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魔王の仇し草  作者: 夢乃
第1章 魔王領編
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017 荒唐無稽な対魔王戦略

 ローランディア王国の王宮、王の執務室で、国王ルティエスは書類に走らせていたペンを置き、侍従の1人を呼んで書類の束を手渡した。

「これを文官に」

「は、畏まりました」

 書類を持った侍従が執務室を出て行くと、ルティエスは椅子の背に身体を預けて大きく息を吐いた。もう1人の侍従がハーブティーを淹れ替える。

「すまんな」

 国王が頷くと、侍従は部屋の隅に控える。


 ルティエスは、国王としては賢王とまでは言えないものの、暗愚からは程遠く、無難に国を治めてきた。いや、魔王領に隣接し、年々国土を侵蝕され、侵略行為にも思える魔獣の暴走があったことを考えれば、良く治めていたと言うべきだろう。

 しかも、魔王領に大軍をもって臨むのではなく、騎士団を少数のグループに分割してチクチクと刺すように魔王領に侵攻(とも呼べないが)を重ね、ハンターグループや他国にも協力を求めて、ついには魔王の討伐に成功したのだ。


 その方針を打ち出したのがルティエス本人なのだが、最初は閣僚からも騎士団からも反対された。

 ルティエスが王位に就く前にも魔王領の拡大を防ぐため、魔王の討伐を目的に騎士団が何度も派遣されたが、その剣が魔王に届くことはなかった。魔人や魔獣に侵攻を阻まれたことも一因だが、魔王領に充満する瘴気に接していることで、魔人化してしまうことが最大の問題だった。

 魔王領に長期間滞在すると、味方の中から敵が増えてしまう。


 それを避けるための、多数の少人数部隊による魔王領侵攻作戦だったが、それが上手く嵌って魔王討伐が成ったわけだ。もっともそれも、結果論に過ぎない、と国王の方針に反対していた閣僚たちは言っているが。




 魔王領による領土の侵蝕があったからといって、国家としては内政や外交も無視できるものではない。ルティエス王はそれらも卒なくこなしてきたし、魔王討伐後もそれは続いている。

 しかし魔王討伐以来、彼の気力が落ちているように、周囲の人々には見えた。覇気が失われているというべきだろうか。政務は今まで通りに滞りなく行なっているものの、表情は暗く口数も減っている。


 国王の覇気が失われたのは、魔王討伐というよりも、それを成した5人のハンターの謁見の時からだ。やはり、王太子エルテリスの魔王認定と、側妃キュビーネの死去が堪えているのだろう。

 側妃を斬ったのが、勇者の称号を得た剣士ランぜであることは、不問に付された。そうでなければ、王女リンゼーナの婚約者として迎え入れられるわけもない。


 そもそもランゼがキュビーネを斬ったのは、彼女が魔王と名指しされた息子王子を庇ったためだ。そしてランゼがエルテリスに襲いかかったのは、真の魔王を覚醒の前に討とうとしたため。少し前に魔王を討伐した剣士として、目の前に目醒めていないとはいえ魔王がいれば、退治しようと行動するのは、ある意味当然のことだろう。

 いや、この国は世界で最も魔王領の侵蝕を受けて来た。真の魔王と名指しされたのが息子でさえなければ、ルティエスも自ら剣を取っていただろう。


 そう、あの場で王太子エルテリスが護衛騎士コルテに連れられて王城からも王都からも逃亡した後、二人を指名手配し、キュビーネの死の真相を隠し、剣士ランゼを宣言通りにリンゼーナの婚約者として王族に取り込んだ。あの場面では、最善の判断だった、とルティエスは時々反芻している。

 それと同時に、ランゼがあの場でエルテリスを糾弾することなく、あの場がお開きになった後で秘密裡に報告してくれれば、せめて剣を抜いて斬りかかっていなければ、とも考えてしまう。それであれば、放置はできずともエルテリスを離宮に隔離するという手段も取れたし、キュビーネは今も健在だった。


 そう考えると、あの時から今に至るすべての流れが、勇者となったランゼの思惑通りになっているのではないか、という疑念が頭を過ぎる。

 いや、そんなことはないはずだ。ランゼを娘婿として迎え入れるという提案は、貴族たちも集めた謁見の場ではなく、その前、秘密裡に行われた魔王討伐報告の場で打診したのだし、魔王が最期に、人の子の中に“真の魔王”が産まれると発言したことは、ランゼの仲間のハンターたちも認めている。

