能性は高いであろうな」
「ええ。ボクを“真の魔王”と名指したのも、ローランディア王国を自らの手に入れ、大陸制覇の足掛かりとするためと考えられます。これも、推測の域をでませが」
「ふむ。それで我が国が其方の仇討ちに協力したとして、我らにどんな利がある? 其方は我らに、何を提供できる?」
さすがに、エルテリスに“協力”するとなれば、只というわけにはいかないだろう。たとえ叔母が王妃として嫁いでいても。
「ボクが僭王ランゼを倒した暁には、ローランディア王国の南部地域の割譲をお約束しましょう」
「そんな簡単に約束していいのか?」
「ランゼを倒せば、ボクがローランディアの玉座に座ることになります。そしてローランディアの国土はすべて王家の所有であり、領地貴族は王家から領地の運営を任されているに過ぎません。ランゼを討つことさえできれば、問題はありません」
エルテリスはセティクスに臆することなく、言い切った。
「ふん。玉座に就く覚悟はあるんだな。よかろう。其方の力になろう」
「陛下、宜しいので?」
宰相が聞いたが、その口調は儀礼的なもののようだ。
「構わん。閣僚どもへの根回しは任せる。ティヌートも貴族どもを纏めておけ」
「は、畏まりました」
「解りました。お任せください」
宰相と王妃が頷いた。
「ご協力、ありがとうございます」
「礼は、其方の念願が叶ってからにしろ」
ミナンディア王国の協力をとりつけることに成功したエルテリスは、立ち上がって深く頭を下げた。その彼に、セティクスは軽く手を振った。
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ミランディアの閣僚や貴族たちを纏めるまで、エルテリスはコルテと共に王妃宮に用意された部屋で過ごした。王城に入る時に預けた荷物も返却された。武器も一緒に返され、それまで王城内では丸腰だったコルテも、再び剣を佩いた。
馬屋に預けていたシュバルも王城内の厩で面倒を見てもらうことになった。
「エルテリス、本当に大変なのは、事が終わった後ですよ」
「はい、承知しています」
貴族の調整に忙しいティヌートだったが、時々エルテリスと軽食を共にした。
「ノーザリアとラビトニアに対する補償ですね。国内も荒れるでしょうし」
「それを解っているなら、いいでしょう。具体的な内容について考えるのは後にしても、先のことはしっかりと見据えて動きなさい」
「はい、叔母様」
「ミナンディアについては、約束を違えなければ後回しでも構いません。わたくしが陛下も貴族たちも抑えましょう」
「ありがとうございます。叔母様にそう言って戴けるだけで、心強いです」
王妃宮に匿われているような生活だったが、エルテリスはコルテを相手に、剣の稽古にも余念がない。ランゼを倒す、両親の仇を討つ、と啖呵を切ったものの、今の自分の実力がランゼに届いていないことを一番知っているのはエルテリス自身だ。たとえランゼに届かなくとも、その隙間を可能な限り埋めることに余念がない。
「剣を変えたことがいいのでしょう、格段に上達しています」
「ありがとう。でも、まだまだだよね」
エルテリスは荒くなった息を整えながら、剣を鞘に納めてから、腰から鞘を外した。
「剣は問題ありませんか?」
「うん、大丈夫。最近は強化も意識せずにできるし、手入れもしているから」
メイニールの町で手に入れたエルテリスの剣は、自身に合うものを選んだだけあって、使っている時間はまだ短いのに、借りていたコルテの剣よりもずっと手に馴染んでいる。もっと早い段階で彼に合った剣を手に入れていれば……とコルテは内心で思うものの、エルテリスは成長期でもあったから、一年前に専用の剣を手に入れたとしても結局は買い替える必要はあっただろう。
「また後で相手を頼むよ」
「は、お任せください」
心は逸るものの、エルテリスは必要以上に自分の肉体を虐めないよう自己管理しつつ、剣の鍛錬を続ける。
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その連絡が齎されたのは、ルティエス王との会談から5日目のことだった。
エルテリスに与えられた部屋にやって来たティヌートは、一見は普段と変わらないように見えたが、そもそも呼び出すのではなくこの部屋にやって来る時点で急いでいることが判る。
「ローランディア王国、いえ、国王ランゼが動きました。先発した軍を追って、王都を発ったとのことです。4日前の情報です」
コルテの張った遮音結界の中で、ティヌートはエルテリスに伝えた。
「では」
「根回しはほぼ終わっています。後は宣戦布告のタイミングですね。陛下や宰相も、閣僚と一緒に大急ぎで調整をしています。近いうちに、エルテリスには最前面に出てもらいます。そのつもりでいてください」
「はい、ボクの準備はいつでもできています」
頼もしい甥の言葉にティヌートは優しく頷くと、自分の護衛騎士を伴って退室した。
「いよいよ、ってことだよね」
「はい。間も無くでしょう」
「それまでに仕上げなくちゃ。今日も訓練をお願いするよ」
「もちろんです」
勇者ランゼとの決戦を間近に感じ、エルテリスは高鳴る鼓動を意識した。




