033 押し掛け同行者
レイトとレテールは予定を繰り上げて、1泊しただけでロンテールの町を発つことにした。南へ向かう商隊の護衛依頼でもあればそれを受けるつもりだったが、ロンテールを訪れるほとんどの商隊は連れて来た護衛に帰路も頼むし、ロンテールを拠点とする商隊は数少ないので、適当な依頼がなかった。
2人はこれまでも獣や魔獣を狩って、その素材を売って路銀を稼いでいたので、今までとあまり変わらない旅になる。変わることといえば、辺境から遠ざかるので魔獣の割合が減ることくらいか。その分、魔石の入手が面倒にはなるが、旧魔王領の最奥地から帰って来た2人は十分な量の魔石を持っている。
2泊すると言ったのに1泊で宿を発つことに女将は少し驚いたものの、ハンターが予定を変えることは珍しくもない。女将は予定変更を疑問に思うこともなく、2人を送り出した。
レイトとレテールは町を出て、南へと向かう。
「そう言えば、この子に名前付けてないね」
手綱を握るレテールの前で、レイトが魔馬の首を撫でた。旧魔王領で買って以来ずっと2人の足として働いてくれている魔馬だが、それから3季ほど経った今も、名前はない。
「言われてみるとそうだな。これまで名前を呼ぶようなこともなかったし」
「もうこの子もボクたちの仲間なんだから、名前があった方がいいよ」
「それなら、レイトが付けてあげればいい」
「そう? それじゃあ、えっと……」
レイトは前を向いてしばらく考えてから、馬上でレテールを振り返った。
「シュバル、はどうかな?」
「シュバルか。いいんじゃないか」
「姉様、本当にいいと思ってる?」
レイトが、本当に考えているのか疑うような視線でレテールを見上げた。
「レイトの考えた名前が気に入った、と言っているだけだ。気にするな」
「そう? じゃあ、姉様もいいなら決定するね。お前の名前は今日からシュバルだ。自分の名前なんだからしっかり覚えてね」
レイトが馬首を軽く叩くと、魔馬改めシュバルはブルルンッと嘶いた。
2人を背に乗せたシュバルは、どこまでも続く街道を、蹄の音を立てて歩いて行く。
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昼頃に休憩をとってシュバルを休ませ、2人も昼食を摂った。
「やぁ、ちょっといいかな」
街道を外れて休憩していたレイトとレテールに、ロンテール方面からやって来た男女の2人連れの旅人が声を掛けた。2人とも乗っていた馬から下りて、その手綱を引いて街道を外れ、レイトたちに向かって歩いて来る。
パッと見たところ、ハンターか傭兵か、と言ったところだ。2人ともに革の胴衣を着けてマントを肩にかけ、女は腰に剣を、男はワンドを下げている。女が剣士で、男は魔術士だろう。
「何だ?」
レテールがレイトの前に出て、2人に対応する。
「そう気色ばむなって。あんたたち、2人でハンターをやっているんだろう? オレたちも2人で活動しているんだが、2人きりだとキツいこともあってね。どうだろう、オレたちと組まないか?」
「断る。私たちは2人で十分にやっていける」
男の誘いを、レテールは即時に断った。
「おい、考える素振りくらいは見せてもいいだろ」
「判っている答えに時間をかけても仕方がないだろう? レイト、行くぞ」
「はい、姉様」
2人を歯牙にも掛けないレテールに文句を言う男だったが、レテールはそれも柳に風と流した。昼食も終わって歩みを再開しようというところだったので、レイトもレテールに返事をして、シュバルの手綱を引く。
「ちょっと、話くらい聞いてくれてもいいでしょう?」
剣士の女がキッとレテールを睨む。しかしレテールは鼻で笑うばかりだ。
「あんたたちは2人じゃ足りないと感じているんだろうが、私たちは2人で十分だと言っているだけだ。仲間を探すなら他を当たれ」
「いや、ちょっと待てよ」
「待ちなさいよっ」
呼び止める2人を無視して、レテールは先にシュバルに乗っていたレイトの後ろに飛び乗り、鎧をシュバルの腹に軽く当てる。シュバルは街道に向かって歩き出した。
男女のハンターも慌てて自分の馬に乗り、レイトたちを追い掛ける。
「待てって。アンタたち、ミナンディアの方に行くんだろう? オレたちもだ。仲間になるかどうかはともかくとして、方角が同じなんだから連れ立つくらいはいいだろう?」
