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魔王の仇し草  作者: 夢乃
第1章 魔王領編
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002 少年剣士の剣閃

 ハンターギルドを出たレテールとレイトの2人は、ギルドの情報掲示板で調べた町の宿屋へと向かった。

「いらっしゃい」

 宿屋のカウンターで、恰幅のいい小母さんが愛想良く2人を迎えた。女将(おかみ)だろう。

「宿泊を頼む。2人部屋で、取り敢えず1旬(1旬=8日。1季=6旬。感覚的には1週間)滞在するつもりだ。空いているか?」

「2人部屋ね。……あー、今日は塞がってるね。今日だけ4人部屋、明日から2人部屋へ移動でいいなら、空いてるよ」

 帳簿を調べた女将が言った。


「4人部屋も、2人部屋の分の料金で構わないよな?」

「しっかりしてるね。もちろん、構わないさね。そうそう、ウチは食事風呂なし、トイレは1階、水は裏の井戸で自分で汲むなら無料、有料で部屋まで運ぶよ。それで構わないね?」

「ああ。それでいい」

 都市部や普通の田舎町であればともかく、旧魔王領に近い辺境の町の宿屋であれば、当たり前の待遇だ。レテールもレイトも特に文句は言わなかった。


「じゃ、ここにサインしてくれ。鍵はこれ。部屋は3階の305だよ。明日は、そうさね、昼過ぎにここに来てくれれば、2人部屋も用意できてると思うから」

「ありがとう。よろしく頼む」

 レテールは宿泊台帳にサインし、1旬分の宿泊費を前払いで支払って鍵を受け取ると、示された階段へと向かう。レイトも女将にお辞儀すると、レテールの後を追った。




 宿屋自体はそれなりに年季が入っているものの、壁も扉も比較的頑丈な造りをしていた。ただし部屋の中は極めて質素だ。ベッドが4つに低い棚が2つしかない。魔獣の襲撃に備えて頑丈な造りにはしてあるものの、十数年で町ごと移動していたので、余計なものは一切置かないようだ。それも、魔王が討伐されたこれからは、徐々に変わっていくことだろう。……真の魔王の脅威が現実のものになったら判らないが。


 部屋に入ったレテールは、周りに魔力を放出して怪し気な物がないことを確認してから、荷物を置いてマントを脱いだ。レイトも姉に倣って身軽になる。

「姉様、ここに1旬滞在したら、次はいよいよ魔王領だね」

「ああ。覚悟はできているか?」

「……正直、自身はない。でも、行かなくちゃ。行ってどうにかなるのかは、判らないけど」

「そうだ。何もなければヨシ、あっても、あなたは私が全力で守る」

「ありがとう。でも、ボクも強くならなきゃ」

「その意気だ」

 レテールは微笑みを浮かべ、レイトの頭を撫でた。


「子供扱いは止めて欲しいな」

「私に剣で勝てるようになったらな」

「もう。いつか姉様に勝ってみせるから」

「そうなってくれないと困る。さて、それじゃ食事に行こうか」

「はい」

 素直に返事をするレイトに微笑んだレテールは、荷物の中から短い投げナイフを出すと、ベッドの下の目立たない場所に突き立てた。その柄頭に埋め込んだ魔石に魔力を満たし、魔力障壁を張る。侵入を防ぐことはできないが、検知はできるので、扉のしっかりしたこの宿ならこれで十分だろう。



────────────────────────



 レイトとレテールは宿屋からそう離れていない食堂で、夕食を摂った。旧魔王領に近い町とあって、肉は魔獣のものばかりだ。もっとも、見た目にも味も魔獣の肉も普通の獣の肉も、区別は付かないのだが。

 魔獣の被害の多いこの辺りには畑は少ないが、野菜や根菜、穀物も充実しているのは、近隣の町や村から魔獣の肉や魔石と交換で入手しているのだろう。レイトとレテールの2人がこれまでに立ち寄って来た町や村とほぼ同じだ。


