051 王都の裏
レイトとレテールは、予定よりも3日も早く、ミナンディア王国の王都ランドロスに到着した。ローランディア王国がラビトニア王国方面へ騎士団を移動させている影響か、王都内が騒めいているように感じる。尤も、レイトもレテールもランドロスを訪れたのは初めてのことなので、これがこの都市の普段の喧騒なのかも知れない。
それでも、ハンターギルドの掲示板には、『ローランディア王国およびラビトニア王国方面に向かう場合な注意せよ』という王宮発行の注意喚起が出ていた。受付で聞いてみると、ローランディア王国が、いや、新国王ランゼがノーザリア王国に侵攻した時にも注意喚起されたが、その時よりも強い勧告のようだ。
ミナンディアは、ノーザリアには隣接していないがラビトニアとは国境を接している。それもあって、前回の侵攻よりも危険視していることが窺える。
「これって、王城の警戒レベルも上がっているよね。上手く叔母様に会う方法はないかな」
「相手は王妃陛下だからな。王城から出るタイミングでもあればいいんだが……いや、この時勢だ、貴族との調整のために王城を出ることもあるか」
「それでも会うとなったら難しいよね。王城よりはマシだろうけど」
一先ずとった宿屋の一室で、遮音結界の中でレイトとレテールは話し合った。しかし2人とも初めて訪れた国だ。王城はおろか、貴族家の1つにすら伝はない。レイトが正体を現せばその限りではないが、ハンターに身をやつしている今、いきなり名乗ったところで信用されるわけがない。
そもそも、この国では手配書が回っていないとはいえ、魔王を斃したランゼが“真の魔王”と名指ししたエルテリスがのこのこ現れたら、捕縛されないとも限らない。
「最終手段はあるが……できるなら、穏便に済ませたいな」
「どうするの?」
「ふむ。……まずは情報収集だな。夜まで少し眠ろう」
その矛盾した言葉にレイトは怪訝な表情を浮かべる。
「情報を集めるのに、寝るの?」
「ああ。情報収集は夜だ。私1人で動く。レイトは宿で休んでいてくれ」
「姉様だけに働かせるわけにはいかないよ。ぼくも一緒に行く」
「いや、1人の方が動きやすい。レイトは宿で荷物の番をしてくれ」
『1人の方が動きやすい』。その一言で、レイトは自分が足手纏いであるという事実を突き付けられたことを理解した。内心の動揺を抑えつつ、彼は頷いた。
「解った。大きい街の方がコソ泥も多いもんね。姉様の留守は、ぼくがしっかりと守るよ」
「王妃陛下に会えたら説得はレイトの仕事だ。それは、私ではどうにもならないからな。そっちは期待している」
「うん、任せて」
続いたレテールの言葉に、自分にも出来ることはある、これは役割分担だ、と自身を納得させたレイトは、先ほどよりも力強く頷いた。
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美しく整えられた表通りの店の明かりがほとんど消える頃、顔を隠すようにフードを被ったレテールは、ランドロスの裏通りを歩いていた。煌びやかな表通りと違って、道は汚れ隅にはゴミも散乱しているし、酔い潰れた酔客が道の端で寝こけている。
酒場を示す看板が並び、店の中からは酔客の声が漏れ聞こえている。
たとえ王都のようの大きく整えられた街であっても、いや、大きな街だからこそ、裏に回れば薄暗い顔を見せる。表の明るい光の届かない影のように。
その仄暗い裏通りを歩くレテールは、目を留めた1軒の酒場に入って行く。
酒場は夜遅いにも関わらず賑わっており、どのテーブルにも複数のアルコールの臭いが充満している。
レテールは入口で一旦立ち止まると店内を見回し、テーブルの間を抜けてカウンター席に着く。酒を頼み、それが出されると同時に、マスターに囁く。
「情報が欲しい」
同時に、1万ドリン金貨を1枚、カウンターに置く。
大きな街の酒場には、表には出せない情報の売買を行う情報屋がいることがある。レテールは、ローランディア王国の王都でハンターとして暮らしている間に、そういった街の裏の顔も知るようになった。
ミナンディア王国の王都は初めてのレテールだったが、ローランディアでのその経験から、情報屋のいる酒場やその人物に見当を付けられた。
レテールの勘は当たったらしく、マスターはピクッと片眉を上げた。
「何が欲しい?」
「王城、特に王妃のことを」
レテールの言葉に、マスターはしばらく口を噤む。
