016 巨大都市へ
「猿の肉って不味いんだよね。持ってかないよね?」
「ああ。毛皮は売れなくもないが、買取価格は低いし、時間も惜しい」
陽が沈む前に森を出たい一行に、余計な時間を使う暇はない。
「死体はそのまま?」
「できれば、埋めておきたいんだが」
「それなら私が埋めておこう」
ディーゼとディアブルの会話に、レテールが割り込んだ。
「穴を掘っている時間はないぞ?」
息絶えている魔猿の数は、18頭。これだけの魔猿を埋めるための穴を掘るには、4人いてもかなりの時間が掛かってしまう。陽が暮れてからの森であの数の魔猿に襲われては、今のようにはいかないだろう。
「転移魔術を使えば土を掘る手間はない」
「転移魔術? それでどうするんだ?」
ディアブルは首を傾げた。
「死骸を地面の下に直接転移するだけだ」
「転移魔術って、何かある場所には転移できないんじゃないのか?」
「そんなことはない。転移というのは、2つの空間の交換だ。他の何もない空間との交換だろうと、地下の土との交換だろうと、変わりはない」
「そうなの?」
ディアブルとディーゼは、転移魔術の作用を知らなかったらしい。魔人にも転移魔術を使える者はいるものの、2人の身近にはいなかったので詳しくはなかったようだ。
魔猿の死骸から魔石を取り出した後、レテールがまとめて地下に転移させると、魔猿の形に現れた土の塊に、ディーゼは「転移魔術ってそういうものだったんだ」と目を丸くしていた。
盛り上がって土を適当に踏み固めて、4人は森の出口を目指して旅を再開する。
魔猿の群との戦闘で時間をロスしたので、午後は魔馬を少し急がせる。襲われたのが昼食直後だったので、森の出口まではまだ半分ほどの距離があるが、暗くなる前に森を出られるだろう。
「馬も良く逃げ出さなかったな。あれだけ騒いでいたから、少なくとも暴れると思ったんだが」
「そうだよね。良く我慢したね。偉い偉い」
ディーゼは乗っている馬の首を軽く叩いた。
「戦闘中、馬の周りに遮音結界をはっていたからな」
馬首を並べていたレテールが言った。
「そうだったの? 全然気付かなかった」
「探査と威嚇に使っていた結界を遮音結界に変えたわけか」
ディアブルの言葉に、レテールは首を横に振った。
「いや、探査は続けたまま、馬の周囲、もっと言うと首周りだけだな、そこに遮音結界を張ったんだよ」
「別の種類の結界を同時に張れるの!? レテールって実は、アタシが思ってたよりずっとすごい魔術士!?」
レテールがディーゼに答える前に、レイトが口を開いた。
「姉様はすごいよ。姉様以上の魔術士には会ったことないもの」
「そこまでではない。私よりも上の魔術士は星の数ほどいる」
そう答えたレテールは、少し耳が赤くなっている。
「謙遜することはないだろう。5テナー(約50メートル)の探査結界を張りながら、それとは別に遮音結界を張り、その上で戦闘までしているんだ、魔術士としてはトップクラスじゃないのか?」
「いや、まだまだだ。私程度では中堅といったところだよ」
実際、レテールより強力な魔術士は人間の中には数多いし、魔人の中にも多くいるだろう。レイトがレテールを『最高の魔術士』と認識しているのは、彼と深い付き合いのある魔術士が少ないから、というだけに過ぎない。
魔猿との戦闘について話しながら先を急ぎ、途中で休憩を挟んで魔馬を労り、野営用に魔鳥や魔兎を狩りつつ、予定通りに陽の暮れる少し前に一行は森を抜けた。
さらに1テック(約1キロメートル)ほど進んで野営の仕度をしようと言うところで、街道の先からやって来る馬車と騎馬が見えた。商隊のようだ。
商隊は、4人が野営の準備をしている場所まで来ると、4人とは反対の街道脇に馬車と馬を停めて、野営の準備を始めた。明日、森を抜けるのだろう。馬車が6輛に騎馬が16騎。各馬車には御者も合わせて2人以上乗っていて、総勢30人は越えているだろう。
「少し話をして来る」
「ああ。任せる」
