052 王城潜入
情報屋は、宣言した通り1日で、王妃の行動予定を入手した。王城の見取り図には王妃の個人区画まで書き込まれている。僅か1日で集めたにしては、十分過ぎる内容だ。
もっとも、行動予定には歯抜けも多いし、王城の見取り図にしても『築城当時の部分的な設計図や改築時の設計図を掻き集めて纏めただけ』らしく、現在の王城とどの程度の一致しているかは未知数のようだ。それでも、十分な仕事と言える。
情報屋に残りの料金を少し上乗せして支払い、宿に戻ったレテールは、その夜のうちに行動を起こすことをレイトに伝えた。
「結局は、強行突破になるんだね」
「陛下が王城から出る予定がない以上、それしかない」
「うん。無理はしないでね」
「捕らえられたりしたら、後がないからな。十分に注意する」
すでにローランディア王国軍が行動を開始している今、王城への侵入手段を悠長に検討している時間的な余裕ないから、失敗するわけにはいかない。
深夜になってからレテールは、昨夜のうちにレイトが用意したいくつかの物を大切に懐に仕舞い込むと、誰にも知られないようこっそりと宿から抜け出した。転移魔術を使えばどうということはない。レイトは今日も、一先ずは留守番だ。
裏通りに出たレテールは、探査結界を最大限使って人との遭遇を避けつつ、王城を目指す。探査結界に加えて、裏道も昼のうちに調べていたことで、レテールは誰に咎められることもなく、王城を囲む城壁を臨む場所まで辿り着いた。
王城と街を隔てるのは、広い道路と高い壁のみ。レテールは、探査結界が城壁に触れないように大きさを変えつつ、広い通りを渡るところを見られないように、転移魔術で一気に移動、城壁に張り付いて探査結界を解除する。
城壁の柱の陰に蹲り、周囲に気を配りつつ城壁の中へ向けてそろそろと魔力を伸ばしてゆく。伸ばした魔力は城壁を突き抜けることなく、途中から先には伸ばせなかった。
(やはり城壁内にあるか)
ローランディア王国の王城もそうだが、王城全域が魔術結界で覆われており、転移魔術での城内への侵入を防ぐと同時に、探査結界の役も果たして物理的な侵入を探知するはずだ。物理結界は魔力消費が洒落にならないので、使われることはまずない。
探査にしても、どんなに防いだところで小動物の侵入までは防ぎようがないから、腕1本程度ならば見逃すはずだ。
さらに、王城全域のような広い範囲を覆うような結界を、魔術士1人ないし数人で張ることは無理がある。魔王城で会った四天王の生き残りの1人ノルンならやれそうだが、他にできそうな者をレテールは知らない。ソルシアですら不可能だろう。
となると、魔術具を併用して結界を張っていることになり、さらには複数人の魔術士が交代で結界の番をするだろうから、魔術具に込められた魔力に自分の魔力を同調させる必要がある。それだけ、探知精度も下がっているはずだ。さすがに、人間の侵入を見逃すことはないだろうが。
レテールは城壁の探査をやめて立ち上がり、城壁を見上げた。高さはおよそ、80テールといったところか。
魔力結界に触れないように注意を払いつつ、魔力を城壁の上まで伸ばして見張りがその場にいないことを確認すると、足に力を込めて跳び上がり、さらに魔力で自分自身の身体を押し上げて城壁の上に飛び乗る。
身体を低くして周りに人影のないことを確認したレテールは、3本の棒を取り出した。それを繋ぐと、長さ12テールの棍になった。その端を握って自分の魔力を通すと、城壁からさらに上に広がっている魔力結界の壁にそろそろと突き刺す。
結界に使っている魔力の厚みはそうないだろう、とレテールは考えていた。ローランディアの王城を守る魔力結界の厚みは5テール程度だった。それくらいあれば、結界を通過する人間を十分に探知できる。ここミナンディアの王城も、さして変わらないだろう。
レテールの推測通り、棍を結界に8テールほど突き刺すと、先端が結界を通り抜けた。結界を抜ければ、後は簡単だ。棍を通して結界の内側に自分の魔力を送り込み、転移する。棍を引き抜き三分割してしまうと、城壁から中庭へと飛び降りた。
城壁に身体を張り付け、周囲を探る。気付かれてはいないようだ。まだ。
レテールは、頭に刻み込んだ王城の見取り図を思い出し、目的の場所を探して行動を始める。
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ミナンディア王国の王妃・ティヌートは、1日の執務に疲れた身体を漸くベッドに横たえた。ローランディア軍が動きを見せたことの影響は、ミナンディアの王宮にも出ている。ミナンディア王国の方針としてはローランディアにもラビトニアにも与せず、中立を守ることにしているが、貴族の中にはそれぞれの国に縁故のある者もいて、国内が完全に纏っているとは言えない。
かくいうティヌート自身もローランディア王家の出だ。しかし、今のローランディアに、より正確には、ローランディアを治めている新王ランゼに、味方しようという気にはなれない。
