036 護衛の夜
2日の狩猟と1日の休憩を取ったレイトとレテールは、朝早くに宿を引き払い、馬屋に預けていたシュバルを引き取って、護衛依頼の集合場所である南門前の広場に行った。ソールとエバも一緒だ。同じ宿に泊まり同じ依頼を受けるのだから当然の行動ではあるが、レテールの様子はやや迷惑そうだ。
広場には、商隊の馬車が3輌並び、周囲には10人ほどの人々がいる。一緒に護衛を受けたハンターパーティー《雷獣》は、すでに来ていたようだ。
「全員集まったな」
依頼主のマルチェルが、声を張った。
「これから、我が商隊はマナクールの町へ向かう。今から出発して3日後の陽が暮れる前にマナクールに到着する予定だ。道中の護衛は、ハンターの皆に一任する。商隊の専属護衛もいるが、2人は私の身を護ることを最優先にするのでね、数に入れるのはいいが馬車からはあまり離れないと思ってくれ。よろしく頼む」
マルチェルの挨拶が済むと、ハンターたち10人だけで集まった。
「ハンターパーティー、《雷獣》のリーダー、盾士のボークルだ」
そう名乗った大男は、大きな盾と剣を装備している。続けて名乗った5人もすべて男性、剣士が2人に槍士と弓士と魔術士という構成のパーティーだ。
レテールとレイト、ソールとエバもそれぞれに名乗る。
「パーティーの規模から、護衛の指揮は俺が取らせてもらうが、構わないか?」
ボークルの言葉に、レテールとソールが頷いて同意を示す。
元々、マルチェルの商隊は、マルチェル配下の商人が2人、御者が3人、護衛が2人の8人と小規模だ。3輌の馬車のそれぞれに御者と商人が1人ずつ乗り、専属護衛の2人は商隊の前を馬で行く。
護衛依頼を請け負ったハンターたちは、《雷獣》の6人が2人ずつ馬車に同乗することになった。1人は御者台で周囲を警戒する。
レイトとレテール、ソール、エバはそれぞれ騎乗して、商隊の左右と後方を警戒する。
ボークルの提案した配置に異論は出ず、出発前の打ち合わせは短く済んだ。ボークルがマルチェルにそれを伝えると、一行はすぐに出立した。
町の門を抜け、3輌の馬車を連ねて石畳の街道を進んで行く。
「国境まで、どれくらいかかるのかな?」
レテールの前に乗ったレイトは、シュバルの手綱を握って後ろに声を掛けた。今日は、レイトがシュバルを駆っている。
「ざっと12~3日、というところか。各町での滞在期間を考えると、その倍はかかるかな」
「そこからさらに王都ランドロスまで……2季はかかるかな」
「ミナンディアに入れば町の滞在期間は最小限で構わないだろうが、それでもそれくらいは見ておいて方がいいな。それより、そろそろその手の話は控えよう。遮音結界に気付かれると詮索される」
「はい、姉様」
レイトは口を閉ざし、レテールは遮音結界を解いた。
しばらくは見晴らしのいい平原が続いている。今は探査結界で警戒する必要もないだろう。
初日はトラブルに見舞われることなく、陽が落ち切る前に街道を外れて野営の準備をした。商人たちがテントを張っている間に、夜の見張りのシフトを決める。
「専属護衛の2人は俺たちとは別に2交代で番をするそうだ。俺たちはそれとは別に、三交代で夜番に就く。その組み合わせだが……」
予め検討していたのだろう、ボークルは夜の見張りのシフト編成を淀み無く話してゆく。レイトとレテールは、《雷獣》のメンバー2人と最初の見張りに就くことになった。
その間に商人たちは自分たちの簡易的なテントを作り終えていた。続けて商人やハンターたち全員で分担を決めて、周囲を警戒しながら食事の支度をする。野営なので大したものではないが、マルチェルは雇ったハンターたちにも十分な量の食事を振る舞った。
「食費をケチって、襲われた時に護衛が十分に働けないのでは、雇った意味がないからな」
マルチェルは笑って言った。
護衛依頼の依頼主によっては、雇われたハンターの食糧はハンター持ち、というものも珍しくない。それに比べると、マルチェルはかなり上質の雇い主だ。この雇い主なら、ハンターたちも繰り返し依頼を受けるだろう。3日前にまだ空きがあったことは、レイトとレテールにとって幸運だった。
食事を終えると、ハンターたちは最初の夜番を除いて、早々に火の周りでマントに包まった。商人たちも、テントに入って行く。テントを使うのは商人の3人だけで、御者と護衛はハンターたちと同じく火の周りに寝転がる。護衛の1人は、テントの前で立番をしている。
