041 道草へ
「姉様、この依頼は?」
ハンターギルドの依頼掲示板の前でレイトが1つの依頼に目を留めた。
「野獣の討伐依頼か。人や家畜に被害はないが、畑が荒らされる……草食か雑食の野獣か。しかし……」
レテールはその依頼を見て眉を顰めた。
野獣に畑を荒らされているのは、ここマナクールと2人が次に目指すメイニールの町を繋ぐ街道から、そこそこ離れた小さな村だ。メイニールの町を目指しつつ、少し遠回りをすれば立ち寄ることも可能なので、それほど無駄にもならない。
レテールの懸念は、場所よりも内容だった。
「姉様の危惧は解る……」
「ああ、これはやめとけ」
レテールに返事をしかけたレイトの声に被せるように、後ろから2人に声を掛ける者がいた。当たり前のようにレイトたちにくっ付いて来たソールだった。
「この依頼には獣の種類も数も書かれていない。ついでに期間もだ。依頼を受けてのこのこ出掛けてったら、全滅したかどうか判らないとかなんとか言われていつまでも引き留められるのがオチだな。運良く解放されたとしても、その後で獣の被害が少しでもあれば、ギルドに文句をを言ってくるだろう」
「そんなこと解ってるよ」
途中で言葉を遮られたレイトは、口を尖らせた。
「解っているなら、考えるまでもないだろ? 他に目ぼしい依頼もなさそうだし、狩りに行こうぜ」
「ソールたちは別パーティーでしょ。姉様、行こう」
普段はレテールの言うような台詞をレイトが言い、彼はレテールを促してギルドの建物からさっさと出て行った。
「坊やにも嫌われたんじゃない?」
ソールの相棒のエバが溜め息を吐いた。
「そんなことはないだろう。それより、オレたちも行くぞ。依頼を受けていないんじゃ、目を離せない」
「そうね」
ソールとエバも、レイトとレテールを追ってハンターギルドの建物を出て行った。
ハンターギルドを出たレイトとレテールは、そのまま町からも出て、平原を歩いてゆく。
「おいおい、どこへ行くんだよ。こっちは獲物が少ないぞ」
追って来たソールが言った。ギルドの掲示板には、町周辺の野獣の分布もある。それによれば、レイトたちが向かっているのは、比較的野獣の少ないとされた方角だった。当然、ハンターも少ない。
「気に入らなければ、もっと獲物の多い場所へ行けばいいだろう?」
「つれないこと言うなよ。仲間だろ?」
「仲間になった覚えはないな。レイト」
ソールを軽くあしらったレテールは、レイトを呼ぶ。レイトはレテールを振り返ると、彼女の視線でその意図を察し、差し出された手を握った。
次の瞬間、ソールとエバの視界から、レイトとレテールが消失する。
「はぁ!? 転移!? どこだ!」
ソールが辺りを見回す。転移魔術は、自分の魔力を転移先まで広げる必要があるので、よほど高位の魔術士でもない限り、そう遠くまでは転移できない。転移先に予め魔石を置いておけば距離を伸ばすことは可能だが、レテールがこの町に来てからそんな余裕はなかった。
「ソール、あそこだ」
エバも、2人の消失に目を剥いたものの、すぐに一方を指した。結構離れた場所に人影が見える。
「あれか。つくづく嫌んなるな」
「何が?」
「魔術の力量だよ。ったく、アレで本職が魔術士じゃないってマジかよ。人違いってことはないよな?」
「間違いないって言ったのはアンタでしょ」
「そうだけどな。まあいい、見失わないうちに行こう」
ソールとエバは、遠くに移動した人影に向けて足早に歩き出した。
ソールたちから離れた場所で、レイトは剣を抜き、レテールもワンドを腰から取って構える。
「いくよ」
「いつでも」
レイトが一気に距離を縮めてレテールに肉薄、剣を横に薙ぐ。レテールは、それを難なくワンドで受け止め、拳をレイトの腹に向けて叩き込む。が、レイトは攻撃を止められた時点で回避行動を始めていて、レテールの拳は空を撃つ。
左後方に跳んだレイトはすぐに右方向へともう一度跳び、逆側からレテールに剣を振るう。それを最小限の動きで躱したレテールが、レイトの頭上にワンドを振り下ろす。すぐさま剣を上げてワンドを受け止めるレイト。
「何だぁ? 今日は狩りじゃなく訓練かよ」
「みたいね。どうするの?」
「どうするったってなぁ……」
レイトとレテールの剣戟は、魔術士のソールでは割り込めないほどに激しい。魔術を使えばその限りではないが。
