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魔王の仇し草  作者: 夢乃
第1章 魔王領編
3/40

001 辺境の町

 魔王討伐から4季(1年=8季なので、半年)が過ぎた。ここ、旧魔王領に程近い町・ロンテールは、来年に控えていた大移動の予定が破棄され、逆に新ロンテールから人々が戻って来て活気に溢れている。

 元々、魔王領というのは正確に定められたものではない。魔王の発する瘴気が溜まり、それが特に濃い地域を魔王領と呼んでいたに過ぎない。

 数百年にも渡って魔王が発した瘴気は広大な範囲に及び、しかも年々拡がっていたので、魔王領に近い町や村は十数年ごとに移動しなければならなかった。ロンテールもそんな町の1つだ。


 瘴気の濃い場所に長く留まっていると、その影響を受けて獣は魔獣に、人間も魔人へと変貌してしまう。見た目には皮膚や体毛がやや浅黒くなり、やや大柄になる程度だが、魔獣や魔人になると魔王の意思でコントロールされてしまう。そのため、魔王のいた時には魔獣が連携を取って人間を襲い、魔人たちも自分の意志に反して人間と敵対し、何人もの人々が犠牲になった。

 魔王のいなくなった今は、普通の獣と変わらないし、魔人も人間と変わらない。気性がやや荒くなっているので通常の獣よりは厄介だが、その程度だ。

 ただ、魔人たちを普通の人間と同じに扱うことは、魔王が斃れて間もないこともあって人々の気持ちとしてもなかなか難しく(奴らに親兄弟を殺されたんだ!)、魔人たちは旧魔王領の中で隠れるように暮らしている。


 魔王という瘴気の発生源がなくなったことで、瘴気の拡散も止まったことがわずか1季で確認され、近く移転する予定だったロンテールの町にも人々が戻っているわけだ。


 そんな賑わいを見せるロンテール、その街外れに近い所にあるハンターギルドは、今日も喧騒に満ちている。

 通常の獣と大差ないと言っても、気性の荒い魔獣は厄介な存在には違いなく、それに魔獣が死んだ後に体内に残る魔石は魔術具の材料として優秀だ。また、その皮も一般の獣と同じように使えるし、肉も普通に食肉として食べられるので、魔獣を狩るハンターの需要は魔王討伐前と変わらず大きい。

 また、魔獣と同種の獣が交わると、産まれてくる仔も瘴気に関係なく魔獣となるので、その意味でも間引いておくに越したことはない。

 そのため、この町の、この町に限らず旧魔王領に近い町のハンターギルドは、常に賑わっている。


 そのハンターギルドに、マントを羽織った2人の男女がふらりと入ってきた。ここでは初めて見る顔だ。風体からして、魔獣の肉や魔石の買い付けに来た商人などではなく、ハンターだろう。ギルドにいたハンターたちが値踏みするように二人を見る。


 紅い髪を肩口で切り揃えた蒼い瞳を持った女は、なかなかの美形だ。マントの上からでもスタイルの良さが見て取れる。残念なのは、右の頬の大きな傷だ。獣の爪などではなく、剣で斬られたもののようだ。かつて誰かと揉めたのだろうか。

 大きな荷物を背負い、それとは別にバッグも持っているが、油断のない身のこなしから、ハンター生活は長いように見える。マントの裾から、魔術士が打撃武器として良く持っているワンドが見えるので、おそらく魔術士だろう。


 男は、まだ小柄な少年だ。成人しているかも怪しい。女と同じ、紅い髪と蒼い目を持ち、額に鉢金を巻いている。背中に鞘に布を巻き付けた剣を背負っているが、身体に対してやや大きく見える。荷物は肩から斜めに掛けた背中に密着するバッグだけだ。

 女と違ってまだあどけなさは残るものの、蒼い瞳は鋭い視線を周囲に向けている。若いなりに経験は積んでいるようだ。

 2人の顔立ちはそれほど似ていないものの、髪と瞳の色からして姉弟だろう、と思える。


 2人は周りからの視線を気にするようでもなく、ギルドの中を見回し、掲示板を見つけてその前に行った。2人がまず見たのは、依頼掲示板ではなく情報掲示板だ。この町は初めてらしいので、ハンターとしては当然の行動と言える。

 ここの、ここに限らず旧魔王領に近い町のハンターギルドの掲示板に最も多い情報は、魔獣素材の需要に関する情報だ。当然、需要の高い物は取引額も上がる。旧魔王領に行けば魔獣は獲り放題と言っても過言ではないが、狩った魔獣をすべて運べるわけでもないので、ハンターたちは利益率の高い魔獣を狙う。そのためも、この情報はハンターにとって最重要とも言える。


 他にも、魔獣や通常の獣の分布変化や、国内外の政治・経済概況、この町にあるお薦めの宿や酒場の情報まで、様々な情報が貼られている。もちろん、遠方の情報は数日から数十日は古いし、表面的な情報だけで、詳細は然るべき報酬を必要とするものもあるが、その辺りも加味して現況を推測し、自分に必要な情報を取捨選択するのもハンターとしての技量だ。


 そしてもう1つ、重要な情報として賞金の付いている犯罪者の指名手配書も、ここに掲示されている。その中に、一際目立つ大判の手配書があった。



 エルテリス・ローランド

 12歳・男

 身長12テール

 金髪・蒼眼

 ローランディア王国元王太子

 真の魔王と目される人物

 国王側妃キュビーネ・ディ・ローランドを

 殺害して逃亡中


 コルテ

 18歳・女

 身長14テール

 紅髪・紅眼

 ローランディア王国元近衛騎士

 エルテリス元王太子の元護衛騎士

 エルテリスの逃亡に加担


(※1テールは約10cm強)



