054 隣国国王と会見
「……それが本当なら、次の戦はローランディアに加担しない材料になりますね。いえ、むしろラビトニアに積極的に協力する理由にまでなります」
エルテリスの話を聞いたティヌートは、頬に手を当てて考え込んだ。
「叔母様、ミナンディア国内は2つに割れているのですか?」
「割れているというほどではありませんが、統一は取れていないのです」
近く、ローランディア王国がラビトニア王国に攻め入るだろうことは、ミナンディアの王宮内でも既定路線と見做されている。ローランディアからラビトニアに対する軍事協力、と言いつつ実のところ軍指揮権の移譲の要求は、当然の如く断られているから、ノーザリアの時と同じく実力行使に出るだろう。
ごく近い未来に確実に起こる隣国間の戦争に、ミナンディア王国としてどう出るか。基本的には中立の立場を取ることに決まっているものの、それでも貴族の中にはどちらかの国に加担して恩を売っておくべき、と主張する者も少なくない。大抵は、どちらかの国に身内がいるので放っておけない、というのが本音だが。
「ですが、ボクとしてはラビトニアに協力するのではなく、ローランディアの暴挙を止めたいだけなのです。……いや、叔母様相手に言葉を取り繕っても仕方ありませんね。ボクは、ボクの手でランゼを討ちたい、母上と父上の仇を取りたい、それだけなのです」
「最初にそう言いましたね。けれど、それでは国は動かせません。……ですが、国を動かすための材料もあなたは提供しました。話の持っていき方次第では、ミナンディアを動かすこともできましょう」
「叔母様、それでは」
「正妃とはいえ、さすがに私の一存では国を動かせません。ですが、陛下に図り会談の場を設けることは可能です。そこで、陛下を説き伏せなさい。もちろん、私も協力はしますが、説得するのはエルテリス、あなたです」
「はい、よろしくお願いしますっ。叔母様、ありがとうございますっ」
エルテリスは思わずといった様子で椅子から立ち上がり、テーブルを回ってティヌートの前に跪き、彼女の手を押し戴いて軽く唇を触れた。
「礼は早いですよ。私の話を聞いても、陛下があなたと会うとは限りませんから」
「いえ、そこは叔母様を全面的に信頼しています」
エルテリスは膝をついたまま頭を上げて、にこりと微笑んだ。
「可愛い甥に信頼されたら、応えないわけにはいきませんね。本日中か、遅くとも明日には、陛下との面会の場を整えましょう。2人には、この王妃宮に部屋を用意するので、お使いなさい。陛下との面会までは、なるべく出歩かないように」
「はい、解りました」
現時点では、ティヌートもエルテリスの存在をできるだけ隠しておきたい。それもあって自分のテリトリーにエルテリスとコルテを留めておきたかった。
ティヌートは、エルテリスとコルテに別々の部屋を用意したようだが、コルテは『殿下の部屋の控えの間で構わない』と固辞し、ティヌートも彼女の意思を汲んだ。そもそも、“賓客”はエルテリス1人であり、コルテはその護衛騎士に過ぎないので、エルテリスとは別に客間を用意されることが通常ではあり得ない。ティヌートが最初はそれを用意したのは、コルテもエルテリスと同じく賓客と見做しているからだろう。
しかし、穿った見方をすれば、コルテをエルテリスから引き離す意図がある、とも受け取れる。エルテリスはティヌートを全面的に信用しているようだったが、コルテは立場上、そういうわけにもいかなかった。というより、主に害為す者あらば全力を以って排除するのが護衛騎士だ。エルテリスが全幅の信用を置く人物であろうと、主に危害を加える様子を見せたら手加減はしない。
それを解っているからこそ、コルテが部屋を遠慮した時に、彼女は躊躇うことなくそれを受け入れたのだろう。或いは、最初からエルテリスの部屋しか用意しておらず、彼の護衛をコルテに任せてたままでいいのか試したのかも知れない。
2人が湯浴みをして(コルテも『この後陛下の謁見の場に出るかも知れないから』と清められた)用意された服に着替え、国王に進言する内容を確認している時に、ティヌートからの連絡を女性騎士が持って来た。手紙として届けられたそれは、ご丁寧に封蝋まで押された封筒に入っていた。
「夕食の後、会ってくれるそうだよ」
封を切り、内容を確認したエルテリスはコルテに言い、それを彼女にも見せた。コルテは受け取ったそれをサッと確認すると、宙に浮かべた手紙に火を付けて、跡形もなく燃やす。
「もう、そこまで気にする必要はないと思うけどね」
「いえ、殿下がここにいること、ここの国王陛下と謁見することは、まだ秘す必要がありますので」
笑うエルテリスに、コルテは生真面目に答えた。
「まあ、それはいいか。それじゃあ、情に訴えるのは程々に、危機感を煽って協力する気にさせる、っていう方針でいいよね?」
「はい、それがよろしいかと存じます。情だけでは、流石に国を動かすのは無理でしょうから」
「うん、ボクもそれは解っている。それよりコルテ、2人きりの時は今まで通りでいいよ」
「いえ、立場でしっかりと切り替えませんと」