エバも2人の手合いを、それぞれの力量を測るようにじっと見つめる。
「……勝てるか?」
「……坊やの方なら。剣を替えられたら判らないけれど」
「どういうことだ?」
「あの子にあの剣は、ちょっと大きいのよ。それでも振り回されていないのは大したものだけど。身体に合った剣を使えば、もっと力を出せるわね。だけど、ヤバいのはレテールの方よ」
「エバが強いって言うレイトと互角な上に、魔術も相当なもんだからな」
「違う、そうじゃない」
エバはソールの言葉を鋭く否定した。
「違うって、どう言うことだ?」
「レテールがメイスだけ、あるいは剣だけで戦ったとしても、勝てる気はしない」
「は? レイトの方が一方的に攻めて、レテールはほとんど動けてもいないように見えるが?」
「だからよ。レテールが能動的に動いたら、とっくに勝負はついている。と言うか、レテールが坊やに稽古を付けているんだから、どっちが上かは一目瞭然でしょう」
「……言われてみると、そうか。くっそぅ、本気でアイツらと組みたいな」
「ソール?」
「解ってるよっ」
観戦者にまったく気が付いていないかのように、レイトとレテールは手合いを続けた。
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その夜。宿に戻り、夕食を摂ってから部屋に戻ったレイトとレテールは、遮音結界の中で相談を始めた。
「レイトは、あの依頼を受けたいのか?」
例の、野獣討伐依頼のことだ。
「ううん、受けるつもりはない。ボクもハンターを始めて1年以上経っているし、受けるべきかどうかは判断できる。でも……」
「放ってはおけない?」
「うん。ローランディアの国内で困っている人がいる、加えて、それを知ってしまったから。あまり寄り道をしていられないことは解っているけど」
「解った。それなら、依頼とは別に単に立ち寄ったという体で例の村に行くことにしよう」
「ありがとう、姉様」
目先の行動方針を決めた2人は、翌日に備えて早めに床に就いた。
翌朝、レイトとレテールは朝靄の立つ中、宿屋を後にした。預けていたシュバルを受け取るために馬屋へと向かった。
「おいっ、置いて行くなよなっ」
馬屋への途上で、ソールの声がレイトとレテールの耳に届いた。すぐにソールとエバが追い付いて来た。
「アンタたちとは別なんだ。わざわざ出立を伝えることもないだろう?」
足を止めることなく、レテールが答えた。
「そう言うなって。まだそんなに長くはないが、仲良くやって来たじゃないか」
「仲良くなった気はないな」
レイトとレテールは足を速める。が、ソールも負けじとついて来る。
「アンタらの実力は良く解っているつもりだけど、やっぱり2人だと無理が出ることもあるだろう? オレたちと組めばかなり楽になるぜ。これからも一緒にやっていこうじゃないか」
言い募るソールだが、レテールは、レイトも、もう相手にせずに馬屋を目指した。
シュバルを受け取り、マナクールの町を後にしたレイトとレテールの後ろには、それぞれの馬に乗ったソールとエバもついて来ている。それを意識しつつも、レイトは馬を駆って行く。
「レイト、ここだ」
「はい、姉様」
途中、石畳で舗装された主街道から横に伸びる脇街道に、レイトはシュバルを進めた。
「おい、どこに行くんだよ」
慌てたように、ソールが馬首を並べて聞いた。
「私たちの都合だ。気にするな。アンタたちは、アンタたちの道を行けばいいだろう」
「そう言うなって。この先……もしかして、あの依頼を受けたのか?」
「さあな」
「やめとけって。今から戻ってキャンセルした方がいいぞ。何なら、ブッチしたっていい」
「ソール、五月蝿いよ」
レテールではなく、手綱を握っているレイトがジロッとソールを睨んだ。ソールは尚も何か言いたそうに口を開きかけたが、結局は何も言わずに軽く頭を振って馬を下げ、エバと並んだ。
「何を考えているんだろうな?」
「さあ? この先は森だし、ワタシたちを撒くつもりなんじゃない?」
「それなら、あの依頼を受けたって言われるよりは納得できるな。まあいいか。たとえ2人が依頼を受けていても、あっちがオレたちを仲間扱いしていない以上、火の粉がかかることはないだろう」
「そうね」
ソールとエバは、それきり口を噤んで、レイトとレテールを追った。




