031 ローランディア王国の現状
「……ト、レイト」
掲示板の前でレイトは固まったレイトは、レテールに肩を強く掴まれ、その痛みで名前を呼ばれていることに気付いた。
「コル……ん、姉様、大丈夫、大丈夫です」
レイトはレテールを振り返り、力無く微笑んでから、また掲示板に向き直った。
掲示板には、ローランディア王国によるノーザリア王国武力併合の1つ前と思われる情報があった。
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ローランディア王国新国王ランゼ陛下
旧魔王領包囲網を提言
前国王ルティエス陛下亡き後、その後を継いで戴冠した新国王ランゼ陛下は、真の魔王と旧魔王領を断絶すべく、旧魔王領に隣接するノーザリア王国とラビトニア王国に対して軍事協力を求めた。
しかし両国は、ランゼ陛下の提案に異議を立て、ローランディア王国が強硬策に出るようなことがあれば迎え撃つ準備がある、と表明した。
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さらによく見れば、真の魔王・元王太子エルテリスの手配書には、前国王ルティエス殺害の嫌疑が追加されている。
レイトとレテールが旧魔王領に入っている間に、ローランディア王国では大きな変化があったようだ。
「……一先ず、状況を確認しよう」
「……姉様。はい、そうですね」
レイトは掲示板を睨んでから、レテールと共にギルドの受付へと向かう。
「はい、ご用件は何でしょうか?」
「ここ3季ほどの王国の状況を教えて欲しい」
「王国の状況、ですか?」
受付嬢が首を傾げる。普通はこんな依頼をする者はいないだろう。それが、情報に敏感なはずのハンターともなれば尚更だ。
「しばらく、旧魔王領近くの森で野宿していたからな。人里に戻って来たのは久し振りなんだよ」
「そうでしたか。座って少々お待ちください。担当の者に連絡しますので」
受付嬢はサッとメモを書くと、別のギルド職員に渡した。メモを受け取った男性職員はそれに目を通すと、ギルドの奥へと入って行く。
レイトとレテールは、壁際のベンチに座ったが、待つほどもなく先ほどの男性職員が戻って来た。
「レテールさん、レイトさん、こちらへどうぞ」
「奥で話をするのか? 国の近況を聞ければいいのだが」
「有料の情報をご所望になるかも知れませんから」
つまり、外にはあまり出ていない情報が『ある』ということになる。2人は顔を見合わせてから、職員の後についてギルドの奥へと行った。
2人が通されたのは、ギルドの2階の応接室、あるいは会議室のような部屋だった。それほど広い部屋ではなく、テーブルの両側に3脚ずつの椅子が並んでいる。椅子の1つに男性が座り、テーブルに載せられた書類を見ている。
案内して来た職員は部屋に入らずに外からドアを閉めた。
「2人とも座ってくれ」
書類を置き、横柄に言う男性の言葉に従って、レイトとレテールは男性の向かい側の椅子に座った。
「俺はこのギルドの副長、ヴァイスだ」
「レテールだ」
「レイトです」
ハンターギルドのナンバー2が出てきたことに驚いたものの、レテールは平然と答えた。レイトは驚きを隠しきれていない。
「さてと、ここ3季のローランディア王国の状況を聞きたいんだったか」
「はい。特に王家の変化を」
レイトがやや前のめりに聞いた。レテールがレイトの足を軽く突つき、レイトはコホンと軽く咳払いして姿勢を戻した。
ヴァイスは興味深そうな視線を2人に送りつつ、徐に口を開いた。
「王家の話か。3季前というと、魔王討伐を成し遂げ王女と婚約した勇者ランゼが、次期王位を継ぐことが正式決定された辺りまでは知っているな」
レテールは頷いた。レイトは膝の上でギュッと拳を握り締めている。
2人の反応を窺いつつ、ヴァイスは言葉を続けた。
「2季ほど前だったか、先王陛下が崩御なされ、勇者ランゼが王代理として立たれた。それから1季ほどの後にリンゼーナ王女殿下との婚姻が結ばれ、その時に正式に王位に就かれた。同時に、真の魔王に対抗するための戦略を発表している」
「その内容は?」
レテールが聞く。
「先王ルティエス陛下が進めていた、魔人との融和策を否定するような策だ。旧魔王領を封鎖し、人の出入りを禁止する。封鎖を行うのは旧魔王領に接する3国の軍で行い、総指揮権はランゼ陛下に集約する、というものだ」
「なんだそれは?」
思わず、といった風にレテールの口から言葉が漏れた。
「俺も聞いた時はそう思ったし、ラビトニア、ノーザリアの両国の首脳陣も呆れただろうな。しかしローランディアが公式に宣言した以上は無視するわけにいかなかったんだろう、両国はそれぞれ、ローランディアに対して正式に非難する声明を出した。
