037 地竜との遭遇
何事もなく夜が明け、商人たちの用意した食事で軽い朝食にした後、商隊は旅を再開する。
出発してすぐに岩場に入り、緩やかな坂道を商隊は進んでゆく。山というよりは丘、いや、台地と言った方が適切だろう。植物のまばらな岩場に作られた坂道を登り切ると、平坦な場所に出る。
登り坂の途中は植物が極めて少なかったが、台地の上は少し先から下生えもあるし、森も見える。坂道の間は途絶えていた石の舗装も再び現れた。商隊の、3輌の馬車と5騎の騎馬は、石畳を蹴って進んで行く。
昨日と同じく、しばらくは長閑な旅路が続いた。元々、街道は猛獣の少ないルートを選んで決められているから、危険度はそれほど高くない。それでも、時には獰猛な野獣と遭遇することもあるから、こうして護衛を雇うわけだが。
野獣よりも厄介なのは人間の野盗だ。しかし、遭遇率は野獣よりも少ないし、歴戦のハンターが揃っていれば、問題なく対処できる。
比較的安全な街道の旅だからと、護衛を雇わずに旅に出て野獣や野盗に襲われ命を落とすケースもある。むしろ統計では、護衛を雇った商隊よりも、襲われる頻度は高めだ。野獣も、獲物の戦闘力をある程度は見極めて、狙う相手を見定めているのかも知れない。
馬車3輌の規模の商隊に12人の護衛がついていれば、野獣にも野盗にも怯える必要はまずない。よほどの大群でもない限り、護衛の数人が怪我を負う程度で撃退できるだろう。よほどのことがない限りは。
しかし、そのレアなケースを、レテールが感じ取った。
「不味いな」
「姉様?」
後ろで呟かれた言葉に、手綱を握っていたレイトは不審そうな表情で後ろを仰ぎ見る。
「レイト、手綱を貰う」
「はい、姉様」
レイトは、何が起きたのか解らないものの、絶対の信頼を置くレテールの言葉に従う。レテールは手綱を握ると、鎧でシュバルの腹を軽く蹴り、馬速を上げた。
「何かあったの?」
馬車の列の左側を行くエバの声に軽く手をあげるだけで答え、先頭の馬車の御者台と併走する。
「どうした?」
御者台にいるボークルが身を乗り出して尋ねる。
「一度止まった方がいい。地竜がいる」
「地竜!?」
ボークルはすぐに、御者を挟んで反対側に座っているマルチェルにの了解を取り、腕を伸ばして後ろの馬車に合図してから、御者に停止を命じた。
「何があった」
ソールも前に出て来て、鋭く聞く。
「地竜が出たらしい。対応を決める」
ボークルが御者台から飛び降りた。レテールとソールもそれぞれの馬から降りる。
「で、地竜はどこだ」
「この先、左手に岩があるだろう。あの向こう側に5体がいる」
「は? 地竜が5体? そりゃ逃げるの一択だろう」
ボークルの質問に対するレテールの答えに、ソールは後退を提案する。
「いや、こんな街道の近くに地竜が団体でいたら、次に通る人が襲われかねない。君たちで退治することはできないか?」
マルチェルも御者台から降りて、ハンターたちに意見する。
「マルチェルさん、それは雇い主としての命令か?」
ボークルが、目付きを鋭くしてマルチェルに聞く。
「いや、ただの意見だ。商人としては迂回してでも予定通りに次の町に辿り着きたいところだが、旅路の護衛は君たちに一任している。最終的には、君たちの判断に従うよ」
依頼主ではあるものの、マルチェルは護衛計画の決定には介入しないようだ。
「最初に言っておくが、オレとエバは地竜の相手をするのは無理だ。まあ、倒せる奴がいるなら、サポートくらいはやるがね」
逃走を提案したソールが言った。その目がチラッとレテールとレイトを見る。護衛依頼の面接の場で、2人が『単独で地竜を倒せる』と吹いたためだろう。
「私とレイトは、倒せないことはないが、数が問題だな。さすがに複数を同時に相手するのはキツい」
レテールが言った。旧魔王領で、レイトはディーゼと2人で魔地竜を倒しているが、それも獲物が単独だからこそできたこと。2体いたら、無理だったろう。
「俺たちも1体なら狩ったことはあるが……そもそも地竜の団体になぞ遭遇したのは初めてだからな」
ボークルは顎を撫でて考える。
地竜や飛竜といった巨大生物は、通常1体かせいぜい2体で見られることがほとんどだ。5体も固まっていることは滅多にない。そのため恐らく、ボークルの中では、この場で地竜を倒すという選択肢は最下位になっているはずだ。
「レテール、このまま街道を進んで地竜たちに気付かれずに通り抜けることは可能か?」
