046 武器の新調
メイニールの町に着いたレイトとレテールは、ハンターギルドで掲示板を確認し、宿屋をとった後、町の武器屋を訪れた。
「いらっしゃいっ。好きに見てくんなさい」
ギルドで勧められた武器屋は、町の裏通りにあるこじんまりとした店舗だった。鉄を打つ音が近くに聞こえるので、剣の製造もここでやっているようだ。或いは、鍛冶屋も兼ねているのかも知れない。
客を迎えたのは、恰幅のいい中年の女性だ。レイトは軽く頭を下げて応え、商品棚を見ていった。
ここは刀剣を専門にしているらしく、剣や大剣、短剣、片刃の刀など、多種の刀剣が所狭しと並んでいるが、盾や鎧はもちろん、槍や戦斧、メイスやスタッフなども置いていない。店がそう広くないので、刀剣に絞った商売をしているようだ。その分、商品の品質は良さそうに見える。それを証明するかのように、値札の価格も目を見張る数字になっている。
レイトは店の小母さんに断って、何本かの剣を手に取り重量やバランスを確かめる。レイトの手にする剣を見て、店番の女性の目がキラリと光ったことにレテールは気付いたが、何も言わなかった。
数本の剣の具合を確かめてから、レイトは一本の剣を手にして武器屋の女性を振り返った。
「すみません、少し振ってみていいですか?」
「ええ、構わないわよ」
武器の陳列は壁際に絞られていて、店の中央はそれなりに空けられている。店が狭いのにそれだけの空間を空けているのは、剣を試すためだろう。
レイトはその中央に立ち、レテールが店内の隅に避けたことを確認して、構えた剣を一息で、振り上げ振り下ろした。その剣を横に振り上げて逆に薙ぎ、身体を反転させつつ降り被って振り下ろす。
そこまででレイトは動きを止め、剣を立てて刀身を改めてじっくりと見た。
「それでいいか?」
「姉様。うん、これがいい。でも、刃が潰してある……いや、付けてないのかな」
「店の中で暴れられると大変だからね、並べてある商品にはまだ刃がないんだよ」
カウンターの向こう側から、小母さんが大きな声で言った。
「そうなんですね。ここで研ぎもお願いできますか?」
「できるさね。というより、研ぎも含んだ価格で売っていてね。自前で研ぐなら、その分割り引くよ。それにしても、若いのにいい目をしてるねぇ」
武器屋の女性は嬉しそうだ。
「そうですか?」
「さっきから、手にしていた剣はみんな出来のいいやつだからね。店に出しているのは商品として恥ずかしくない物だけど、それでも善し悪しはあるからね」
「ありがとうございます。専門家にそう言ってもらえると、自分の目利きにも自信が持てます」
「そりゃあ良かった。で、ソイツをお買い上げかな? それと同じ剣も何振りかあるけど、それも試すかい?」
「ええ、お願いします」
同じ剣といっても剣ごとに個体差はある。他にもあるならそれも試してみたいと、レイトは頷いた。
一度、店の奥に引っ込んだ小母さんは、4振りの剣を持って戻って来た。レイトは1振りずつ鞘から抜いて、先ほどと同じようにバランスを確かめる。
「ん?」
その手が4本目の剣を鞘から抜いた時に、ピタッと止まった。しげしげとその剣を検分したレイトは、店の女性に目を向けた。
「この剣だけ、同じじゃ有りませんよね?」
「良く判ったね」
レイトの指摘に、小母さんは満足そうに笑った。同時に、奥からダンッと何かを叩くような音が聞こえた。
「こちらの3本、店に出していた分も含めて4本だね、それはウチの旦那が鍛えた物で、これは息子の作で一番良くできた物なんだよ。本人は父親に引けを取らない出来だと自負しているようなんだが、親の言葉じゃ伝わらなくてねぇ。
ほら、これで解っただろう?」
小母さんが店の奥に声を張ると、若い男が出て来た。この剣を鍛えたという息子だろう。
「こんな坊やでも違いが判るんだよ。アンタの腕もまだまだだってことだ」
男はレイトを見て、思ったよりもずっと子供だったからだろう、少し驚いた表情を見せ、グッと唇を噛んだ。それからキッと鋭い視線をレイトに送る。
「教えてくれ! この剣のどこが駄目なんだ?」
「えっと、どこと言われると難しいんですけど……」
レイトは改めて剣を手に取り、それを立てて刀身をシゲシゲと見た。小母さんは面白そうに見ている。レテールは無表情で、見守るようにじっとしている。
「こうして光に翳してみると、光の反射がところどころで違うんですよ。ほら、こことか」
男は、レイトの示した場所をジッと見つめ、それからホウッと息を吐いた。
