053 叔母との再会
「姉様! どうだった?」
夜遅く、宿の部屋の扉が開いた瞬間にベッドから飛び起きたレイトは、入って来たレテールに駆け寄った。
「明日、会ってくれるそうだ」
レテールは、ティヌートから預かった封書を見せた。
「ありがとう。上手く叔母様との繋ぎを取ってくれて」
「レイトの指輪と手紙、それに髪があったからだ。私の言葉だけでは無理だったろう」
「だけど、姉様でなければ王城に忍び込むなんて無理だもの」
「簡単ではなかったがな」
王城を覆う結界は道具を用意したことで比較的すんなりと通り抜けたレテールだったが、王城内に入ってから王妃の寝室を探り当てるまでが大変だった。
元々、外敵の侵入に備えて複雑に築かれた王城は、情報屋から入手した図面と大筋では合っているものの、何度もの改築でより複雑になり、迷路のようになっていた。加えて、王城内にも魔力結界がそこかしこに張られており、通り抜けるのに気を削られた。
深夜とはいえ騎士が巡回しているし、回廊を歩く侍女や侍従もゼロではないから、多少は結界に引っ掛かっても気にはされないかも知れないが、城内の特定の場所を探して彷徨っている不審者を見逃しはしないだろう。
レテールは結界に注意し、迂回したり転移魔術で抜けたり、時には何喰わぬ風に通り抜けたりと、ずっと気を張り詰めていた。
「運も良かったな。しかし流石に疲れた。今夜は休ませてもらう」
「うん。ゆっくり休んで」
レテールは装備を解くと、サッサとベッドに入ってすぐに寝息を立て始めた。それを確認したレイトも、ベッドに入る。彼も、レテールが出掛けている間、横になってはいたものの、まんじりともできなかった。だからこそ、レテールが戻って来た時にすぐに起きることができたわけだが。
(ミランディアについてもらうことができれば……相手が国を乗っ取っていてもなんとかなる……いや、なんとかする。そのためにはまず明日、叔母様を説き付けなきゃ)
レイトは毛布を被って目を閉じたが、なかなか寝付けそうにはなかった。
────────────────────────
翌日、昼を過ぎてからレイトとレテールは王城を訪れた。
「止まれ。何の用だ」
閉じられた重い門の左右で警備に立っている衛兵に誰何され、レテールはティヌートから預かった封をされたままの書状を渡した。受け取った衛兵は2人に待つように言って、門の傍にある詰所へと入ってゆく。
衛兵は、すぐに別の男と共に戻って来た。
「書状は拝見した。しかしこれだけで通すわけにはいかん。確認するから、しばらく中で待て」
「解りました」
後から出て来た衛兵に促され、レイトとレテールは詰所内の待合室と思われる部屋で待たされた。いくら王妃直筆の案内状があるといっても、どこの馬の骨とも知れぬハンター風情を簡単に城内には入れたりしない。
書状の確認で、悪くすると1ミック程度は待たされることを覚悟していたレイトとレテールだったが、20ミールと経たない内に衛兵が戻って来た。女性騎士2人を伴っている。
「確認が取れた。この2人に従ってくれ」
「私について来てください」
衛兵に続けて女性騎士の1人が言い、レイトとレテールは頷いて騎士の後を追った。もう1人の女性騎士は、2人の後ろからついて来た。2人を警戒していることが窺えるが、いきなり斬りかかられることはなさそうだ。
門の詰所を反対側から出て中庭を抜け、王城内へと入る。
「こちらで武器をお預かりします」
王城内に入ってすぐの部屋で、女性騎士が告げた。騎士たちの態度から、2人を賓客として遇するようには伝えられているだろうが、同時に正体については聞かされていないのだろう。武装解除は当然と言える。
レイトとレテールは異を唱えることもなく、武装解除に応じた。持っていた荷物も預ける。
さらに、服の上からだが身体検査もされる。レイトの検査にも男性騎士が呼ばれることはなく、女性騎士が行なった。
2人の荷物が部屋の隅に片付けられると、騎士の1人が隣室に控えていたらしい侍女を2人、招き入れた。
「こちらの服にお着替え願います」
ハンターの服装で王妃の前に出すわけにはいかないということだろう。部屋の中が簡単に仕切られ、侍女が持ってきた略式の騎士服にそれぞれ着替えた。あつらえた物ではないので少々身体に合っていないが、ハンターの革服に比べればずっと垢抜けた。
着替えを終え、再び騎士に案内されて王城の奥へと進む。何度も角を曲がり、階段を上がり、下り、回廊を渡って奥へと進んでゆく。王妃宮へと向かっているはずだが、昨夜忍び込んだレテールも、どこを通っているのか解らない。万一に備えて通った道は記憶している。
