050 隣国へ
スードールの町を1泊しただけでほぼ素通りしたレイトとレテールは、その日の日没前にはローランディア王国とミナンディア王国の国境に位置するザグレッドの町に到着した。
ローランディアとミナンディアの友好の歴史は長い。それこそ、魔王が出現する前からの友好国だ。そもそも、ミナンディア王国はローランディアの王家から分家の一つが独立することで興った。友好関係は当時から続いているから、ミナンディアの興国自体が平穏に為されたことが窺える。
その友好国の間に造られた、複数の街道が集まるザグレッドの町は、必然的に両国間の貿易の要となっているため、かなりの大きさを誇る。レイトとレテールは辺境から街道を辿ってきたこともあり、これまでに立ち寄った町はそれほど大きくはなかった。それらの町に比べると桁違いだ。
「久し振りに大きい町だね。それにしても人が凄いね」
「ミナンディアとの交通の要衝の1つだからな。人も集まる」
実際のところ、町を抜けなくとも国境を越えることは難しくない。しかし、通行証に印が押されていないと、次の町に入る時に足留めを喰らう。同じ国内であれば1つ2つの町を飛ばしたところで大したことはないが、国境を越えるとなると監査は厳しくなる。そのため、国境近くの町は、必然的に人が集まることになる。
「今日の宿は国境門の向こう側で?」
「それがいいだろう。同じ町だが、あちら側の方が少しは安心できる」
「うん」
2人は一度、ローランディア側のハンターギルドに寄って情報掲示板の確認だけをし、夕闇が迫る中で町の中央にある国境門へ向かった。
ザグレッドの町は中央の国境門から、東西に町の外まで伸びる高い堅牢な壁で二分されている。その壁がローランディアとミナンディアの国境線だ。国境線の壁を唯一通過することのできる国境門は、人や馬車でごった返していた。
レイトはレテールと共に、シュバルの手綱を引いて列に並んだ。
門は広く、複数の窓口で国境を越える人々が手続きを進めているが、列はなかなか進まない。それでも、陽が沈んで魔術具のランプが灯り、後方で今日の通門が締め切られる声が聞こえる頃、2人は窓口の前に立った。
「ほい、次。通行証と、あるなら身分証も出して」
「はい」
レテールは落ち着いて通行証とハンター証を提示し、レイトは内心ビクビクしながらハンター証を出す。
職員の男は通行証と2枚のハンター証を確認する。
「レテールにレイト。ハンターか。ローランディアの辺境を回って来たのか。……ロンテールの滞在が長いようだが?」
「しばらくそこで、魔石を集めていたからな」
レテールは、旧魔王領の奥地にまで足を伸ばしたことなどおくびにも出さずに答えた。
「あそこは旧魔王領が近いから、魔獣も多いだろう。……ん? 待て、レテールとレイト? 最近売り出し中の姉弟冒険者か?」
職員は2枚のハンター証を見直し、それから頭を上げて2人を見た。
「こっちから売り出しているつもりはないんだがな」
「ほぉん。で、どうしてミナンディアに?」
「魔石でそれなりに稼げたからな。別の土地も体験しようと思ってね」
「諸国漫遊って奴か」
「そんなところだ」
「ハンターには良くあることだな。良し、通っていいぞ」
職員は通行証にザグレッドの印を押してハンター証と一緒に2人に返した。
レイトとレテールは通行証とハンター証を受け取ると、門を通り抜けてミナンディア側に出た。
「すんなり通れたね」
「大丈夫だと言っただろう?」
「それでも心配だったから」
レイトは髪色を、レテールは目の色を変えて揃えているので、顔立ちは違っても姉弟に見える。さらに、レテールは髪を切り頬に大きな傷を作っている。目立つ特徴を変えているので、手配書の人間と同一人物だとは、そうは見抜かれない。元騎士団長カタインを手引きしたソールと、魔力の波長を覚えていた魔術士ソルシアくらいのものだ。王太子エルテリスと護衛騎士コルテに直接会ったことのない者には、そうそう正体を見抜かれることはないだろう。
門での手続きの間に陽は完全に暮れている。店先の灯りや街灯が暗い道を照らす中、レイトとレテールはミナンディア側のハンターギルドに立ち寄り、宿を聞いて今夜の宿泊先を決めた。
「後は王都ランドロスまで最短で行くってことでいいよね」
「路銀が心許なくなったら寄り道をする程度だな」
「それもランドロスまでなら問題ないよね? 剣を折ったりしたら足りなくなるかも知れないけど」
「私の剣を使っている時から一度も追っていないからな。レイトの武具強化ならば折ることは早々ないだろう」