「コルテは固いね。“姉様”はもっと臨機応変だったのに」
エルテリスは笑顔を作ったが、コルテは軽く口の端を上げただけだった。
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エルテリスと、ミナンディア国王セティクスとの会談は、王妃宮にある会議室で行われた。ティヌートが『現在、王城でここが最も安全です』と主張したらしい。
女性騎士に案内されて入った会議室には、すでにティヌートが待っていた。
「叔母様、お待たせして申し訳ございません」
「いいえ、時間通りですよ。座って」
エルテリスはティヌートの斜向かいの席に座り、コルテは彼の斜め後ろに立った。
しばらくの後、騎士を伴った2人の人物が部屋に入って来た。エルテリスは立ち上がり、頭を深く下げる。
「陛下、此度はこの場をご用意戴き、誠にありがとうございます」
「ああ、座ったままで構わん。ここは非公式の場だ。ざっくばらんに話そう」
セティクス王は鷹揚に言って自らもエルテリスの向かいの椅子に座った。もう1人も国王の隣に座る。
「ここは我々だけでいい。下がっていろ」
セティクスは護衛騎士たちに軽く手を振った。
「しかし陛下……」
「構わん。下がれ」
「……は」
短いが断固とした王の言葉に、護衛騎士たちはそれ以上喰い下がることなく、部屋を出た。
「あなたたちも下がりなさい」
「……は」
ティヌートも、扉の前に立っている自分の護衛騎士に命じた。国王の騎士が排されたのに、王妃の護衛の自分たちが居座るわけにいかないと感じたのだろう、エルテリスの後ろにいるコルテを意識しつつも部屋から出た。
「さて」国王の隣の男が宰相だと名乗った後、セティクスは徐に口を開いた。「エルテリスだったか。話を聞こう。ああ、ティヌートからは其方がローランディアの元王太子であることと、“真の魔王”は濡れ衣であることだけしか聞いていない。その上で其方の言いたいことを話せ」
「はい」
エルテリスは、セティクスから威圧を感じて気圧されそうになったが、グッと堪えて口を開く。
「この度この場を設けさせて戴いたのは、私の両親の仇である僭王ランゼを排し、ローランディア王国を取り戻すのに、協力をお願いしたいのです」
「仇討ちか。しかし、それでオレが動くと思うか?」
セティクスはエルテリスを挑発するように言う。エルテリスは話を続けた。
「もちろん、それだけではありません。僭王ランゼを野放しにしておけば、ノーザリアやラビトニアだけでなく、このミナンディアにも彼の者の魔手は伸びるでしょう」
「ほう? その根拠は?」
気の無さそうな態度で、セティクスは先を促す。
「僭王ランゼは、私を“真の魔王”と名指ししましたが、彼こそが真の魔王です。真の魔王たる奴は、ローランディアを足掛かりに大陸を支配するため、私を真の魔王として王太子の座から逐い、我が妹リンゼーナと婚姻した上に我が父ルティエスを弑することで国王の座を手にしたのです。
その後のことはご存知の通り、ノーザリアに侵攻し、今まさにラビトニアにもその魔手を伸ばしています。次はミナンディアと考えるのは、当然でしょう。
しかし、真の脅威はランゼによる侵略、支配ではありません」
「侵略も脅威ではあると思いますが。その真の脅威とは何でしょう?」
宰相が口を挟んだ。
「僭王ランゼは、もはや人間ではありません。先ほども述べたように、“真の魔王”です。そう遠くない未来に、ローランディアは魔王領となり、それはランゼの侵略行為の成否に関わらず、奴が生きているだけで大陸の脅威になります」
「どういうことだ? いや、待て、そうか、瘴気か」
セティクスの表情に僅かに真剣さが混じる。
「その通りです。瘴気は魔王の身体から放出されていた、ということは兼ねてより言われていましたし、魔王が討伐されてから旧魔王領が徐々に縮小を始めていることで、確認された事実と見ていいでしょう。
ランゼが“真の魔王”として現在どの程度覚醒しているのかは不明ですが、完全に覚醒したら瘴気を撒き散らすことは確実でしょう。いえ、すでにローランディアの王都辺りは魔王領と化している可能性すらあります」
「ふむ。それは確かに放っておくわけにはいかんな。しかし、彼の者が真の魔王という確証はあるのか?」
「我が父ルティエスの死因ですが、王城に忍び込んだ魔犬により弑された、と聞いています。いくら魔犬であろうと、王城の奥まで忍び込むのは不自然です。真の魔王により操られていたと見るべきでしょう。
そしてローランディアのノーザリア侵攻です。一進一退だった両軍の天秤がローランディアに傾いたのは、旧魔王領側から現れた魔獣の群がノーザリア軍を襲ったからですよね」
「それも、彼の者が魔獣を操って襲わせた、と?」
「その通りです。その証拠に、ローランディア軍には魔獣の被害は皆無と聞いています。
これだけの懸念があるのです。ミナンディアとしても看過できないと愚行しますが」
「ふむ……」
セティクスは足を組み顎に手を当て、表情を真剣なものにして考え込んだ。