長い時間を掛けて案内されたのは、立派な装飾の扉の前だった。前を歩いていた騎士がノックすると扉が内側から開かれ、顔を出した侍女に用件を告げると、レイトとレテールは中に招き入れられた。案内して来た2人の騎士も室内に入り、扉の左右に立つ。
部屋は応接間のようでそれほど広くはなく、テーブルを囲むようにソファーが置かれている。
そのソファーの1つに座っていたティヌートがサッと立ち上がり、優雅な動きを崩すことなくレイトに向かって足早に歩み寄った。
「エルテリス! 本当にエルテリスなのね!?」
「お久し振りです、叔母様。ご心配をお掛けして、申し訳ございません。また、此度はお力を頼ることになり、重ねて謝罪いたします」
レイト……いや、エルテリスは、恭しい態度で頭を下げる。そんなエルテリスをティヌートは抱き締めた。
「そんな堅苦しい挨拶はいいのよ。ああ、エルテリス、心配していたの。良かった、無事な姿を見られて」
「叔母様……」
ティヌートは甥を抱き締め、涙を流した。叔母の腕の中で、エルテリスの瞳にも光る物があった。
叔母と甥が一頻り再会を喜び合った後、ティヌートとエルテリスは向かい合ってソファーに座り、お茶と菓子を用意した侍女が下がってから、話を始めた。
レテール……コルテも座るように促されたが、「護衛騎士が座るわけには参りません」と固辞し、エルテリスの斜め後ろに立った。
話し合いを前に、ティヌートは自分の護衛騎士に退室するよう指示したが、こちらもコルテのように「他人がいる部屋に陛下を一人で残してはおけません」と扉の前から動かなかった。
エルテリスは、まずはティヌート1人と話をしたかったし、ティヌートもその意思を尊重したので少々揉めたものの、コルテの「私が遮音結界を張りましょう」の提案で、室内に騎士が留まることについては妥協した。
「エルテリス、気になっていたのですが、その髪は……?」
コルテが遮音結界を張った後、ティヌートが口にしたのはエルテリスの見た目のことだった。
「すみません、忘れていました。ずっと被っていたから」
エルテリスは笑みを浮かべて両手を頭を抱えるようにし、紅髪の鬘を外した。エルテリス本来の眩い金髪が現れた。
「紅い髪も綺麗だけれど、やはりエルテリスには金髪が似合いますね」
「ありがとうございます。姉様……あ、コルテが自分の髪で作ってくれたんです。コルテの髪を短くするのと、ボクの髪を隠すためと、一石二鳥だからと。コルテの綺麗な髪を切らせることになったのは申し訳なかったけど。おまけに、顔にあんなに大きな傷もつけさせちゃったし」
エルテリスが悲しそうな表情を浮かべて、斜め後ろに控えているコルテをチラリと見た。
「そう。そこまでしてエルテリスを守ってくれたのね。ありがとう、コルテ。そこまでして私の可愛い甥を守ってくれて」
「護衛騎士として当然のことをしただけです」
コルテは短く、それだけ答えた。
「いい護衛騎士に恵まれたのね」
ティヌートは笑みを浮かべた顔をコルテからエルテリスへと向けて言った。
「ありがとうございます。でも、そんなことを言ったら叔母様の護衛騎士が嫉妬するんじゃありませんか?」
「問題ありませんよ。私の護衛騎士も優秀ですし、それに今は遮音結界があるでしょう?」
「ええ、そうですね。コルテは剣だけでなくて、魔術も一流ですから」
エルテリスも笑みを浮かべる。
「それで、今日はこれまでのことを話してくれるのですよね?」
ティヌートは表情を引き締めて、本題を促した。エルテリスも姿勢を改める。
「はい。こうして叔母様にお会いしたのは、叔母様、いえ、ミナンディア王国に協力をお願いしたいからです」
「協力、ですか?」
「はい。ボクは父上と母上の仇を取るつもりです。しかし、相手はローランディア王国を乗っ取っています。ボク個人の力では、コルテが協力してくれても、届きません。そのため、ミナンディア王国に協力をお願いしたいのです」
「ローランディアを乗っ取っている……つまり、相手は、勇者ランゼですね? 私としては協力してあげたいけれど、あなたの復讐のためだけに、国を動かすことはできません。納得のできる理由が必要です。それは解りますね?」
ティヌートは叔母の顔ではなく、一国の為政者としての顔で言った。
「はい、解ります。ですが、彼地震が“魔王”だとしたら、どうでしょう? ボクのことがなくても、国として対応する必要があるのではありませんか?」
「どういうことです?」
「最初から、順を追って説明します。そもそもの発端は、剣士ランゼのパーティーが魔王討伐を果たし、ローランディアの王宮で勇者の称号を受けた式典です。……」
エルテリスは、顔に翳を落としつつ話し始めた。




