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魔王の仇し草  作者: 夢乃
プロローグ
2/39

+000 真の魔王は

「戦士ランゼとその仲間たちよ、よくぞ魔王を打ち倒し、帰還した。そなたらの偉業は未来永劫にまで語り継がれるであろう」

 ローランディア王国の謁見の間にて、国王ルティエスの声が重々しく響いた。玉座の前には、魔王城にて魔王を討った5人の戦士たちが跪き、首を垂れている。通常、謁見の間では王族の護衛騎士以外の武装は許されていないが、彼らはその功績により、またその功績を称える場でもあるため、特別に武器の携帯を許されている。

 広い謁見の間には王国の貴族たちが、この歴史的快挙を成した戦士たちに祝福を贈るべく集まっている。中には面白くない者もいるだろうが(たかがハンター風情が!)、それを表情に出している者はいない。




 実はランゼたちは、すでに数日前に国王ルティエスとの面会を終えている。もちろん、魔王の最期の言葉を報告するためだ。ランゼの報告を受けた国王と宰相、それに王国騎士団の団長と近衛隊長の4人は、魔王の遺したという言葉を吟味し、一旦は伏せることにした。もちろん放置するわけではなく、『真の魔王』の捜索を行う。ただ、魔王の言葉が正しければ『真の魔王』は人間の中にいると考えられ、探し出すのは困難を極めると思われた。

 それでもこの事実を伏せるのは、せっかく魔王を討伐したことで湧き立っている国民たちの意気を削ぐことになるし、人間の中にいると知れれば敵対者を魔王として告発するような莫迦も出てこないとは言えない。魔王が討伐されて国力を回復しなければならない今、そのような虚言にいちいち対応してはいられない。




 そして日を改め、今日の謁見となった。『真の魔王』とやらのことは公表できないが、逆に魔王討伐については大々的に喧伝する必要がある。特に、魔王領に接する国境線が最も長いローランディア王国としては、尚更だ。

「いえ、我らだけの功ではありません。魔王領で魔獣や魔人を相手に戦ってくれた騎士団の方々の助力がなければ、我らは魔王城への突入すらままならなかったでしょう」

 ランゼは、首を垂れたまま殊勝に答えた。


「それでも、其方らが魔王に引導を渡したことに相違はない。魔獣も統率された行動を取ることはなくなり、魔人も人間を無闇に襲うことは無くなった。これも魔王が討たれたことによる影響であろう。それも踏まえれば、其方らの功績は騎士たちよりも遥かに大きいことに、異論のある者はおるまい」

「今回の其方らの功績に対し、国王陛下から其方ら全員に我が国最高位の勲章、紫魂珠章を贈るものとする。剣士ランゼよ、前へ」

「はっ」

 国王に続く宰相マニストルの言葉に、居並んだ一部の貴族が騒めくが、それほど大きなものにはならない。彼らの功績を鑑みれば、当然とも言えるのだから。


 最初に名前を呼ばれたランゼが頭を上げ、国王の顔をまっすぐに見てその前まで歩く。国王も玉座から立ち上がった。

 向かい合った2人の横に侍従と宰相が立ち、侍従の捧げ持った盆に載せられている勲章の1つを宰相が取り、国王に渡す。

「魔王を討ち取った剣士ランゼに対し、ここに、紫魂珠章を授ける」

「謹んで、お受けいたします」

 ランゼが首を垂れ、その首に国王自らの手で勲章が掛けられる。集う貴族たちから拍手が送られる。


 拍手が治まると、国王は、さらに言葉を続けた。

「ランゼは魔王討伐を成したハンターパーティーのリーダーと聞く。さらに魔王に最期の一撃を与えたのもランゼとのこと。

 よってこの功績により、剣士ランゼには受勲に加え、ローランディア王国国王ルティエス・ディ・ローランドの名において“勇者”の称号を与え、さらに我が娘リンゼーナの夫として王家に迎えるものとする!」

 先ほどよりも大きな騒めきが広がった。しかしやはり、大騒ぎまでにはならないし、当のランゼたち五人は動揺すらしていない。

 元々、『魔王を討伐した者は王家に迎えられる』という噂が流れていたし、ランゼたちには先日の内々の報告の場で伝えられていた。また、ランゼを除く4人のハンターたちも、騎士団や魔術士団に迎え入れられることも約束されている。この後の受勲と同時に発表する手筈だ。


 ランゼは国王から右に視線を逸らし、玉座の隣に座っている正妃レイネーゼのさらに隣、王女リンゼーナに視線を向けた。1年ほど前に成人した16歳の王女は、長く美しい金髪を揺らして僅かに顔を傾げ、澄んだ蒼い瞳に尊敬の色を湛えて、勇者となったランゼに微笑みかけた。

 ランゼは王女に微笑んでから国王に向き直った。

「謹んで、お受けいたします」

「うむ。リンゼーナの夫として、また、将来は次期国王として立つ王太子エルテリスの補佐を務めることを期待している」

「はっ」

 返事をしてから、ランゼは玉座の向かって左に視線をずらした。玉座の隣には側妃キュビーネが、そしてその隣では金髪の12歳の王太子エルテリスが、魔王を討伐し勇者の称号を賜ったランゼの姿に、姉と同じ蒼い瞳を輝かせている。