「反乱でも起こすのか?」
「そのつもりはない。国に不利益になるようなことはしない」
返事すると同時に、レテールは金貨を1枚追加する。
マスターは少し考えたようだが、2枚の金貨を徐に手にしてレテールから離れた。
レテールが唇を湿らせる程度にグラスを傾けていると、待つほどもなくマスターが再びレテールに近寄り、畳んだ紙片をレテールに滑らせた。
「そこに行ってそれを見せろ」
「助かる」
レテールは短く答えると紙片をサッと懐に仕舞い、グラスの酒を一息に呑み干し、500ドリンの中銀貨をカウンターに置いて立ち上がり、酒場を後にした。
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王都の裏通りのさらに裏の裏、狭い路地の奥の木製の扉を、レテールはトンットットトトンッと独特の調子をつけて叩いた。これもメモに指示されていた。
扉がほんの少しだけ開き、暗い室内に2つの瞳がキラリと光る。
レテールはその隙間から紙片を差し入れた。細い指がそれを受け取って中へ消え、扉が閉まる。
一度閉まった扉は、またすぐに開いた。
「入って」
思いの外、幼い声で言われて内心で驚きつつも、それを表には出さずに細く開いた扉の隙間から中に滑り込んだ。
「おっちゃん、客」
レテールを迎え入れたのは少年だった。少年はもう一枚ある扉を開けて中に入ると、椅子に座っている人物に声を掛けた。
部屋の中は暗いが、照明用の魔術具がテーブルに1つ置かれていて、部屋の様子は解った。そう広くない部屋の奥に引き出しのたくさん付いた棚がある。左手は隣の部屋に続いているようで、少年は隣室へサッサと入って行った。テーブルは右手の壁にあり、その前の椅子に背中を預けて寝ているように見えた男が情報屋だろう。少年の声に身体を起こしたので、寝てはいなかったのかも知れない。
男は少年がテーブルに置いていった紙片を取ってサッと目を通し、それをテーブルに放ってレテールに目を向けた。何気ないように見えて、実のところまったく油断していないことが、探査結界を広げているレテールには解る。
レテールには及ぶべくもないが、男も魔力を広げて探査をしている。情報屋のような、裏の世界の住人でありながら戦闘能力の低い人間は、魔力で周囲を探査している者が多い。意識している者もいれば無意識にやっている者もいる。この男は無意識のようだ。
レテールが酒場のマスターを情報屋──仲介屋──と看破したのも、実はそれが理由だ。店を見つけたのは勘だが。
「何が欲しい?」
男は低い声でレテールに聞いた。
「王城の見取り図、それにこの先五日間の王妃の予定と訪問先の邸の見取り図を」
酒場で伝えた時よりも詳細に、レテールは欲する物を伝えた。男の肩が、僅かに震えた。
「そんな物、何に使う?」
「貴様には関係ない。が、国に仇為すことではない、とだけ言っておこう」
ジロリと男がレテールを睨む。
「高いぞ」
この国の王室が関わる情報だ。それは安くはないだろう。レテールは10万ドリンの大金貨を取り出して、テーブルに置いた。
「10万か」
「前金だ。こちらの望む情報を集められたら、この倍を上乗せする」
「ふん」
レテールは、ここから相手の釣り上げ交渉が始まると考えていた。30万ドリンは大きいが、一国の重鎮やら王城やらに関わる物だと考えれば、安過ぎる。
しかし、レテールの意に反して、男は頷いた。
「少ないが、まあいいだろう。明日のこの時間、ここに来い」
「解った」
男がテーブルの上の大金貨を取り、引き出しから出した皮袋に仕舞い、振り返るとすでにレテールは消えていた。
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情報屋の粗末な家から転移魔術で外に出たレテールは、尾行されていないか気にしつつ、レイトの待つ宿屋に戻った。
「お帰りなさい、姉様。どうだった?」
「判らん。手応えはあった。1日は待ちだ。レイトは何もなかったか?」
「うん。ここを見張っている人もいなかったと思う」
レイトは宿の外にもきちんと気を配っていたようだ。
「それから、レイトにも用意してもらいたい物があるんだが……」
「何でも言って」
「状況によって難度は変わるが、やはり強行手段に出るしかないと思う。その成功率を上げるために……」
レテールの言葉に、レイトは真剣に耳を傾け、そして頭を悩ませた。