「確かにあるな。見落としていた。しかし、良く判ったな」
「ええっと、剣は一応、たくさん見て来ましたから」
レイトは少し恥ずかしそうに頭を掻いた。少し誇らしそうにも見える。レテールも、満足そうに微かに頷いている。
レイトは、王太子として王城で暮らしていた頃から、剣の指導を受けていた。同時に、王城の武器庫で“名剣”と呼ばれる剣を何本も見て来た。それが、本人も知らぬ内に武器を見る目を養っていた。
「剣を使えばあちこち歪んだりするし、これくらいの差異はそう気にしないんですけど、新品の剣となると、やっぱり気になります。命を預けるわけですから」
レイトは得意げになるでもなく、別の剣と比べながら青年に説明している。青年も、歳下のレイトを軽く見ることなく、レイトの言葉を真剣に聞いている。
「ありがとう。オレの未熟さが良く解ったよ。オヤジもオフクロも、まだまだだ、とは言っても、どこがどう悪いのかは言ってくれなくて」
青年はジロッと小母さんを睨む。
「アタシらが言っても聞かないじゃないか」
「あんな言い方じゃあ、聞く気にもなれないよ」
「喧嘩なら、客のいないところでやってくれ」
武器屋の親子が言い合いを始めたところに、レテールが声をかけた。少し前まで無表情だった顔が、やや微笑んでいる。
「おっと、そうだった。恥ずかしいところを見せて悪いね。それで、どの剣にするかい?」
「はい、これでお願いします」
レイトが示したのは、最初に選んだ、展示されていた剣だ。バランス的に、それがしっくりしたようだ。
「これだね。研ぎはどうするかい?」
「それもお願いします。すぐできますか?」
「何件か仕事が入っているかならね……そうさね、2日後、明後日の昼にはできてるよ」
レイトはレテールを振り返って、彼女が頷くのを確認してから返事をした。
「それでお願いします」
「はいよ。代金は半額を前払いで、残りは引き渡しの時に」
「はい、それで」
「それじゃあ、前金で20万ドリンだね」
「え? 半額だと25万じゃありません?」
レイトが首を傾げた。
「息子に喝を入れてくれたお礼さね。割り引いとくよ」
小母さんは、すでに奥に引っ込んだ青年を見るかのように、閉じられた扉を見た。
「えっと……ありがとうございます」
レイトは少し躊躇ったが、レテールをチラッと見てから、厚意に甘えることにした。
「前金だ」
レテールが前に出て、隠しから取り出した10ドリンの大金貨を2枚、カウンターに置いた。
「まいど。これが控えだよ。剣を受け取りに来た時に出しとくれ」
小母さんは紙片に慣れた手つきでサラサラとペンを走らせると、それをレイトに差し出した。
「ありがとう」
レイトは受け取った紙片の内容を確認すると、丁寧に隠しにしまった。
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剣が仕上がるまでの期間を、レイトとレテールは野獣の討伐とレイトの剣の稽古に使った。今までのハンター生活と同じだ。新国王ランゼの率いるローランディア王国がラビトニア王国に攻め入るのは、時間の問題と思われるが、その情報はまだハンターギルドにも届いていないようだ。
逸る気持ちを抑えつつ、レイトは今できることに意識を集中した。
2日後、再び武器屋を訪れた2人は、青年から剣を受け取った。
「誠心誠意、全身全霊を掛けて研いだ。確認してくれ」
「アナタが研いでくれたんですか?」
「ああ」
「大丈夫、問題ないよ。打つのはまだまだでも、研ぎはもう一人前だから」
小母さんが笑顔で請け負った。
「では、確認させてもらいますね」
レイトは剣を取り、スッと鞘から抜いた。先日はなかった刃が光を反射して美しく輝く。
許可を取って、レイトば剣を振った。ヒュンッと空気の切れる音がした。
「いいですね。ありがとうございます」
「いや、オレの方こそありがとう。君のお陰で、前に進めそうだ」
「それなら、良かったです」
レイトはにっこりと微笑んだ。
支払いを済ませて、レイトとレテールはその足で町を出た。それまでレイトが背負っていた剣はレテールの腰に、そしてレイトの腰には新品の剣がある。
「次の次の町が、ローランディア国内の最後の町だよね」
「そうだ。国境のザグレッドも、半分はローランディアだがな」
「国境はそのまま抜けられるかな?」
「解らない。が、まずは正攻法で行こう。私たちは正規のハンターなんだ。大丈夫だろう」
「だといいけど」
2人が一先ずの目的地と定めたミナンディア王国の国境は、もう少し先だ。