 今の状況をランゼが描いたなど、あるわけがない、とルティエス王は頭を振る。




 重い音で、執務室の扉がノックされた。扉の横に控えている当番騎士が扉を開き、外にいる騎士と話すと、国王を振り返った。

「陛下、ランゼ様が参っています」

「……通せ」

 ここ1季(≒1.5ヶ月)足らずの期間、勇者ランゼは数日ごとに国王に面会を求めている。またあの話か、と思いながらも、ルティエスは入室を認めた。


「陛下、こちらをご覧ください」

 ルティエスの座る執務机の前までやって来たランゼは、挨拶も抜きに手に持った1束の書類を手渡した。一番上の紙面には、『旧魔王領周辺国家統一による魔王追い込み計画 第19稿』と書かれている。

「……ランゼよ、まだ諦めないのか」

「真の魔王が目醒める前に、旧魔王領の掌握は最優先で実行すべきです。それにより、魔王が覚醒した後の行動を押さえ込むのです」

「今は無理だと言っておるだろう。いや、今でなくとも、両国とは協力体制を取るべきだ」

「とにかく、読んでください」


 仕方なしに、ルティエスは書類に目を通す。

 要旨は、これまでのものと変わらない。旧魔王領に隣接するラビトニア王国ならびにノーザリア王国を武略制圧して両国の軍事力をローランディア王国に加え、広大な魔王領を囲い込んで、覚醒した魔王の旧魔王領への侵入を阻止する、というものだ。

 魔王の力は、(ひとえ)に魔人や魔獣を意のままに操ることにある。魔王が覚醒すれば自ら瘴気を放出して手駒を増やすだろうが、すでに存在する駒を使えば力を蓄える時間を短縮できる。

 それを防ぐための計画だ。


 しかし、この計画は穴だらけ、問題だらけだ。よくもまあ、こんな不完全な計画を立てたものだと呆れるほどに。

 ラビトニア王国もノーザリア王国も、ローランディア王国と同じく魔王領に国土を侵蝕される立地だったこともあり、共に協力して魔王領の脅威に当たっていた。国境を最も長く魔王領に接しているのがローランディア王国であり、また3国の中で最大の国力を持っていたため、両国はローランディア王国に頼っていた部分はあるが。


 戦力を出し渋っていたと思われるものの、表向きには協力関係にあり兵も出していたし、魔王領の件を抜きにしても険悪だったわけではない。その、同盟国ともいうべき両国を武力で制圧するなど、言語道断だ。

 そもそも、ローランディア王国は魔王討伐にかなりの戦力を割いた。国王の戦略によって以前より損耗は少なくなったものの、それでも全盛期の6割程度にまで軍事力は低下している。現在のこの戦力では、ラビトニア王国、ノーザリア王国のどちらか一方を相手にするのも、骨が折れるだろう。そして、2国同時に相手をするのは不可能だ。

 その上、魔王討伐というより魔王領の侵蝕で国民も疲弊している。魔王が討伐されるまで、幾度となく魔獣が大挙して町や村を襲ったためだ。統制の取れた魔獣たちは、小さな村なら簡単に蹂躙したし、町であってもその勢いを防ぐことはできなかった。

 つまり今は、覚醒していない魔王に対処するよりも、国力の回復に努める時なのである。そんな時に、友好的な他国への侵略行為など、認められるるわけもない。


 ランゼの提案は、それらの現実を無視したものだ。それでも、改稿を重ねるたびに、問題点を少しずつ潰してくる。もっとも、それにより別の問題点が入り込んでくるから、現実的なものになるには無限の時間がかかるだろう。いや、時間と共に国内の状況は改善してゆくし、国家間の関係も変わってゆくから、いつかは実現可能なレベルになるかも知れない。

 それでも、数年での実現は不可能としか言えない。


 そして今回も。

「減少した騎士を、国民を徴用することで補う? 無理に決まっておろう」

「無理でしょうか?」

「当然ではないか。現在の我が国では騎士の数が減少しているが、減少しているのは騎士だけではない。国民もだ。その国民を徴用したら国内経済が破綻するではないか。経済が破綻すれば騎士団の維持はおろか、国そのものが傾く。魔王どころでなはくなる」

「騎士団を再編するだけの人数です。それなら問題ないのでは?」

 国王は書類を置いて溜息をついた。


「ランゼよ、我が国の最盛期と現在の人口は把握しておるか?」

「え……、いえ、知りません」

「せめて数字を調べて実現可能かどうかを熟慮するように。それができないようでは、国王はおろか、補佐も任せられん」

「……解りました。また考えてみます」

 思いの外、素直にランゼは執務室から退室した。


「他のことはともかく、魔王が関係するとどうして思考が飛んでしまうのか……魔王にとどめを刺した者として何か思うところでもあるのか……」

 閉まった扉を見て、国王は呟いた。その声は、部屋にいる侍従や当番騎士の耳には届かなかった。

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