047 勇者の仲間だった者たち
メイニールの町を出たレイトとレテールは、2日後にはタンナールの町に到着し、1泊して翌朝にはスードールの町を目指した。スードールを抜ければ、ミナンディア王国との国境の町ザグレッドは目と鼻の先だ。
タンナールからスードールまではおよそ4日、何度か野営の必要がある。タンナールを出たその日の夕刻、陽が西の空に傾き日没が近付いた頃、街道を逆に歩いて来る4人の姿を認めた。2人と同じように、マントのフードを頭に被っていて、顔は良く解らない。
レイトとレテールはそのまま歩き続け、4人との距離が縮まり、すれ違った。4人のうちの1人が足を止め、レイトたちを振り返る。
「どうした?」
他の3人も足を止め、最初に止まった1人に声をかける。しかしその人物は仲間の言葉に向き直ることなく、フードを跳ね除けて顔を晒し、声を上げた。
「殿下! エルテリス殿下ですよね!」
その台詞に、シュバルの上でレイトがビクッと身体を震わせて振り返り、レテールも振り返って声を上げた人物の顔を認めると、即座にシュバルから跳び降り、剣を抜いた。
「レイト! 逃げろ!!」
「あーっ、待って待って待って!! 敵じゃないから!!!」
レイトに声を掛けた女が慌てて両手をバタバタと振り回し、ハッと気付いて右手に持ったスタッフを投げ捨て、敵対する意志のないことをアピールする。
「え? 殿下? マジ?」
「こんなところで会えるとは……」
女の仲間たちも驚いたようにしているが、敵意は感じられない。レイトも危険はないと判断しているのか、数步だけ進んだシュバルの手綱を引いて、足を止めている。
それでもレテールは油断なく剣を構え、4人をきつい視線で睨む。
「ほらっ、アンタたちもフード取ってっ、武器捨ててっ!」
女は慌てたまま、仲間たちにも武装解除を促す。3人は互いに顔を見合わせてから、仕方ないか、という様子で女に続いてフードを取り、ガシャガシャと武器を捨てた。
女だけでは判らなかった彼らの正体に気付き、レイトはシュバルから降り、手綱を引いてレテールの隣まで戻って来た。
「レイト、逃げろと言ったはずだ」
「大丈夫だよ、姉様。いや、コルテ、剣を納めよ」
「……はっ」
レテールは躊躇ったものの、レイトの言葉に従って剣を鞘に納め、街道に片膝をついた。4人も慌ててレテールに倣おうと、ガチャガチャと音を立てる。
「ああ、ごめん、立って。こんなところを見られたら不味いから。ぼくはレイト、一介の冒険者だから、そのつもりで接してよ」
「はっ」
レテールは一言だけ返事をすると立ち上がった。剣の柄に手こそ掛けてはいないが、いつでも抜けるように気を張り詰めている。さらに魔力を広げ、魔術による攻撃にも備えている。
「とにかく落ち着いて、立ってください。あなたたちは、……ランゼ、のハンター仲間ですよね」
そう、レイトを前に対応を決めかねている態度の4人は、かつて剣士ランゼとともに魔王を倒したハンターたちだ。
「はいっ、そうですっ。殿下にはご記憶いただき、誠に恐悦しぎょきゅにゃぐがっ」
最初にレイトに呼び掛けた魔術士のソルシアが、慣れない言葉遣いに舌を噛んだ。レイトは困ったように笑う。
「そういうのはいいですよ。お互い、ハンター同士なんですから。ボクを探していたようですけれど、何か用事ですか? その様子だと、ボクの命を狙って、とかじゃありませんよね?」
「滅相もありません。ただ、せっかく出会えたこの機会に、殿下とお話しできればと」
重剣士のエピスタが言った。ソルシアよりは、堅苦しい言葉遣いに慣れているようだ。
「だから、ハンター同士なんだから、畏まらないでください。そういう態度を取るなら、話は無しで」
「それは困りま……困る。いや、そう困ることでもない……んだが、話はしたい。その、ハンター同士の情報交換として」
「それなら、そろそろ陽も暮れるし、野営しながら話しましょう。姉様も、それでいいよね?」
レイトはレテールを振り返った。
「……構わない。敵対の意思が見えたら即斬るが」
「そんなことはしないわよ」
レテールの物騒な言葉に、槍士のリエラが溜め息を吐きつつ答え、6人は街道から少し外れて野営の準備を始めた。
「確認ですが、アナタたちにはボクを討つつもりはない、と言うことでいいんですね?」
野営の準備をしてそれぞれに早めの夕食を摂り、落ち着いてから、燃える焚き火を囲んでまずレイトが口を開いた。
「ああ。もちろん、でん……あんたが本当に“真の魔王”なら討たざるを得ないが、こうして間近にしても魔王には思えないし」
レイトの問いに、エピスタが答える。元々このハンターパーティーはランゼがリーダーだったと聞くが、彼がいない今はエピスタがリーダーを担っているらしい。
「アンタたちは王国の騎士団や魔術士団に職を得たんだろう? どうして安定した職を手放してハンターに戻ったんだ?」