「どうだろう? ここからだとまだ40テナーほどの距離があるが、街道を真っ直ぐに進むと、最短距離は10テナーを切る上に、遮蔽物も無くなる。7:3、いや、8:2で見つかるんじゃないかな」
「10テナーか。そんなところだろうな。ふぅむ……」
ボークルは少し考えたが、すぐに頭を上げた。
「選択肢は3つだ。
1つ。ここから引き返し、リンベールの町まで戻る。1騎は先行し、リンベールに地竜出現を知らせる。
2つ。引き返すのは同じだが、商隊は台地の下、昨夜の野営地点で地竜討伐の応援を待つ。その場合は2人をこの場に残して地竜を監視、地竜が台地を下りるようなら、商隊はリンベールに向かう。
3つ。街道を大きく逸れて迂回し、マナクールの町を目指す。台地を下りたところで1騎が先行して、地竜出現を知らせる。
他にあるか?」
ボークルが言葉を止めると、レテールが手を上げた。
「何だ?」
「我々で地竜を狩ってから先に進む」
「いや、それは無理だってお前も言ったじゃないか」
レテールの4つ目の提案を、ソールがすかさず否定する。ボークルも、声には出していないが『無理だろう?』と考えているのは確実だ。
しかし、レテールはそうは思っていないようだ。
「いや。まずは私とレイトが1体ずつ地竜を仕留める。その間、残る3体を他のハンターたちで引きつけておく。
私とレイトが地竜を倒したら、残る地竜のうち2体を引き受ける。もう1体はアンタたちでも狩れるだろう?」
「姉様、姉様はボク1人で仕留められるって言うけど、ボクは自信はないよ」
レイトもシュバルを降りて、会話に口を挟んだ。
「倒せなくても、私が別の1体を相手している間、1体を引き付けておくことはできるだろう?」
「それなら、うん、邪魔が入らなければできると思う」
レイトは頷いた。
「つまり、私とレイト以外の人数で地竜を引き寄せたおけるなら、地竜5体を倒すことは可能だ。負傷する覚悟は必要だろうが。選択はリーダーに任せる」
レテールが話し終えるのを待って、ボークルは思案する。
しかしボークルは、すぐに方針を決めた。馬車から下りて周囲警戒をしていたハンターたちを集める。
「この先、あの岩場の陰に5体の地竜をレテールが発見した」
「は? 地竜? 街道のこんな近くに? 嘘だろう? ギルドの情報にもなかったよな?」
《雷獣》の槍士・ビランザが思わず声を上げる。彼の疑問も当然だ。そもそも街道は、猛獣の生活圏を避けるようなルートを選んで決められている。ましてや、特別な事情も無しに、地竜や飛竜の生息域に街道を造るわけがない。
「恐らく、昨日今日のうちにどこからか移動して来たんだろう。しかし、奴らがいつからこの近辺にいるのか考えるのは後だ。実際に地竜がいる以上、このまま進むわけにはいかない。
そこで、商隊には一旦、50テナーほど後退してもらい、我らで地竜を掃討後で、先に進む」
「おい、マジかよ。冗談だよな?」
剣士の1人、バルデスが口を挟む。
「もちろん、冗談ではない」
「マジかよ……」
「作戦だが、商隊の専属護衛2人とソール、エバの計4人は、商隊の護衛に残す。商隊が離れてから、残る8人で地竜を狩る。具体的な行動は……」
ボークルは、先にレテールから提案された作戦を説明する。
「坊主に1人で地竜の相手をさせるのかよ」
弓士のブリンドの目が『子供に無理をさせるな』と言っている。
「ボクは大丈夫です。仕留めるまでいかなくても、姉様が別の地竜を倒すまで時間を稼ぐくらいは」
「最年少のレイトがこう言っているんだ、先輩ハンターの俺たちが尻込みするわけにはいかないだろう?」
ボークルがニヤリと笑う。《雷獣》の仲間たちを焚き付けているようだ。
「質問。オレとエバが護衛に回る理由は?」
ソールが手を上げた。
「人数的に、護衛に残せるのは2人か3人だ。3体の地竜を引き寄せるのは《雷獣》が中心になるが、ソールとエバが俺たちと連携を取るのは難しいだろう。それを考えての配置だ」
「なるほど、理解した」
ボークルの説明に、ソールは納得して頷いた。
「他に意見がなければ、この作戦で行く。もし、攻撃隊が敗走するようなことがあれば連絡する。その時には商隊はとにかくリンベールに戻って、このことを伝えてくれ。マルチェルさんも、いいですね?」
「ああ、道中の安全に関しては任せているからな。その計画でいこう」
予定が決まると、一同はすぐに行動を開始した。




