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魔王の仇し草  作者: 夢乃
第2章 大陸南方編

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032 次の行き先

「旧魔王領の現状と言ってもな。私たちもほとんどはこちらの森で過ごしていたし、それほど奥地までは入っていない」

 レテールはヴァイスの真意を警戒するように、慎重に答えた。それに対し、ヴァイスはニヤリと笑みを浮かべる。


「そう警戒しなさんな。魔王が斃されたとはいえ、旧魔王領の調査は進んでいない。つまりだ、今は旧魔王領の情報は何でも欲しい。2人が長い期間、旧魔王領に出入りしていたのなら、他のハンターとは比べ物にならない情報を持っているだろう? こっちとしては、それを欲しいわけだよ」

「……」

 レテールは探るような視線でヴァイスをじっと見つめた。ヴァイスは目を逸らさずにレテールの言葉を待っている。

 しばらくの沈黙の後、レテールは徐に口を開いた。


「まあ、他のハンターが知らないだろうことをいくつか手に入れたのは確かだな」

「それを教えて欲しい。報酬は、これでどうだ」

 ヴァイスは、先ほどレテールが情報量として出し、そのままテーブルに載っていた10万ドリン金貨を、レテールへと滑らせた。


「……まあ、いいだろう。

 この3季、何度も旧魔王領に入った。時によっては数日かけて奥まで行ったな。魔獣の分布はこの辺りとそう変わらない。いや、魔獣だけで見れば多いが、こっちには普通の獣もいるからな。

 それから、魔人とも出会った」

「魔人と?」

「ああ。復興を進めている旧ロンテールの町があるだろう? あそこから2~3日さらに奥に行った場所に魔人の村があった。規模は小さいが外壁もしっかりしていたな。魔獣に襲われることもあるんだろう」

「魔獣は魔人も襲うのか?」

 ヴァイスは意外そうな声を出した。


「それはそうだろう。魔人と魔獣はいわば、人間と獣の関係だ。猛獣が人間を襲うのと同じだ」

「言われてみるとそうか。それで魔人はどうだったんだ? 人間に対して敵対的か? 中立か? さすがに友好的までは言えないと思うが」

「全体的に見れば、中立と言ったところだ。ただ、中には人間に対して怨みを持っている者もいる。大抵は睨まれるくらいだが、中には後先考えずに襲ってくるようなのもいたからな、魔人たちと交流するなら、最初は注意が必要になるだろう」

「それはそうだろうな。だが、概ねは中立か。敵対している方が多いと思ったが、そうでもないんだな。それで、その魔人の村の場所は、どの辺りだ?」

 キランッと光ったヴァイスの視線を、レテールへ軽く受け流した。


「それは教えられないな。教えても良かったんだが、先のローランディア王国の政策変更を聞いて、教えられなくなった。数は少ないが、魔人の友人もできたんでね。私の情報を元に魔人の村が襲われたら堪らない」

「喋らなければその心配はない、か。先にあんたの話を聞いておくんだったな。しかし、王国も旧魔王領に攻め入るわけではない。旧魔王領との通行を監視・制限するだけだ。場所を知っても問題はないんじゃないか?」

「ローランディアがラビトニア王国まで手中に収めたら、また政策が変わらないとも限らない。危険は犯せないな」

「ふうむ。仕方がないか。しかし……」

 ヴァイスがジロッと2人を見た。


「3季もの間、一度も帰らなかったんだ。実のところ、その村1つではなく、もっと奥地に踏み込んで別の村や町も見つけているんじゃないのか?」

 思い当たることのあるレイトは、ビクッと震えそうになる身体を押さえて、隣のレテールをこっそりと窺う。

 レテールはと言えば、涼しい顔のままだ。


「町や村はそれだけだ。だが……」

「だが?」

「魔王に関する情報を手に入れた」

「何だと!?」

 ヴァイスは椅子から腰を浮かせて、身を乗り出した。その勢いに、レイトは思わず身を引く。


「慌てなくても話すから落ち着け」

 レテールが落ち着き払って言うと、ヴァイスはややきまり悪そうに椅子に座り直した。

「すまん。魔王の情報はずっと集めているんだが、今までまったくなかったからな。初めてのことで興奮しちまった。それでどんな情報だ? エルテリス元王太子と護衛騎士の目撃情報でもあったか?」

 ヴァイスの言葉に、レイトはついっと目を伏せた。


「いや、そうじゃない」

 レテールは『この先は内緒だ』とでもいうように、身を乗り出してヴァイスの意識を自分に向ける。

「魔人たちに聞いた話では、魔王は今も存在しているようだ。いや、覚醒している、と言うべきかな」

「覚醒している?」

「ああ。魔人たちは、魔王の存在、気配とでもいうのかな、それを感じ取れるらしい。剣士ランゼの手で魔王が斃されてしばらくは魔王の気配はなかったが、しばらくしてから復活したようだ」

「復活? 斃された魔王が甦ったとでも言うのか?」

 ヴァイスは眉間に皺を寄せた。


「どうも違うらしい。魔王討伐前に比べて、魔王の気配はかなり弱いそうだ。意識しなければ忘れてしまうほどに」

「つまり、甦った、いや、新たに覚醒した真の魔王は弱いということか?」

「そうとも言い切れないようだ。私たちが数日間、旧魔王領に滞在できたのは、私が瘴気結界を張っていたからだ」

「奥まで入らなければ数日程度は魔人化しないだろうが、結界を張るに越したことはないな」

 ヴァイスが確認するように口を挟む。


「ああ。魔人化するまで正確な時間が不明な以上、結界は必要だと判断した。それで判ったことだが、魔人が瘴気結界に入って瘴気を遮断すると、魔王の気配を断ち切れるらしい」