レイト……いや、エルテリスは王太子として王城に暮らしていた頃から、剣や乗馬の訓練を受けている。その頃から武具強化の魔術も併せて教え込まれたので、それ自体は自然にできていた。
王太子時代に教え込まれたそれは敵対者による初撃を防ぐためのもので、実戦を踏まえたものではなかった。しかし基礎がしっかりとできていたので、王城から落ち延びてからの実戦前提の鍛錬で飛躍的に実力を伸ばしたと言える。
「そうだ。ぼくの髪はともかく、姉様の目はもう誤魔化さなくてもいいんじゃない?」
レイトがそう提案したのは、この町のミナンディア側のハンターギルドには、“真の魔王”エルテリスと付き従うコルテの手配書がなかったためだ。二人の手配書は、ローランディア王国内に限られるようだ。いや、旧魔王領と国境を接するラビトニア王国やノーザリア王国には回っているかも知れないが。
指名手配されていないのならば、エルテリスの目立つ金髪はともかく、そう目立たないコルテの紅眼を隠す必要性は低い。
「いや、ミナンディアの王宮に話を通すまでは隠しておく。ミナンディアにも“真の魔王”を狙う者はいるだろうし、それに、その方が姉弟らしくも見えるからな」
顔立ちは似ていなくても、髪と眼の色が同じというだけで、血縁と言えば案外通じるものだ。実際、レイトとレテールはそうして姉弟ハンターとして行動し、受け入れられてきた。“その時”が来るまでは、見かけもそのままにしておいた方がいい。
「それは……、姉様の言う通り、まだ油断はしない方がいいね」
「もうしばらくの辛抱だ」
「うん」
ここザグレッドの町から王都ランドロスまでは、およそ12日の距離。ローランディアの辺境を彷徨っていた時や、旧魔王領での旅程に比べれば、大した距離ではない。
もっとも、王都への道のりよりも、王都に着いてから王宮に入る方が大変だろう。今のところ、2人にそのプランはない。王都に着くまでに、そして王都に着いてからも情報を集めて、計画を練ることになる。
「せめて、ローランディアが次の行動を起こす前に叔母様に会っておきたいけど」
「奴がいつ行動に出るのかは判らないからな。私たちにできるのは先を急ぐことだけだ。明日からはシュバルが潰れない程度に足を速めよう」
「うん。それじゃあ、明日に備えて、早く寝よう」
「そうだな」
明日からは強行軍……と言うほどでもないが、急ぐ旅路になると決めたこともあり、レイトとレテールは遅くなり過ぎない内に床に就いた。
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翌日から、レイトとレテールはミナンディア王国の王都ランドロスを目指してシュバルを走らせた。途中の町には、立ち寄ってもハンターギルドで情報掲示板を確認するくらいで、陽が沈むまでに時間があれば宿に止まらずに先を目指し、野営した。野獣に襲われれば仕留めて次の町で売ることはあったが、自分たちから獲物を探すことはしなかった。
2人がその情報を得たのは、王都ランドロスの1つ手前の町のハンターギルドだった。
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ローランディア王国騎士団、王都を発つ
かねてよりラビトニア王国に旧魔王領封鎖作戦
の協力を打診していたローランディア王国は、騎
士団を西に向けて進発させた。未だ色好い返答を
しないラビトニア王国に対する示威行動と思われ
る。国王ランゼの姿も確認された。
ランゼ国王はすでにノーザリア王国の軍指揮系
統を掌握しており、軍事力ではラビトニアを大き
く上回っているため、ラビトニアがローランディ
アに下るのも時間の問題と思われる。
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「姉様」
「昨日、私たちを追い抜いた早馬がいたが、この知らせだな。国も警戒をより強めるだろう」
「急がないとね」
この町から王都までは2日の距離。2人は今日は宿に泊まって2日後にランドロスに入るつもりだったが、予定を変えることにした。
「すぐに王都に向かおう」
「ああ。急げば、閉門時間前に門を出られるだろう」
レイトとレテールは、他の情報を素早く確認すると、足早にハンターギルドを後にした。
依頼掲示板も確認せずにギルドを出ていく見慣れないハンターの姿を、他のハンターたちは怪訝そうに見送った。