「おい、あんたら、ちょっといいか」

 2人が早めの夕食を摂っていると、隣のテーブルで同じように食事をしていたハンターらしき4人の男たちの1人が立ち上がり、レイトとレテールに声を掛けた。

「今は食事中だ。後にしてくれ」

 レテールが答えた。レイトはちらりと男を見ただけで、静かに食事を続けている。少々不機嫌に見えるのは、レテールと2人の食事を邪魔されたからだろうか。


「食いながらでいい。俺たちの提案を聞いてくれ。俺たちのパーティーに入ってくれ」

「断る」

 にべもなかった。初対面の相手に食事の真っ最中に勧誘するような非常識な相手だからこその、塩対応かも知れないが。

「いや、少しくらい話を聞いてくれてよ」

「いらん。邪魔しないでくれ」

 レテールは、一瞬だけ男に鋭い視線を向けると、すぐに食事に戻った。しかし、その一瞬の鋭い視線だけで気勢を削がれた男は、すごすごと仲間たちの元に戻り、頭を叩かれた。




 それでも、男たちは2人を、というより圧縮魔術を使うレテールを諦め切れないようだ。食事を終えたレイトとレテールが食堂を出ると、先に店を出ていた4人組のハンターが待ち構えていた。2人は剣を佩ているが、2人は丸腰だ。レテールたちとおなじく、宿に置いているのだろう。剣を持たない2人は、弓士と魔術士だろうと、レテールは見当を付ける。食堂の中で話し掛けて来た男は(おそらく)弓士だった。

「あんたたち、ちょっと話をさせてれ」

 剣士の1人がレテールに話し掛けた。

「話すことはない」

 それだけ言って立ち去ろうとするレテール。


「おい、話くらい聞いてくれてもいいだろう」

 レテールは溜息を吐いて立ち止まった。

「お互いメリットもないのに、組む意味がないだろう」

「いやいや、この町に来たハンターってことは、魔獣狩りが目的だろう? この辺りは旧魔王領に入らなくても魔獣は多いし、しかも強い。2人じゃ無謀だぞ。オレたちと組んだ方が絶対にいい」

「足手纏いが増えるくらいなら、2人だけの方がマシだ」

 レテールはもう一度溜息を吐き、呆れたように言った。この言葉は相手の男たちも頭に来たようだ。顔付きが一瞬で変わる。これまで黙っていた方の剣士が踏み出した。


「おい、調子に乗ってんじゃねーぞ。誰が足手纏いだ。こちとら何年も魔獣とやり合ってんだ。勇者の魔王討伐時の対魔獣戦にも参加した。圧縮魔術しか使えないポッとでのおままごとハンターとは違うんだよ」

 その挑発も、レテールは軽く受け流す。

「そうか。あんたたちが4人で十分な成果を上げてきたのなら、尚更組む必要はないな。では失礼する」

 レテールはレイトを促してその場を立ち去ろうとする。しかし、文句を言った剣士は納得できないようだ。と言うより、莫迦にされて熱くなった頭を冷やせないのだろう。


「待てよ。莫迦にされて引き下がれるかよ」

「互いにメリットがないことは合意が取れただろう? これ以上話すことはないと思うがな」

「いいや、俺たちが足手纏いだなんぞと言わせん。そう言うなら俺たちと勝負しろ。あんたらに負かされたら引き下がってやる。その代わり、俺たちが勝ったらパーティーを組め」