 エルテリスの顔を、ランゼの瞳が正面から捉えた。ランゼの両目が大きく見開かれる。国王は勇者のその変化に怪訝な様子を浮かべた。

 次の瞬間。


「貴様かぁっ!!」

 ランゼの表情は怒りに変わり、右手が腰の剣の柄を握ると同時に、足が磨かれた石の床を蹴る。瞬間的に王太子エルテリスを間合いに収め、剣を引き抜くと同時に斬り上げる。

 何が起きているのか解らないまま、エルテリスの表情が驚愕から恐怖へと変わる。迫る刃にその先の光景を想像する暇もなく、王太子は身体を硬直させる。


 キンッ。


 勇者の剣がエルテリスを斬り裂くと誰もが思った瞬間、ランゼの剣はエルテリスの女性護衛騎士コルテの剣により止められた。エルテリスの目の前で火花が散る。

 ランゼは怒りの形相のままに1歩引き、逆にコルテは前に出て、護衛対象と勇者の間に立ちはだかる。ランゼは邪魔者を排除しようと床を蹴る。


「ランゼ!!」

「何やってるの!!」

 しかし、勇者の身体は仲間たちに羽交い締めにされた。

「離せ!」

「離せるか!!」

「どうしちゃったのよ!!!」

 王族も貴族たちも突然のことに息を呑む中、魔王討伐パーティーと護衛騎士コルテだけが息付いている。一拍遅れて、王族のそれぞれの護衛騎士たちが王妃たちや王女の前に立つ。国王の前には近衛隊長カタインが飛び出る。


 しかしランゼは、騎士たちの動きなどまったく見ていない。視線は女性騎士コルテの後ろに隠れた王太子だけを見ている。

「離せ!! 奴だ!! 奴が真の魔王だ!!!」

「え!?」

 ランゼの言葉に、仲間たちの手が緩む。勇者は緩んだ手を振り払い、エルテリスを斬るためにコルテの横を抜けようとする。しかし、護衛騎士がそれを許すはずもない。


 キンッ。


 ランゼを敵と認識したコルテが剣を振り下ろし、ランゼはその剣を受け止める。コルテは、彼女の長い紅髪と同じ色の紅い瞳でランゼを睨む。一歩も引く意思のない覇気に一瞬怯み、ランゼは飛び退く。コルテは追わない。エルテリスを護ろうとその前から動かない。

 魔王の威圧にも耐えた自分がたかが騎士如きの威嚇に怯んだことに、ランゼは歯噛みする。

「ランゼ、我が息子が魔王だと申すか!」

「そうだ! 魔王にとどめを刺した俺だから解る!! 奴が真の魔王だ!!!」

「な!!」


 国王が狼狽える。が、ランゼの勢いに覚悟を決めた。

「近衛隊! エルテリスを捕えよ!」

 首を刎ねるよう命じなかったのは、勇者の言葉に疑いを持っているためか、それとも我が子を弑するのは忍びないと思ったか。

「陛下!!」

 側妃キュビーネが叫んだ。彼女は真の魔王のことを知らないし、知っていても夫が息子を拘束しようとすれば、遮るのは当然の行動だ。

「仕方がないのだ! 魔王を野放しにするわけにはいかん!」

「王よ! 捕えるのでは甘い!! 後顧の憂いはこの場で断つべきだ!」

 側妃を宥めようとする国王に言い募り、三度(みたび)攻撃を掛けるべく足に力を込める。


「エルテリス! 逃げて!!」

 どうしたらいいのかも解らないまま、側妃キュビーネは叫んだ。それを聞いた護衛騎士コルテは、左手で腰から投げナイフを取り出し、今まさに飛び掛からんとするランゼに向けて投擲する。

「そんなもの!!」

 床を蹴ったランゼは、向かって来るナイフを剣で叩き落とし、そのまま突進する。その時にはコルテは剣を鞘に納め、エルテリスを椅子から抱き上げている。


「もらった!」

 無防備な背中に攻撃をかけるべく、ランゼは剣を振り被った。その時、叩き落としたナイフが床に突き刺さり、柄頭に嵌められた石が強力な光を発する。

「何だ!?」

「魔術具か!!」

 誰かが叫んだが、ランゼは突然の眩い光に目を眩ませつつも、薄目を開いて紅いポニーテール目掛け、剣を振り下ろす。が、横から影が跳び込んで来た。

「きゃあぁぁっ!!」

「キュビーネ!」

「母様!!」


 側妃と、国王と、王太子の悲鳴が錯綜した。愛しい我が子を守るため、エルテリスを抱いて逃げるコルテを庇うために跳び出したキュビーネは、ランゼの振り下ろした刃をその身に受け、血を噴き出して床に崩れ落ちる。


「母様ああああぁぁっ!!」

 眩い光に包まれていながら、自分を抱いたコルテの腕の隙間から、その瞬間を目にしたエルテリスの瞳に涙が溢れる。

「コルテ! 戻って! 母様が!!」

「いけません。エルテリス様の身の安全の確保が第一です。キュビーネ様もそれをお望みです」

「莫迦コルテ! 戻ってよ!! 母様っ!! 母様ああああぁぁぁっ!!!」




 魔術具の光が消えた謁見の間には、すでにエルテリスとコルテの姿はなく、倒れたキュビーネの血塗れの姿に悲鳴が上がった。

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