 女ハンターは何の感情も見せずにそれを見ているが、少年は、平静を装ってはいるものの、唇を強く引き締めている。

「アンタたち、この2人を狙ってんのか?」

 隣の依頼掲示板を見ていた男のハンターが、2人の新参ハンターに聞いた。

「運良く遭遇したら仕留めるが、狙っているわけではない」

 女の方が答えた。

「ま、そのくらいがいいだろうな。ここじゃ、旧魔王領に入れば魔獣を獲り放題だ。この4季、王国中で探しているのに見つからない人間2人を探すより、確実に稼げる魔獣を狙うのが利口ってもんさ。アンタらも、そのつもりでこの町に来たんだろう?」

「まあな。しばらくはここを拠点に、旧魔王領の魔獣で稼ぐつもりだ」

「あまり奥まで入り込まないように気を付けろよ。魔獣も危険だが、奥はまだ魔王の瘴気が強い。長居すると魔人になっちまうからな」

「そんなヘマは打たないさ。まあ、忠告は有り難く受け取っておく」

「お互い、長生きしような」

 男性ハンターは女の肩を馴れ馴れし気にポンと叩いて去って行った。


 その間、少年ハンターは手配書をじっと見つめていたが、女ハンターに肩を叩かれると視線を逸らした。


 掲示板から離れた2人は、真っ直ぐにカウンターへと向かった。

「買い取りを頼みたい。解体場は?」

「裏だが、ここでも買い取りはできるぞ。見たところ、そんな大きい荷物はないようだが。外に荷車でもあるのか?」

 女が言うと、カウンターで受け付けをしている男性職員は、2人を値踏みするように見て答えた。

「そちらがここでいいなら構わないが、解体場の方がいいんじゃないかな」

 女はそう言うと、手にしていたバッグをどんっとサイズに似合わない大きな音をさせてカウンターに置いた。蓋を開けると、男性職員が目を見張る。


「これは、熊、いや、魔熊か?」

 中には掌に載りそうなほどに小さい熊の死骸があった。首が胴体から離れているから、死因はそれだろう。

「見ての通りだ」

「圧縮魔術か」

「そうだ。このサイズまで縮めておくのは魔力がきついから、早く引き渡したい」

「それはそうだろうな。元はどれくらいのサイズだ?」

「ざっと10倍と言うところ」

「じゅう……」

 男性職員は絶句する。圧縮魔術を使えても、そこまで圧縮できる魔術士は少ない。


「解った。案内する。その前にハンター証の確認を」

「……これだ」

 女はバッグを閉じると、胸元から金属製のプレートを出した。少年もそれに倣う。2人はそれぞれのハンター証の角に埋め込まれている魔石に触れて魔力を通し、それが自分の物であることを示す。

 女の名はレテール、少年はレイト。名前の相似から、男性職員は2人が姉弟であることを確信する。


「いいだろう。これも規則でね。まあ、ハンター証がなくても買い取り価格が下がる程度なんだが」

「解っている」

「悪いな。……イーダ、この2人を解体場へ案内してくれ」

「はーい」

 男性職員は用紙に手早く必要事項を書き込むと、女性職員を呼んで用紙を手渡した。


「おい」

 イーダと呼ばれた女性職員がレテールとレイトを連れて裏手へ出ていくと、顔馴染みのハンターが受付に行った。

「圧縮魔術って、マジか?」

「事実だな。そうでないなら、熊の精巧な模型を用意したことになるが、そんなことをする意味がない」

「確かにな。大きさはどれくらいだ?」

「目測で2テールってところだ」

「言い値の通り10分の1に圧縮してたとすると、ざっと20テールか。魔熊なら大型でもないが、獲物としてはそれなりにデカいな」

 ハンターの目がギラリと光る。聞き耳を立てている他のハンターの目も。


 旧魔王領に入れば魔獣には事欠かないが、持ち帰れる量には限度がある。魔術で圧縮できればその量を増やせる=稼ぎが増えるということだ。圧縮しても重量は変わらないので、そこまで使い勝手がいいわけではないが、圧縮できるに越したことはない。

 ましてや、1/10に圧縮できるなど破格の遣い手だ。圧縮魔術を使える魔術士でも、その多くは1/3から1/4程度。1/2の圧縮比でも重宝されるのに、1/10なら引く手数多であることは疑いない。


「変なこと考えるなよ」

「考えるかよ。死体はどんな感じだったんだよ」

「綺麗なもんさ。あれは一撃で首を落としているな。まあ、圧縮されていたから小さい傷を見落としているかも知れないが」

「あんたの目を信じるよ。ってことは、まだガキに見えたが、あの剣士の方も腕は確かか」

「女の方が魔術で仕留めたのかも知れん」

「それもあるか。……どちらにしろ、欲しいな」

「だから、変なこと考えるなって」

「変なことなんざしないって。ただの勧誘だよ」

「ここではやめておいた方がいいぞ」

「何でだよ」

「ほら」


 受け付けの男が顎をしゃくったのを見て、ハンターは振り返った。部屋にいるハンター全員が、瞳をギラつかせていた。確かに、ここで勧誘などしたら、横槍が入ることは必定だ。勧誘なら、ライバルのいない場所でやるべきだろう。

「……そうだな。時と場所は考える」

「そうしてくれ。ギルド内で面倒ごとを起こしたら摘まみ出すからな」

 小声で答えた男に、男性職員はニヤリと笑った。


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