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魔王の仇し草  作者: 夢乃
第2章 大陸南方編

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049 レテールの過去

 一夜を明かした翌朝、レイトとレテールはエピスタたちと別れて南へ向かう。

 野営の間は、いつものようにレイトとレテールが交代で起きていた。エピスタたちは『見張りは自分たちで行うから休んでいて構わない』と言ったが、レテールはもちろん、レイトも彼らを完全には信用していなかったので、見張りを彼らだけに任せることはしなかった。

 エピスタたちもそれは重々承知していたので、一緒に見張りに起きているレイトたちに、最初に言った以上には『見張りは任せろ』とは言わなかった。


「あの人たち、お願いした通りにしてくれるかな」

 シュバルの背に揺られながら、レイトは後ろに乗っているレテールに言った。

「案外、真っ直ぐに王都に走って王宮に飛び込むかも知れないな」

「姉様、それはないって解って言ってるよね」

 咎めるような口調でレイトが言う。

「まず有り得ないことではあるが、絶対にないとは言い切れないな」

 レテールは悪びれる様子もなく、レイトに答えた。


 エピスタたちがレイトを“真の魔王”と見做していたら、4人で一斉に攻撃を仕掛けるだけで良かった。単独戦闘であればレテールも4人に勝てるだろうが、4人を纏めてとなるとレイトと連携を取ったとしても難しかった。

 何しろ彼らは現在でも最高レベルのハンターだ。重剣士のエピスタも槍士のリエラもレテールと対等に渡り合うだろうし、ソルシアは魔術士としてはレテールよりも格上だ。弓士のマギエンにしても近接戦に持ち込めばレイトでも勝てるだろうが、そもそも近付けさせてもらえるかどうか。

 まして、剣士ランゼも入れた5人はずっと、1つのパーティーとして活動してきた。ならば、連携されたら、その能力は足し算には留まらないだろう。5人から4人になったとはいえ、ハンターとして最強の一角にいることは間違いない。


 その4人がレイトとレテールを見逃したのだから、今更ランゼのいる王宮に注進することは、まずないと考えていいだろう。レテールの言うように、可能性はゼロではないが。


「可能性の低いことを想定するより、高いことについて考えていた方がいいんじゃない?」

「それはどちらもマイナスの場合だな。こちらのプラスに働くことなら、それが上手くいかない可能性を考えて対策を練る必要があるし、マイナスになることならそれを想定しておいた方がいい」

「それはそうかも知れないけど。それなら、あの4人のことはこの後は考えないってこと?」

「そうだな。少なくとも、依頼したことが上手くいくとは考えない方がいい。考えておくのは、彼らから私たちの動きが漏れた場合のことだな」

「……うん、解った」

 レイトは今度は、素直にレテールの言葉を受け入れた。



────────────────────────



 2人は時々、野獣を狩りながらも先を急いだ。旧魔王領に近い辺境では、魔獣から得られる魔石が良い値で売れたが、旧魔王領から離れた今、換金効率のいい魔石の入手はあまり期待できない。先日、小さな村を困らせていた大猪は魔獣だったが、あんな幸運はそうはない。幸運と言えるかどうかは微妙だが。

 魔術士にとって魔石は色々と使い道があるし、魔術士でなくても魔力タンクとして使えるので、魔石はいくつか売らずに確保している。この先、入手の見込みが低い魔石を路銀に変えることは得策ではないので、野獣の牙や爪や肉、毛皮などは、収入源として欠かせない。


 同時に、レイトは剣の鍛錬も続けている。それまで使っていた剣から新しい物に持ち替えたが、すぐに慣れたようだ。剣を新調する前は、レテールがローランディア王国で護衛騎士をしていた頃に支給された剣を使っていたので、レイトには大きかった。

 新しい剣は、誂えた物ではないものの、レイトの身体に合わせて選んだ剣なので、慣れるのが早いのは当然かも知れない。

 レテールも、武器をワンドから剣に持ち替えた。元々自分の剣なので、こちらは慣れるも何もない。まるで産まれた時から身体の一部でもあるかのように、剣を振っている。


「この前、ソルシアが言っていたけど、姉様って剣と魔術の両方を達人並みに使えるって凄いね」

 野営中、焼いた野獣の肉の食事を摂りながら、レイトが言った。

「騎士、特に護衛騎士は、使える手札は多い方がいいからな。それで剣も魔術も使っているだけだ」

「それは解るけど、レテールほど魔術を使える騎士はいないよね?」

「それはどうだろう? 元が武器を使う職だからな。いざと言う時のために隠している騎士は多いんじゃないか?」

「レテールも、騎士団にいた頃は使っていなかったよね」

「使う機会がなかったからな。大抵のことは、剣があれば解決できた」

「騎士として、剣士として鍛えていたものね。その姉様が、どうして魔術士を名乗れるほどに魔術も使えるようになったの?」

「大層な理由があるわけじゃないが……」

 レテールは焚火に薪を加えてから、話し始めた。



────────────────────────



 私は、産まれた時から魔力が多かったし、少しコツを覚えるだけで、魔術を使えた。まぁ、魔術に対する適正があったんだろうな。けれど私は物心のついた頃から、魔術よりも剣に興味があった。