「断る。だいたい、こちらにメリットがない」

「強制的にでも勝負してもらう!」

 剣士が剣の柄に手を掛ける。


「辺境とはいえ、町の往来で剣を抜くつもりか? とんだ不良ハンターだな」

「何!」

「おい!」

 魔術士が剣士の肩を掴んで止める。それで剣士も柄から手を離した。しかしその瞳から怒りは消えていない。

 レテールはまた溜息を吐いた。

「はぁ、いちいち突っかかって来られるのも面倒だな。ここのギルドにも鍛錬場はあるだろう? そこでアンタと勝負してやる。そっちが負けたら、もう何も言うなよ」

「勝負って、アンタがか?」

「いや、レイトが相手をする」

「ボクが!?」

 突然名前を出されたレイトが目を剥いた。しかしレテールは、勝敗の行方など最初から決まっている、と言わんばかりだ。


「大丈夫だ。レイトなら相手に大怪我を負わせるようなことはない」

 その言葉に、相手の剣士はさっきまで剣の柄を握っていた手を戦慄(わなな)かせる。

「俺がそのガキに負けると言うのか!」

「最初からそう言っている」

「いいだろう。俺の実力を見せてやる。ついて来い!」

 レテールに煽られた剣士が沸騰したことで、逆に他の3人はやや冷静になったようだ。興奮している剣士に落ち着くように諭している。


 先に歩き出した4人のハンターの後ろから、レテールとレイトもついて行く。

「姉様、本当にボクで大丈夫?」

「大丈夫だ。今まで教えたことをすべて出し切れば問題ない」

「すべて……」

「そう。ギルドに着くまでに、頭の中でおさらいしておけ」

「はい」

 レイトは前を行く、これから手合わせすることになる剣士の後ろ姿を見ながら、考えに耽った。




 ロンテールの町のハンターギルドの裏にある鍛錬場に、ハンターたちが集まっていた。場合によっては一緒に仕事をすることになるかも知れないのだから、他のハンターの実力を見る機会があるとなれば、それを逃したりはしない。鍛錬ではなく、より実力を出す必要のある手合いともなれば、なおさら人が集まる。


 レイトは宿屋を出る時に持っていた、普段は予備の武器として使っている短剣をレテールに預け、鍛錬用の木剣を持って軽く振り、バランスを確かめた。

(今までに教わったことを、すべて出す……)

 レイトは、レテールから言われたことを反芻し、相手の剣士を見た。相手も木剣を持ち、鋭い目でレイトを睨んでいる。しかし、不思議と恐怖は湧いて来ない。

(本気になった姉様の方が怖いな)

 突然の寒気を感じて、レイトはぶるっと身体を震わせた。振り返ると、レテールが口角を上げてレイトを見ている。レイトは曖昧な笑みを送って、手合い相手に向き直った。


 ハンターたちが周囲を囲む中、レイトは鍛錬場の中央で、50テール(5メートル強)ほど離れて、相手と向き合った。全身の魔力を意識し、着ている服と両手で構える木剣に魔力を行き渡らせる。

「両者、構え。……始めっ!!」

 審判を買って出た副ギルド長の号令により、手合いは始まった。


 勝負は、一瞬で決まった。


「はっ!!」

 剣士が一気にレイトとの距離を詰め、上段から素早く剣を振り下ろす。レイトは冷静に剣筋を見極め、身体をすっと横にずらして避ける。相手の剣士はそのまま横に剣を振るうが、それもレイトには見えている。

(姉様に比べたらずっと遅い)

 身体を低くして横薙ぎの攻撃も躱したレイトは、木剣を纏わせた魔力で強化し、同時に両腕も強化して思い切り振り上げる。


「やっ!!」

 カンッ。

「なっ!?」

 レイトの振り上げた強化された木剣は、相手の木剣を斬っていた。カランッという音と共に斬られた剣が地面に落ちた時には、レイトの剣は相手の喉元に突き付けられていた。


「それまでっ!」

 副ギルド長が手合いの終了を宣言した。レイトが木剣を引き、相手をした剣士に頭を下げる。剣士の方はと言えば、斬られた木剣を見て呆然としており、レイトが目に入っていないようだ。

 その剣士の前に、仲間の3人が寄ってくる。


「今のうちに宿に戻ろう」

「あ、はい」

 レテールに耳打ちされたレイトは、彼女と共にその場を離れた。見学していたハンターの何人かは斬られた剣でなく、斬ったレイトに近付いたが、レテールが適当にあしらって、ギルドからさっさと立ち去った。

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