男はシュバルに馬首を並べて言った。女は男の向こう側、やや後ろに馬を並べている。
レテールはチラリと男を見ると、気付かれないように溜息を吐いた。
「好きにしろ」
それを同意と取った男は、ニヤリと笑った。
「方角が同じ間だけでいい、よろしく頼むよ。オレはソール、魔術士だ。こっちの女剣士はエバだ」
「……よろしく」
エバと紹介された女は、面白くなさそうに挨拶した。
「……レテールとレイトだ」
レテールは、無表情で前を向いたまま名乗った。
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その日の夕刻には次の町に到着したレイトたちは、ハンターギルドに顔を出して掲示板だけ確認した後、宿を取った。ロンテールの宿屋と違い、食堂もあるので食事のために外に行く必要もない。
ソールとエバは当たり前のように、レイトとレテールと同じ宿に部屋を取り、夕食もレイトたちのテーブルに同席した。レテールは嫌な顔をしたものの、2人を遠ざける労力をかけるのは無駄だと判断したのか、拒否はしなかった。
「正直な話、稼ぐだけなら辺境、旧魔王領から離れない方が実入りはいいんだけどな」
レイトたちの警戒を解くためか、ソールは良く喋った。
「ただ、王国の方針転換をみると、考えるわけよ。そのうち、辺境に滞在しているハンターに傭兵のような仕事を強制されるんじゃないかってな。そんなのはごめんだからな、今は少し旧魔王領から離れよう、と思ったわけよ。アンタたちもそうだろう?」
ソールの問いかけに、レテールは手にしたフォークを軽く上げただけで、肯定も否定もしなかった。ソールは特に気にしたようでもなく、先を続ける。
「だからと言って、ランゼ陛下の方針に異を唱えるわけじゃないぞ? 真の魔王の討伐は必要なことだからな。旧魔王領の囲い込みが妥当かどうかオレには判らない以上、反対する理由はない。
だがね、対人戦、この場合は対魔人戦になるのかな、それに駆り出されるのはちょっとな、ってわけよ。オレもエバもハンターだ、傭兵じゃあない。傭兵なら対人戦は専門だろうが、ハンターが主に相手するのは野獣だからな。魔人相手じゃ大した戦力にはならない。だから、魔人の相手をさせられる前に尻尾を巻いて逃げ出すわけよ」
「ボクたち……」
レイトが言いかけて、すぐに口を噤んだ。少し時間をおいて、改めて口を開く。
「ボクなんてハンターとしてまだまだ未熟だけど、それでも徴兵されると思います?」
「その辺りは判らん。まだハンターの徴発が始まったわけではないしな。しかしアンタよりも小さい子供でも、兵士として駆り出されることは珍しくはないんだ。歴史を見ればね。覚悟はしておくべきだろうな」
「……歴史、か。あんた、ハンターとしては学があるんだな」
探るようにレテールが言った。
「やめてくれ。国の争いごとに巻き込まれるのはごめんだからな。巻き込まれないように歴史から学んでいるだけだ」
「……そうか」
それ以上の追及はレテールもせず、その後もソールは話しを続けた。
夕食を摂った後、レイトとレテールは部屋に籠った。夜も更けてきたので、後は寝るだけなのだが。もちろん、ソールとエバは別の部屋だ。
「姉様は、あの2人は追手だと思う?」
「まだ解らない。警戒はしておいた方がいいだろう」
「それはそうだけど、大丈夫? あの2人が接触して来てから、ずっと結界を張っているよね?」
街道脇で声を掛けられてからというもの、レテールはソールとエバを監視するように、探査結界を張っている。2人が不審な行動を取ってもすぐに対応できるように。
もちろん今は、遮音結界を張って声が漏れないようにしている。
「大丈夫だ。大分売り払ったが、魔石があるからな。それで結界を張っておけば、労力はない。範囲は50テール弱になるが、十分だろう」
「姉様に負担がないならいいけど。……こんな心配がない分、旧魔王領は気楽だったね。別の気苦労はあっても」
「そうだな。ミナンディアに入るまでは、気を抜かない方がいいだろう」
「うん。この町はすぐに出る?」
「いや、急ぎすぎても不自然になる。2、3日はここでハンターとして活動してからかな。明日、改めてギルドに行って、依頼を確認してみよう」
「判った」
相談を終えたレイトとレテールは、翌日に備えて早めに床に就いた。