それを受けたランゼ新王は、ノーザリアに軍事侵攻した。3国の軍事力はローランディアが頭1つ抜けていると言っても、全軍で侵攻するわけにはいかないし地の利もある。国内でもローランディアの敗戦を予想する声が多数派だったが、現実は見ての通りだ。掲示板は見たんだろう?」
「ああ、見た。たった3季で情勢が激変したんだな。町に入る前に櫓が建っているのを見たんだが、旧魔王領との通行を監視するためか」
レテールは返事の後に、思い出したように付け加えた。
「そうだ。とは言ってもまだ触れが出て日も浅いし、旧ロンテールの復興計画もある。現時点ではポーズだな。他の町は知らんが」
ヴァイスはニヤリと笑いながら答えた。彼も新国王の対魔王政策を快く思っていないようだ。
「……元王太子エルテリスの手配書に、先国王殺害の嫌疑が加えられていたが、事実なのか?」
少し考えた後、レテールは次の質問をした。
「見ての通り、手配書に加えられたことは事実だ」
「そんなわけないっ!!」
「レイト、落ち着け」
勢い良く椅子から立ち上がって拳を握るレイトの肩に、レテールが手を置いた。レイトはレテールを見てから深呼吸し、「すみません」と謝罪して座り直した。
「王城には魔力結界もあるのだろう? 警備も厳重だろうし、魔王とはいえ子供1人が忍び込んで国王を殺害する、などということが可能なのか?」
レテールが疑問を呈した。それに対して、ヴァイスはお手上げのポーズを取る。
「さあな。俺も見たわけじゃないからな。しかし、王宮はそう発表している、と言うことだ」
答えるヴァイスをじっと見たレテールは、隠しから取り出した1枚の10万ドリン金貨をテーブルにパチンッと置いた。魔王城からの帰路で集めた魔獣の素材や魔石を売り払ったばかりなので、今の資金は潤沢にある。
「これで知っていることを洗いざらい話してもらおう」
「おいおい、それじゃあ悪人の物言いだぜ。まあ、情報料を貰えるなら構わんがな」
ヴァイスは苦笑いを浮かべながら、テーブルの上の金貨を手に取り、魔力を流して大金貨であることを確認すると、指で弾いてテーブルに戻した。
テーブルの上で震える金貨が動きを止める前に、ヴァイスは口を開いた。
「俺の入手した情報によると、先国王は就寝中に王城に忍び込んだ賊により亡くなられたらしい」
「でも、忍び込むってどうやって……」
言いかけるレイトを、ヴァイスは軽く手を上げて止め、先を続けた。
「忍び込んだ賊というのは人ではない。犬だ。魔犬だったらしい。魔犬だろうと王城にはおいそれと忍び込めるものではないが、穴を掘って城壁の下を潜り抜けたようだ。
先国王の寝室に忍び込んだのが魔犬だったことから、覚醒した真の魔王が操って殺害した、と断定したらしいな」
レイトが膝の上で拳をギュッと握り締める。
レテールは、テーブルの下でレイトの手に軽く手を重ねて落ち着かせながら、口を開いた。
「それは解った。もう1つ、ローランディアがノーザリアに勝利した理由は? 先ほどの貴方の話では、下馬評ではローランディアがやや不利と聞こえたが」
「その通りだ。両国の軍はノーザリアの辺境で対峙した。当初は一進一退で進んでいたが、数日してからローランディア軍が一気にノーザリア軍を蹂躙した、ということだ」
「突然、戦局がローランディアに傾いたということか? 何があった?」
聞いただけでもありえない状況に、レテールが問う。
「有料分はここからだ。戦場はさっき言ったように辺境、つまり旧魔王領に近い場所だった。両軍が対峙している所に、旧魔王領から現れた魔獣の大群がノーザリア軍に襲い掛かり、それで形勢が一気に傾いたらしい」
「魔獣? それはローランディア軍には襲い掛からなかったのか?」
「そのようだ。もちろん、両軍の乱戦になっている前線ではそんなことはなかったが、ノーザリア軍は前線から後詰め、輜重部隊にまで全域に渡って魔獣に襲われ、ローランディア軍どころじゃなくなったようだ」
「そんなことが……」
レイトが呟いた。
「そうしてノーザリア軍が潰走した後、勢いに乗ったローランディア軍は魔獣も一掃、そのまま一気に王都まで陥したということだ」
「……まるで、ローランディア軍が魔獣と共闘していたように聞こえるな」
「共闘していたのかどうか、実際のところはわからん。事実としては、魔獣が乱入し、ローランディア軍が駆逐した、それだけだ」
「……そうだな」
レテールは少し考えてから、頭を上げた。
「助かった。ありがとう」
「ありがとうございます」
レテールに続いてレイトも礼を言った。
「まあ待て。こちらも聞きたいことがある」
立ち去ろうとするレイトとレテールをヴァイスは引き留めた。
「聞きたいこと?」
「そうだ。2人は長いこと旧魔王領にいたそうだな。旧魔王領の現状を聞きたい」




