029 魔都からの旅立ち
「で、できた……」
レイトたちが魔王城に逗留するようになってから、およそ1季と2旬(約2ヶ月)。ディーゼが瘴気結界の魔術具を作れるまでになった。
「ディーゼが他の人のためにこれからも魔術具を作っていくなら、何個も作って安定した品質で作れるように精進するといい」
「うん。少なくとも村のみんなの分はアタシが作りたいから、頑張るっ」
レテールが微笑むと、ディーゼは拳を握り締めて奮起した。
これには、瘴気結界の魔術具を作るために一緒にレテールの講義を受けた魔術士や魔術技士たちに、発破をかけることになった。何しろ、ディーゼはほんの2季少し前には、発火や発光などの簡単な魔術しか使えなかったのだ。本職の魔術士や魔術技士が、素人に負けるわけにはいかない、と彼らも奮起している。
現時点で、瘴気結界の魔術具を作れるのは、ディーゼとノルンの他には魔術士が2人と魔術技士が4人。他に9人が製作中だ。
まだ製作できていない魔人たちのうち、魔術士は魔術陣の形状を維持したまま魔石サイズに小型化するのに手間取っている。対して魔術技士は、瘴気結界や魔術陣の会得に苦労している。
ノルンは人数をもっと増やして、瘴気結界の魔術具を一気に大量生産したいようだが、魔都や外郭都市の魔人たちにもそれぞれに生活がある。人口は多くても、いきなり別の仕事を割り振るにも限度があった。今後、ノルンの采配で少しずつ増やしていくことになるだろう。
「ディーゼが作れるようになったなら、私とレイトもそろそろ発つ頃合いだな」
「え? もう?」
「ディーゼが魔術具を作れるようになるまで、と言っておいただろう? 資料の閲覧も一通り済んだからな。まぁ、読めない資料の方がずっと多いんだが」
魔王が討たれてから始めた翻訳なので、読める資料は全体から見れば極めて少なかった。それなので、資料の閲覧と検討は1季もしないうちに終わっている。
「まあ、今日明日ということもないが、数日中には発つつもりだ」
「じゃあ、それまでにできるだけ魔術具の製作に慣れておこっと」
ノルンは一息入れてから、次の魔石を手に取った。
────────────────────────
キンッキンッ。
魔王城の闘技場に剣戟の音が響く。
「くっ」
力で押されたレイトが足を踏ん張って身体を支える。そこへ間髪を入れず、振り被った剣を振り下ろすソウガが迫る。
レイトは瞬間的に足を強化している魔力を増加、床を蹴ってソウガの剣を避け、腕の強化を強めて剣を横に薙ぐ。
「ちっ」
ソウガは振り返りながら、剣を振り上げてレイトの剣を弾く。レイトは弾かれた剣をクルッと回して握り直し、斬り上げる。ソウガは後ろに跳んでその攻撃を避ける。
レイトは足の強化を強めてソウガに肉薄、腕の魔力も増加して素早く剣を繰り出す。
「くっ」
キンッキンッキンッ。
ソウガはレイトの剣を弾く。難なくとはいかず、かなり押されている。それでも意地を見せて、レイトの攻撃の隙間を縫うようにして間合いの内側に潜り込み、攻勢に転じる。
が、レイトがソウガの視界から消える。
レイトは、ソウガの飛び込みの寸前に身体を低くし、強化した足で床を蹴ってソウガの後ろに回り込んだ。
ソウガはレイトの気配を察知して振り返り様に剣を振る。しかし、その動きがピタッと止まる。ソウガの喉元に、レイトの剣の切先が突き付けられていた。
「そこまでっ!」
闘技場の端からディアブルが鋭い声を飛ばした。レイトは剣を引くと、喜びに顔を綻ばせた。
「やったっ! 初めてソウガから1本取ったっ!!」
レイトは剣を握ったまま、両手を天井に突き上げて歓喜した。
「今はやられたけど、次もこういくとは思わないでよね」
ソウガは手にした剣を鞘に納め、ディアブルに預けていた剣を受け取りながら負け惜しみのように言った。しかし、その表情はどこか嬉しそうだ。
「はい、もちろんです。今だって何とかギリギリだったし」
レイトも剣を納めながら答えた。初めてソウガに一矢報いたことがよほど嬉しかったと見えて、頬が緩みっぱなしだ。
「マジやられたよ。明日からは本気出していいかな」
「はい、お願いします。まずはそれが目標でしたから」
明日からレイトは、双剣のソウガと手合わせをすることになる。それを何回できるかは定かではないが。
────────────────────────
レイトとレテールは、ディーゼが魔術具を作れるようになってから4日後、レイトがソウガから1本取ってから3日後に、魔王城を出ることにした。
「それなら、2人はしばらく残るのか?」
