048 この先の指針
「……それじゃあ、魔王が今際の際に言った“真の魔王”なんてモノは元々はいないで、魔王の血を浴びることでランゼが“真の魔王”になったと言うことか? むしろ、ランゼを“真の魔王”にするために、魔王は息の根を止められた時にランゼに血を浴びせられる位置取りをしたってことか」
しばらくの沈黙の後、エピスタが当時を思い返すように言った。
「その可能性はありますね。何にしろ、ボクたちはランゼが魔王の力の一端を使っている、と考えています。確証はありませんが、今の話で確度は上がりました」
レイトの言葉に、エピスタたちは複雑な表情を浮かべる。袂を別ったとはいえ元々は一緒にハンターとしての活動をしていたランゼを魔王だと言われれば、証拠があったとしても思うところはあるだろう。
「ランゼが魔王の力を使えるとして、それはつまりランゼが魔王そのものになっていくってこと?」
「今のランゼ……いや、まだ断定はできないから、劣化魔王とでも言っておきましょうか。劣化魔王がどの程度の魔王の能力を継承しているかは解りませんが、ボクたちが旧魔王領で聞いた『魔王は唯一無二』だとすると、完全な魔王にはならないと思います」
ソルシアの懸念に、レイトは考えつつ答えた。これは今までに何度も考えていたことではあるが、答えは出ていない、と言うよりも出せるような疑問ではない。
「完全な魔王にならなくても、瘴気を撒き散らすようになったら不味いんじゃないか?」
マギエンが言った。
「はい。今でも劣化魔王は魔獣や魔人を操れると推測できます。いや、これはほぼ間違いないと考えていいでしょう。その上で劣化魔王が新たな瘴気の元となれば、その周辺から魔獣や魔人が増えていきます。
魔王亡き今、旧魔王領の瘴気は徐々に薄くなっているのに、新たな魔王領ができたら意味がありません」
獣を魔獣に変えるほどの瘴気濃度になるには、数十年から百数十年はかかるだろうが、楽観視はできない。
「“真の魔王”に関する懸念は解った。しかしそれなら、おれたちがラビトニアに行く意味は何だ? むしろ王宮に戻って奴の寝首を搔けと言われる方が納得できるが。昔の仲間だからと気を遣っているのか?」
「いえ、そうではありません」
エピスタの問いに、レイトは一瞬だけ獰猛な目付きを見せた。
「仮初とはいえ国王の座に就いたからには、暗殺など早々できるものではないと思います」
「まあ、それはな」
「それよりは、ラビトニアに対して注意を喚起してもらいたいんです。ノーザリアの件があった以上、向こうもローランディアを警戒はしているでしょうけれど、魔獣が群れで襲ってくるとは考えていないでしょうから。皆さんは魔王討伐前から高名なハンターですし、ラビトニアの王宮にも伝手があるんじゃありませんか?」
「無くはない、かな。細っそい糸みたいなものだけど」
リエラが言った。
「その伝手を使ってラビトニア政府に後背への警告を促すと共に、市井にも噂を流して欲しいですね。ローランディアがノーザリアに侵攻した時、魔獣が群れでノーザリア軍の後背を襲ったのは偶然ではない、と」
「軍だけでなく、市民にも旧魔王領を警戒させるわけか」
「そうです。可能性を知っているだけでも、襲われた時の対処に違いが出ますからね」
「……解った。おれたちの言葉がどれだけ人を動かせるかは判らんが、できるだけやってみよう」
エピスタは少し考えたから、頷いた。
「もう1つ、頼みたいことがある」
対応をほとんどレイトに任せていたレテールが言った。
「何だ?」
「ソルシア」
「何?」
「アナタも魔術具を作ることはできるだろう?」
「ええ」
ソルシアは、それが何?、というように首を傾げる。
「先に説明したように、魔王の“声”は瘴気結界で防ぐことができる。ソルシアには瘴気結界を張る魔術具を大量に作って、ラビトニアと旧魔王領の間に設置して欲しい」
「あー、それで魔獣の襲撃を防ぐわけね。だけどどうやって起動するの? そんな大きな結界を張る魔術具は無理だし、たくさん仕掛けたら消費する魔力を補充して回らなきゃならないけど、それも現実的じゃないし」
「やり方次第だろう。例えば、魔術具の起動を時限式にしておくとか。それも難しいが、生物の魔力で常時発動するように作って森の木々に埋め込んだり獣に持たせておく、とか、方法はあるだろう」
「ちょっと待って。常時発動の魔術具ってどうするわけ?」
ソルシアが首を傾げる。