「ハンター歴は長いんですか?」
最初の夜番を引き受けたレイトは、一緒のシフトになった《雷獣》の剣士バルデスと弓士ブリンドに聞いた。情報収集というわけではなく、睡魔を払う程度の目的だ。
「何年になるかな」
「オレは10年だ」
「ブリンドが10年なら、おれは12年になるのかな。結構経ってんな」
「2人ともベテランですね。ぼくたちはまだ1年程度の駆け出しですよ」
「謙遜するなよ」
ニヤッとバルデスが笑う。額から頬にかけて大きな傷のある彼が浮かべる笑みは、喩えようのない凄みがある。が、怖さは感じられない。
「謙遜なんて」
「1年ハンターをやって生き残れたら、もう一人前だ。それにマルチェルは“人”を視る。人格や性格もだが、実力も見るんだよ」
「そのマルチェルが認めるだけの実力があるということ」
バルデスもブリンドも、レイトがまだ子供だからといって侮ることなく、一人前のハンターとして対等に見てくれるようだ。
「ありがとうございます」
レイトは2人に素直に礼を言う。
「調子に乗らないようにな」
「はい、判ってます。ボクの目標はまだまだ遠いから」
レテールの嗜める声にも、レイトは笑顔で頷く。
「厳しいねぇ。坊主の目標って、なんだ?」
バルデスが聞いた。
「取り敢えずの目標は、剣で姉様に勝つことですね」
「剣でって……そっちの姐さんは魔術士だろう?」
「姉様は剣も使えるんです。ボクの剣は姉様から習いましたから」
「ほお? 魔術士なのに、子供とはいえ剣士よりも剣を使えるというのも凄いな」
「嗜み程度だよ」
「そうか? ……なあ、あんたたち、この仕事が終わったら《雷獣》に入らないか?」
「断る」
突然のスカウトに、レテールは即答した。
「少しは考えてくれても……2人だけってのは何かと大変だぞ? 坊主もそう思わないか?」
バルデスはレイトにも振ったが、彼も笑顔で頭を横に振った。
「お申し出はありがたいですが、ボクたちにはボクたちの道があるので」
「そうか。まあ、人にはそれぞれに事情があるからな、無理は言わない。が、その気になったら《雷獣》はいつでも歓迎する」
「ボークルさんに言わずにそんなこと決めちゃって、いいんですか?」
「構わんさ。奴だって同じことを言うだろうよ」
レイトに答えたバルデスはニヤリと笑った。
その夜の最後のシフトは、ソールとエバ、それに《雷獣》の槍士ビランザが務めた。
「あんたたち、あの2人とは別パーティーなんだってな」
ビランザが、焚き火に薪を追加しながら言った。
「オレたちは4人でもいい、いや、4人の方がいいんだけどね、レイトもレテールもなかなか首を縦に振ってくれなくて」
「つまり、絡んでいるのか。レテールがお前を見る目が冷たい理由は判ったな」
「ほんと、虫ケラを見るような目をしているもんな。あれにはちょっと傷つくよ」
「あんたが絡むからだろう。……あんたたちはずっと2人でハンターをやっているのか?」
答える前に、ソールは一瞬だけエバと視線を交差させた。
「まあ、そんなとこ。オレも魔術にはそこそこ自信があるし、エバの剣の腕も確かだからね。2人でも十分な稼ぎはあるんだが、やっぱり2人だけだとね。たまたま、レイトとレテールを見つけて粉かけてるってとこ。あっちだって困ることはあるだろうし、すぐにパーティーを組めると思ったんだけど、ぜんぜん振り向いてもらえない」
「あんまりしつこくすると、嫌われるぞ」
「嫌われるのも困るんだけどなぁ。まあ、頑張るさ。アンタたちは、ずっと6人で?」
「いや、そんなことはない。いなくなった奴もいれば新たに加入した奴もいる。ハンターパーティーだからな、そんなもんだ」
「む」
ソールが警戒する。
「なんだ?」
エバとビランザも即座に立ち上がり、それぞれの武器に手を掛ける。ソールは闇をジッと見つめるが、やがて身体の力を抜いた。
「大丈夫だ。鼠か何かだろう、小動物がオレの探査に引っかかったんだが、逃げた」
「そうか」
ビランザは再び腰を掛け、得物の槍を置いた。
「いつも言っているでしょう? 何かあれば警戒するだけじゃなく知り得た情報を簡潔に伝えて。それで、こっちの初動も変わるんだから」
エバはソールに文句を言う。
「悪い、気を付けるよ」
ソールはエバの苦情を軽く受け流した。
間も無く、初日の夜が明ける。