 あれは、私が5歳の頃だったな。理由は覚えていない……というより子供だったので聞かされていなかったんだろう、騎士の一団が村に滞在したことがあった。

 ああ、そうだ、私が産まれたのは王都から離れた辺境の村だった。辺境とは言っても魔王領からは離れていたから、魔獣が出ることもなかったし魔王領の拡大で村を移動する必要もなかったな。


 その時、私は初めて騎士というものを見た。揃いの騎士服に身を包んで腰に剣を佩いた姿は、子供心にも『格好いい!』と思ったものだ。それもあって、私の剣への興味は強くなり、騎士への憧れは始まっていたんだろう。


 私の住んでいた村は山の麓にあって野獣が多く、狩猟で生計を立てていた。王都寄りに少し離れて大農場を擁する隣村があったから、野獣が農場を荒らさないための防壁としての機能も果たしていたようだ。村に住んでいた時には気付かなかったがな。


 騎士が滞在していたある日のことだった。村に野獣の群れが押し寄せて来た。後で、退治が終わった後で聞いたところでは、肉食の野獣に追われた草食の野獣が大挙して山から下りて来たんだ。村の猟師はもちろん、滞在していた騎士たちも総出で野獣の群れを迎え撃った。何しろ村の後ろは、穀倉地帯だ。草食獣の群れに襲われたら、見る間に荒らされてしまうだろう。


 子供は家の中に押し込まれたが、私は母と一緒に猟師のサポートに奔走していたよ。村の外には出なかったが、簡単に食べられる食事を用意したり怪我をして戻ってきた猟師の傷の手当てをしたり、刃零れした猟刀を研いだりと、村の中でもやることはいくらでもあった。

 小さかった私は、大人に指図されるままに水を汲んだり物を運んだりしていた。野獣の多い立地だから、村は頑丈な柵で囲まれていたんだが、私が水の入った重い桶を運んでいる間にも、柵に獣が激突する音が何度も聞こえてね、破壊された柵から野獣の群れが入り込んでくるんじゃないかと思うと、怖かったよ。


 無限に続くかと思われた野獣の群れも、半日も経つとほとんどが討伐された。私も手伝いから解放されて、他に手伝いをしていた子たちと一緒に外の長椅子に座ってぼうっとしていたよ。

 その時だった。弛緩した空気の中、悲鳴が上がった。疲れ切っていた私は長椅子に凭れたまま、声の聞こえた方へ顔だけ向けた。

 視線の先には村の柵があった。私がそれを視界に収めた瞬間、頑丈な丸太で組まれた柵が外側から破壊され、巨大な熊が村に突進して来た。

 村に突っ込んだ熊は周囲の景色が変わったことに気付いたのか立ち止まり、後足で立って辺りを見回した。


 猟師たちが熊に襲い掛かった。矢が熊に向かって飛び、それが収まると猟刀を持った猟師たちが斬りかかる。元々傷だらけだった熊はさらに傷付いたが、皮がよほど分厚いのか、熊の動きはあまり変わらなかった。

 熊と猟師たちは、私の方に徐々に近付いてきた。逃げなければ、と思ったが、疲れ切った身体に力が入らなかった。

 大人たちの叫び声が聞こえるが、耳に入ったその声は頭の中で意味を結ばなかった。


 そこへ、別の場所で野獣の対処をしていた騎士が飛び込んで来た。騎士の合図で猟師たちが一斉に離れたところに騎士の1人が飛び込んで、抜いていた剣を一閃。それだけで熊の頭は胴体から離れ、地に落ちた。後足で立ち上がっていた熊の身体はしばらく揺れていたが、騎士が飛び退くのと同時に地に倒れた。



────────────────────────



「それが騎士をはっきりと志した時だな。それから、騎士たちが村を去るまでの間にできるだけ、剣の指南をしてもらった。騎士を目指してから魔術はおざなりになっていた、まあ子供だったからそれまでも真面目に鍛錬をしていたわけではないんだが、騎士になるなら手札は多いに越したことはない、と騎士が村を去る時に言われてな、それから剣にも魔術にも力を入れるようになった。

 10歳になる前に村を飛び出してそれからはハンター生活だ。親には引き止められたが、振り切ってね。ハンター登録するには12歳になっている必要があったから、未登録ハンターだったがね。

 ハンターとして活動しながら王都を目指して、騎士団登用試験を最初に受けたのは13歳の時だった。どこの馬の骨とも知れない田舎者だからな、何度も落とされたよ。ハンター活動で生活費を稼ぎながら何度も試験を受けて、登用されるまで2年近くかかったな」


「その騎士の教えで剣と魔術の両方を鍛えたから、今の姉様があるんだね」

「ああ、そうだ。私にとっては最初の師匠だよ」

 レテールは少し遠い目をして言った。その騎士が今どうしているのか、レイトは聞きたかったが、その疑問を口には出すことはなかった。レテールがその気になったら、また話してくれるだろう。


「……明日にはスードールの町だね」

「ああ。そろそろ寝るか」

「うん。今夜はボクが先に見張りをするから」

「頼む。おやすみ」

「おやすみなさい」

 レテールはマントに包まって横になった。そう時間もかからないうちに、軽い寝息が聞こえてくる。

 レイトは焚火に薪を追加すると、立ち上がって剣を引き抜き、周囲への注意を怠らないままに素振りを始めた。


 ミナンディア王国との国境まで、もう間も無くだ。


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