「それな。理由は2つ、かな。オレたちは指南役として抱えられたんだけどな、それでもやっぱり窮屈でよ。気儘なハンター暮らしの方が合っている、ってのが1つ」
弓士のマギエンがレテールの質問に答えた。
「それともう1つは、ランゼなの」
「ランゼ?」
「そう。勇者の称号を貰って王女殿下の婿に収まってからっていうもの、たまに会ってもなんだか素っ気なくて。王位に着いてからはそれに拍車がかかって、アイツの考えることが解らなくなってね。ノーザリア侵攻とか、何考えてんの?って思ったわよ」
「ノーザリア侵攻はおれたちも知らない内に決まって、ヤツに真意を問う前に始まっちまったからな。終わってから無理に会って問いただしたんだが、『真の魔王討伐のためだ』の一点張りでね。もう一緒にはやっていけないな、と職を辞したんだよ」
リエラとエピスタが、もう1つの理由を交互に話した。その言葉を素直に信じるかどうかはともかく、レイトもレテールも一応は納得した。
「それで、ボクたちを探していた理由は?」
「探していたわけじゃないが、会えたらいい、とは思っていたよ」
「どうして?」
「1つはさっき言った、真の魔王なら討たないと、と言うのが理由だ。けれどおれたちはそれには懐疑的だった。ランゼは王太子を真の魔王と名指ししたが、理由は『俺には解る』だけだったからな、そんなので納得できるわけがない」
「それで、こっちが本当のって言うか本命の理由なんだけど、ランゼがあんなことを言って指名手配されちゃったじゃない? アタシたちの元リーダーのせいで逃げ隠れする羽目になったんだから、何か助けることができれば、って思って」
エピスタとソルシアの答えに裏がないか確認するように、レイトとレテールは4人をじっと見た。嘘を言っているようには見えないが、演技していないとも言い切れない。
焚き火に薪を1本放ったレイトは、その行動の間に考えをまとめた。
「そう言ってくれるなら、アナタたちに頼みたいことがあります」
(信用するのか?)というレテールの視線を感じつつ、レイトは4人のハンターたちを見渡した。
「何でも言ってくれ。護衛でも使い捨ての駒でも、多少なら無茶なことでもやろう」
「そう無理なことは言いませんよ」
レイトは笑みを見せた。
「アナタたちには、ラビトニアに行って欲しい」
「ラビトニア? あのバカが次に攻め込むだろう国か」
「ローランディアの侵攻を防げってこと!?」
レイトの言葉に、マギエンとリエラが声を上げる。
「いや、そうじゃありません」
レイトは苦笑いを浮かべ、それから表情を引き締めた。レイトの雰囲気が変わったことに、4人のハンターも居住いを正す。
「新王ランゼによるラビトニア侵攻は、まだハンターギルドにも情報は回っていませんが、時間の問題と考えています。そして実際に戦闘が始まった時、ローランディア軍と対峙するラビトニア軍の後背ないし側背を、旧魔王領から魔獣の群れが襲うはずです」
「魔獣が群れで? いや待て、確かノーザリア侵攻の際もノーザリア軍を旧魔王領から溢れた魔獣が襲って均衡が破れたんじゃなかったか?」
「そんな偶然、2回も起こるかしら?」
レイトの予測に、エピスタとソルシアが首を傾げる。
「偶然ではない、とボクたち、ボクとレテールは考えています」
レイトは4人のハンターを順に見つめながら言った。焚き火の中でパチッと火が爆ぜ、薪が崩れる。レテールが薪を補充する。
「……偶然ではないって、ローランディア軍が魔獣を操っていると? 魔王のように?」
短い沈黙の後、エピスタが言った。
「はい」
「あんたの言い方だと、ランゼがそれをやっている、と言いたいわけだな?」
「推測ですが、まず間違いないと考えています」
「その根拠は?」
「あります」
レイトはエピスタに、そして他の3人にも、レテールと2人での旧魔王領の旅とそこで知ったことを話した。
「……つまり、魔王は唯一無二であるが、魔王亡き今も魔人や魔獣の意思に干渉する者がいる。それも旧魔王領の外に。それが疑わしいのは魔王と接触した者だ、と」
「そうだ」ずっと黙っていたレテールが口を挟んだ。「だから、レイトと私は魔王討伐を果たしたアンタたちのパーティーが怪しいと踏んだ」
「最も怪しいのは、ローランディア軍を動かしたランゼだ、ってことか」
「アンタたち4人の誰かの可能性も考えていた。奴が軍を率い、別の者が魔獣を操っている可能性だな。だが、アンタたちが王城を出た今、その可能性は低くなった」
それだけ言って、レテールはまた口を噤む。
「でも、ランゼはどう見ても人間よ! 確かに最近は、性格が変わった感じはあるけど」
リエラが言った。
「別に魔王になったわけではなくて、理由は判らないけど、魔王の力の一部を使えるようになっただけだと思います」
レイトが推論を答えた。
「……そう言えば、最後に魔王の首を切った時、ランゼは魔王の血を全身に浴びていたわね……」
ソルシアが思い出したように言い、他の3人は口を噤んだ。
焚き火の中で、バランスを崩した薪がまた音を立てた。