勇者ランゼには、彼が王冠を戴く前に、一度だけ顔を合わせた。実兄であるローランディア前王ルティエスの葬儀に、ミナンディア国王の名代として参加した時だ。
勇者ランゼは、若い女性たちが騒ぎそうな整った顔をしていたが、その表情にはどこか陰があるように見えた。陰がある、というよりは裏を感じた、と言った方が適切かも知れない。
彼とは晩餐の席を共にしたが、彼の口から出る言葉の1つ1つに裏があるように思えてならない。彼の隣に座るリンゼーナ王女が、時折り彼に不安げな視線を送っていることも気になった。
姪であるリンゼーナの様子が気になって、2人だけの会席の場を設けてもらい、心配ごとがあれば相談に乗るとそれとなく聞いたが、芳しい情報は得られなかった。
魔王が討伐されてからというもの、ローランディア王国では、王太子に対する“真の魔王”疑惑とその王太子の逐電から1年ほどしか経っていない時に、国王の崩御という事件が起こったのだから、その心労だろう、とティヌートは姪の様子に理由付けをしたが、自分でも納得してはいなかった。
そしてティヌートの帰国後に起きた、ローランディアによるノーザリア侵攻と、今まさに起きようとしているラビトニア侵攻。故国の王宮で何が起きているのか解らない。いや、新王ランゼが何を考えているのか解らない、というべきか。一応、“真の魔王”に対抗するため、という大義名分を掲げてはいるが、各国の軍の指揮系統を一本化する必要性を感じられない。連携をとるだけでいいではないか。
今後のことをつらつらと考えていたティヌートは、ベッドの上で頭を振る。明日もまた、この件で貴族たちとの意見調整がある。休める時にはすべてを忘れて休まないと身が保たない。
目を閉じたティヌートだったが、違和感を感じてベッドの上にパッと身を起こした。肌に、自分の物ではない魔力を感じた。喧騒の中では判らないが、静かな部屋に1人きりだから判ったことだ。
ティヌートは広い寝室を見渡す。中庭に面している窓の1つが開いていて、その前に跪いている人影が目に入った。
「誰かっ!」
誰何すると同時に、サイドテーブルのハンドベルに手を伸ばす。しかし、不審者の言葉でその手が止まった。
「夜分遅く、このような形での訪問となってしまい、誠に申し訳ございません。私は、ローランディア王国元王太子エルテリス殿下が護衛騎士、コルテと申します。此度は、エルテリス殿下よりティヌート陛下への伝言をお伝えに参りました」
「エルテリス?」
1年ほど前に、“真の魔王”の烙印を押されて行方不明になったという甥。ミナンディア王国の王太子に嫁ぐ8年前までは、可愛がっていた。嫁いでから僅か2年後に当時の国王が崩御し、跡を継いだ夫を支えるために故国に帰省する時間も取れず、それが落ち着いたのは、ローランディアの冒険者一行が魔王の討伐を果たした、との報せが届く少し前だった。
それから1季ほどしてからエルテリスの件が届き、まだ成人前の甥の行方を気にしていた。“真の魔王”と名指されたため、大っぴらにはできなかったが。
「エルテリスが、いるの?」
ベッドから降りたティヌートは、レテール、いや、コルテから少し離れて立つと彼女を見下ろして言った。
「はっ。陛下に直接、今までのこと、これからのことをお伝えしたい、と申しております」
「今、ここにはいないのね。あなたの言葉が真実であるという証拠は?」
「はっ。ここに」
コルテは懐から布包みを取り出すと、それを床に置いて広げ、少し下がった。
ティヌートはコルテを視界から出さないように注意を払いつつ、腰を屈めて布の上の物を取った。指輪と、書状と、一房の金髪。
指輪にはローランディア王家の紋章が刻まれた物で、王家の王子や王女の誕生時に与えられる物だと判る。ティヌートも、意匠は多少違うが同じ物を持っている。色鮮やかな金髪は、エルテリスの髪を一房切った物だろうと解る。
ティヌートは、最後に書状を開いた。
ティヌートが、エルテリスの認めた短い書状を読み終えるまで、コルテは跪いたままで待った。ティヌートは、書状を何度か読み返してから、コルテをまっすぐに見た。
「ここには書いてあることは、本当なの?」
「はっ。嘘偽りはありません」
「そう。けれど、これだけでは詳細が判らないわね」
「それは殿下が、陛下に直接お伝えしたいと」
「そう……」
しばらく考えていたティヌートは、踵を返して部屋の隅の文机の前に座った。紙とペンを取り出し、サラサラと書状を認めると、封筒に入れて厳重に封をした。
コルテの前に戻り、エルテリスの指輪と共にそれを差し出す。
「明日、これを城の門兵に見せなさい。エルテリスのために時間をとりましょう」
「感謝いたします」
コルテは恭しく受け取った。それを懐に大切に仕舞うと、跪いたまま後退り、ティヌートから離れてから立ち上がった。窓框に立って窓を閉めてから、夜の闇の中へと飛び降りた。
「エルテリス……ローランディアは今、どうなっているというの……?」
ティヌートは、コルテの消えた窓のカーテンを少し開けた。街灯の弱々しい光に照らされた夜が、どこまでも広がっている。