「レイトと私が旧魔王領を旅している間に使っていた瘴気結界の魔術具がこれだ」
レテールは隠しから、今は使っていない魔術具を取り出し、ソルシアに放った。ソルシアは取り落としそうになったそれを、慌てて受け止めると、掌に乗せてじっくりと観察した。
「これは……瘴気結界の他にも機能を持っている? 何これ? 魔力の吸収? 吸収ってどこから……。あ、そうかっ! コル……じゃない、レテール、これアナタが作ったの!?」
「ああ、そうだ」
「これって、肌に密着するように身につけておくだけで瘴気結界を張るんでしょ?」
「解るか。さすがだな」
魔術具の機能を、発動させずに理解できる者は少ない。腕のいい魔術技士であっても、自分で作った物でなければその機能を当てられない者は多い。それを、大した時間もかけずに看破したソルシアは、魔術士としてだけでなく魔術技士としても高い技能を持っていると推測できる。
「人の体表面魔力を使って連続稼働する魔術具ね。今までに見たことはないわ。魔術具は魔力を充填して使う物、という固定観念が邪魔をしたわね」
ソルシアは目を爛々と輝かせて語る。
「欠点はあるがな」
「それはそうよね。服の上から付けたら、生地の厚みだけ身体から離れて魔力の吸収効率が落ちるし、そもそも体表面魔力が少ない人では、発動自体しないかも。でも、個人用の瘴気結界としてなら十分よ」
「本職の魔術技士にそう言ってもらえると、誇らしいな」
レテールは表情を崩すことなくソルシアに言った。
「そんな謙遜しないでよ。レテールって騎士でしょ? 騎士にこんな発想を出されたら、本職の魔術技士としては悔しいやら情けないやら、何でこんなの思い付かなかったんだろう?って気落ちしちゃうよ」
まったく気を落とした様子もなく、ソルシアは言った。
「騎士は魔力を武具や身体の強化に使うからな。魔力を籠めることなく使える魔術具があるといい、という考えは騎士ならではだろう。それに、ハンターとしての私は魔術士だ。魔術具を作ってもおかしくはないだろう」
「それもおかしいって。『レテールとレイト』って言ったら、最近じゃ有名な魔術士と剣士の姉弟ハンターじゃないの。騎士がどうして有名になるほど魔術に精通しているのよ」
「ハンターとして活動するなら、隠し球は多い方がいいだろう?」
「それはそうだけど」
はぐらかすようなレテールの返答に、ソルシアは少し不満そうだ。
「あの、ボクもソルシアさんに聞きたいんですが」
ソルシアの気を逸らすように、レイトが口を挟んだ。
「なあに?」
「どうしてボクのこと、判ったんですか? フードを被っていたし、髪の色も変えてあるのに」
「それはワタシも聞きたかった。一度は通り過ぎたのに、足を止めて声を掛けたよね?」
リエラもレイトと同じ疑問を持ったようだ。
「ああ、それね。えっと、魔力って人によって微妙に違うのよ。波長っていうのかな? それが一致する人はまずいないから、魔力の波長を覚えておくと人の識別ができるよのね。
それで、2人とすれ違った時に魔力結界に入ったのが判ったから、ちょっと気になって魔力を視て、視覚えがあったから誰だったかな、って考えて思い出したのよ」
「今までに会った人の魔力の波長を全部覚えているんですか?」
レイトは驚いて聞いた。
「全員は無理だよ。親しい人や、たまたまお近付きになった有名人だけ。だから、でん……レイトは判ったけど、レテールの魔力は覚えていなかったし」
「そうなんですね。姉様は判る?」
「いや、無理だ。人によって魔力の波長が異なるのは判るが、それを覚えておいて個人を識別することはできない」
「そう。ソルシアはやっぱり凄いんですね。姉様も、魔術士としてはハンターの上位に入ると思うんだけど」
「それを言ったら、元は騎士なのに魔術士として名を上げているレテールの方が凄いでしょ」
「下手の横好きだ。それよりもソルシア、私の言ったことはやれそうか?」
レテールは、横にずれた話題を元に戻した。
「瘴気結界をラビトニアの旧魔王領付近に張るのよね。うん、この魔術具を作って樹木を使えばできると思う。どれくらいの範囲に仕掛けられるか判らないけど、ラビトニアで魔術技士や猟師に頼めば、ある程度はできそうな気がする」
「それなら、頼む。ローランディアが攻め入った時に、戦いの鍵ともなり得る」
「じゃあ、おれたちは要望通り、ラビトニアに向かわせてもらおう」
エピスタが、レイトとレテールの要望を呑むことを宣言することで、彼らの今後の行動が決まった。