レテールがそれを魔人の2人に伝えた時、ディーゼは魔王城で魔術具を何個か作ってから帰ると言い、ディアブルもディーゼを1人で残しては行けないと残留を告げた。
「案内できずに済まないが」
「いや、通って来た町や村を逆に辿ればいいから、それは問題ない。それより、報酬を今のうちに払う必要があるな」
「報酬なんていいよぉ。魔術陣を教えてもらったんだから、それで十分だよ」
ディーゼは遠慮したが、レテールは首を振った。
「いや、2人の案内がなければ、魔都までもっと苦労しただろう。私たちでは魔人の常識も解らなかったからな。魔術陣を教えたくらいでは釣り合わない」
レテールは、皮袋を出してゴトリとテーブルに置いた。
「魔都に来るまでに貯めた魔石だ。換金すればかなりの額になるだろう。特に今、ここではノルンがいい値段で買い取ってくれる」
「え。それはいくら何でも多すぎるよ」
魔都に来るまでに狩った魔獣の魔石や素材は、レイトとレテール、ディアブルとディーゼで、半分に分けていた。だから、テーブルに出された魔石を見れば、それがレイトとレテールの持っている魔石のほとんどすべてだと解る。
「この量は多過ぎる。3分の2、いや、半分でもいいくらいだ」
ディアブルもディーゼに同意した。
「そうか? 換金の手間もあるから、これくらいは必要と思ったんだが」
「護衛だったらこれでも足らないくらいだが、同行だからな。これでは多過ぎる」
「しかし、乗って来た馬もあるだろう? あれも1頭貰っていきたいんだが」
「ああ、それもあったか。ここに滞在中の世話代も合わせると、これくらいの魔石が妥当か」
魔都まで乗って来た魔馬のことは、ディアブルの頭から抜けていたようだ。それでも、ノルンが高額で引き取ってくれるだろうことを考えると多いくらいだが、法外というほどでもないので、ディアブルとディーゼへの報酬はそれで決まった。
「色々と世話になった」
「どうもありがとうございました」
魔王城の入口に見送りに来たノルンに、レイトとレテールは別れの挨拶として礼を言った。
「いいえ、お役に立ったならば何よりです。むしろこちらこそ、色々とご指導いただきありがとうございました。魔術具を広められれば、人々も心から安心して暮らせるようになると思います」
「私たちにとっても利のあることだからな。むしろ、それで宿泊費を相殺してくれたのだからこちらの方が得をさせて貰ったよ」
「そう言っていただけると、こちらとしても助かります」
レテールとノルンは、互いに笑い合った。
「ディーゼとディアブルは、どれくらいここにいるの?」
「具体的には解らないけど、魔術具を安定して作れるようになるまで、かな? それができたら村に帰って、近くの村を回って魔術具を配っていきたいと思ってる。ノルンも人を集めてくれてるけど、辺境は後回しになるだろうし」
「オレはディーゼの子守りを続けるさ。人々が魔王の影響を受けなくなるのは願ったりだからな」
「もう、子守りって、アタシはそんな子供じゃないよ」
「あはは。ボクも応援してるよ」
ディアブルとディーゼのやり取りに、レイトは苦笑いで答えた。
ノルンとは魔王城の入口で別れ、ディアブルとディーゼは魔馬を預けている馬屋まで、レイトとレテールに付き合った。
馬屋で魔馬の1頭を受け取ると、2人は馬上の人となる。
「レイト、レテール、元気でな」
「ああ。ディアブルとディーゼもな」
「また会えるかな?」
「会えるよ。って言うか、落ち着いたら会いに2人の村に行くよ」
残る魔人たちと、旅を再開する人間たちが、別れを惜しみ、挨拶を交わす。
「それでは、またな」
「ああ、またな」
「元気でね」
「うん。2人も元気で」
最後はさっぱりと別れの言葉を告げて、レテールは魔馬の腹に軽く足を当てた。魔馬がカポカポと歩き出す。
「……魔人の友達ができるなんて、思いもしなかったよ」
レテールの前でレイトが言った。
「そうだな。そう言えば片手剣のソウガには勝てるようになったんだろう? 無理だと思っていたよ」
「なんとか、ね。双剣になったら手も足も出なかったけど。次はコ……姉様に勝てるように頑張るよ」
「そうだな……ソウガから1本を取ったなら、次からは魔術も加えた手合わせにするか」
「うん、そうして。アイツは魔術も使いそうだから」
「そうだな」
馬上でこれからのことを話しながら、2人は魔都の外を目指して行く。2人の思っていもいないことがローランディア王国で起きているとは夢にも思わずに。
第1章はここで終了です。
第2章は6/18から、毎週1回水曜日17:40頃投稿予定です。