「それは本当か!?」

「私が自分で体験したわけではないからな、そう聞かれても困るが、魔人たちも嘘を言う必要もないだろう」

「確かにな」

「そこからの推測になるが、魔人が魔王の気配を感じ取るのは瘴気の濃度が重要になっていると考えられる」

「どういうことだ? いや待て。つまり魔王は瘴気濃度の濃い旧魔王領の中にはいない、だから気配も弱い、とそういうことか」

「そうだ」

 ヴァイスの言葉にレテールは鷹揚に頷いた。


「なるほどな。魔人たちは魔王の居場所は知らなかったのか?」

「ああ。気配を感じるといっても、距離も方角も判らないようだ」

「そうなのか」

「ああ。それに以前は、魔王に操られていた、と言っても『人間を見たら襲え』程度のようだが、今はそういった命令はされていないようだ。先のことは判らないが」

「ふむ。纏めると、真の魔王は覚醒している、まだ旧魔王領には入っていない、今のところは魔人に対する命令はない、というところか」

 ヴァイスは顎を撫でながら確認するように言った。


「そういうことだ。それから、魔人たちには瘴気結界を教えた。時間はかかるだろうが、この先、魔王の影響を受けなくなるだろう」

「瘴気結界を? 何故、魔人がそれを必要とする? いや、そうか。魔人も魔王を快く思っていない、ということか」

「そうだ。魔人は魔王の命令には逆らえないが、それが不快らしい。瘴気結界を覚えるのは難しいが、魔術具に仕込めば誰でも使えるようになるからな」

「しかし……それには時間がかかるだろう?」

「ああ。だからすべての魔人が魔王の影響を受けなくなる、とは思わない方がいい。ただ、魔人たちがその手段の1つを手に入れた、というだけだ」


「なるほどな。助かった。真の魔王の現在地の情報はなくとも、この情報は重要だ。礼を言う。ありがとう」

「礼はいい。報酬は戴いているからな」

 礼を言うヴァイスに対し、レテールはテーブルの上の大金貨を手に取り、指でピンッと弾いて改めて手に握り込んだ。


「確かに、ハンターに対する礼は報酬だな」

 ヴァイスはニヤリと笑うと、テーブルの上の書類の中から白紙を探し出すと、さらさらとペンを走らせてから、レテールに差し出した。

「帰りにそれを受付に提出してくれ。追加で大金貨1枚、10万ドリンの報酬を上乗せしよう」

「え。そんなにいいんですか?」

 レイトが声を上げた。レイトとしてもローランディア王国の近況の裏情報を聞き、それと相殺くらいに思ったのだが。おまけに、レテールはすべてを話したわけでもなければ、一部を改変して話してもいる。その後ろめたさが、レイトに思わず声を上げさせた。


 しかし、レテールは澄ましたものだ。

「旧魔王領を数日単位で何度も探索して得た情報だ。それくらいは貰わないと割に合わないからな」

 ヴァイスの差し出したメモをさっと確認して、レテールはそれを隠しにしまった。


「用はこれで終わりだな。これで失礼する」

 レテールが立ち上がると、レイトも慌てて立ち上がって頭を下げた。

「ありがとうございました」

「こちらこそ、助かった。また旧魔王領や魔王に関する情報があれば高く買い取るから、よろしく頼む」

「ああ、その時はまた来る」


 立ち去るレイトとレテールを見送ったヴァイスは、少し考えてメモを書いてから、ハンドベルを鳴らして職員を呼んだ。

「何でしょう?」

「こいつをギルド長に頼む」

「はぁ、それくらい自分で行ってくださいよ。わたしだって暇じゃないんですから」

 プリプリしながらも女性職員はヴァイスの差し出したメモを受け取った。


「悪いな。今度、夕食でも奢るから」

「要りません。それより給料を上げてください」

「はは、考えておこう」

「よろしくお願いしますよ」

 部屋から出て行く職員を見送って、ヴァイスは今聞いた話の要点を纏め始めた。



────────────────────────



 ハンターギルドを出たレイトとレテールは、真っ直ぐに宿に戻った。


「随分と状況が変わったが、どうする?」

 レテールの張った遮音結界の内側で、彼女はレイトに尋ねた。

「今まで以上に、アイツを1人だけ呼び出すのは難しいよね」

「事実上、不可能だろうな」

「うーん、ちょっと待って。考えてみる」

 ベッドに座ったレイトは、腕を組んで考え込む。レテールは向かい側のベッドに座り、レイトが口を開くのをじっと待った。


 しばらくして、レイトは頭を上げた。

「ミナンディアを頼ろうと思う」

「ミナンディア王国?」

「うん。ミナンディア王国には叔母様が嫁いでいるし、上手くすれば力を貸して貰えると思う」

「いいのか? 悪くすれば戦争になるぞ?」

「でも、このまま放っておくわけにはいかない。もうぼく1人の問題じゃないもの。止めないと、きっととんでもないことになる」

 キッと前を見据えて、レイトは言い切った。レテールはじっと彼の強い視線を受け止めていたが、つと、ベッドから立ち上がると、レイトの前に膝をついた。


「殿下の御心のままに。私はどこまでも殿下を御守りします」

「うん、頼りにしている」

 レイトはベッドから立ち上がり、自分の前に跪いているレテールの頭を軽く撫でた。


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