ディアブルは、森の中で狩った魔兎を持って彼らに挨拶に行った。レイトとディーゼはいつものように剣の手合わせ、レテールは野営の仕度を進めている。
ほどなくディアブルは戻って来た。陽も沈み、4人はレテールが焼いた魔獣の肉で食事にする。
「やはり、魔王の出現は魔王領の外だな。あの商隊の護衛に雇われているハンターは魔都から来たらしいが、魔王の気配はこの辺りとそう変わらないそうだ」
「魔都って、魔王城のある都市ですよね」
レイトが確認する。
「うん、そうだよ。アタシもディアブルも、行ったことはないけど」
「遠いからな」
「まだ半季(約半月)は掛かるんだろう? それだけ遠くても魔人は魔王を感じるんだな」
「世界のどこからでも判るのかな?」
「どうかな。以前に比べると感じ方は弱い、別のことに集中していれば気付かないくらいだから、極端に離れれば影響はないと思うが」
「魔王のことなんていいよ。それより明日の予定は?」
魔王の話題にはあまりいい顔をしないディーゼが言った。それに今は魔王のことを考える材料も大してあるわけではないので、3人も話題を変えた。
話しながらレイトは。
(真なる魔王が産まれたのは……本当に旧魔王領の外なのかな? 旧魔王領のどこでも気配の強さが変わらないなら、距離に関係なく魔人は魔王を感じているんじゃあ……。倒された魔王より気配が弱いのは、真の魔王が産まれたばかりで力が弱いだけ、だから魔人たちも弱く感じているだけなのかも……)
「レイト、どうした?」
レテールの声に、レイトはハッと顔を上げた。いつの間にか、物思いに耽っていたようだ。
「なんでもないよ、姉様」
「そうか? 何かあったら、いつでも相談しろ」
「うん、そうするよ」
レイトは、レテールに心配をかけないようにと、笑みを浮かべた。レテールも微笑んで頷き、深くは追求しなかった。
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魔王城への旅は順調だった。携行食として干し肉や堅パンなどを持っていたが、肉は新鮮な方が美味いので、狩った魔獣の肉を食べる方が多かった。
レイトとディーゼの手合わせも、ほぼ毎日続いている。
「レイトと手合わせするようになってから、ディーゼは随分と上達したな」
ある日の野営の仕度中、レイトと剣を合わせるディーゼを見ながら、ディアブルは感慨深げに言った。
「レイトも同じだ。ここのところ伸び悩んでいたが、ディーゼと手合わせするようになって、また伸び始めたよ」
レテールも、ディアブルと同じことを思っているようだ。
レイトが本格的に剣の鍛錬を始めてから、まだ半年と少し、5季弱(1年=8季)だ。それまでも剣を握ってはいたが、ほんの手習い程度だった。
この半年で、それまでの6年間の鍛錬を上回るほどの上達を見せたレイトだが、旧魔王領に入る少し前から、それまでの「目覚ましい」と言えるほどの成長は見られなくなっていた。
それが、ディーゼと剣を交えるようになってから、また伸びている。これまでは魔獣狩りを除けばほとんどレテールとの手合わせしかしていなかったので、戦闘スタイルの違うディーゼとの手合わせで得るものがあったようだ。
相手をしているディーゼも、ハンターとして行動する同年代の者が村にいなかったため、手合わせの相手は年長のディアブルだけだった。
その彼女が、レイトという初めての同年代の相手と剣を交えることで、剣技に磨きが掛かったようだ。
「レテールとレイトは、魔王城の調査が終わったら帰るんだろう?」
「そのつもりだ」
「それなら、2人が帰るまでの間にできるだけ上達してもらわないとな」
「同感だ」
保護者たちは、レイトとディーゼの手合わせを見ながら頷き合った。
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旧魔王領の奥へと進むにつれ、町が多くなってゆく。いや、町や村の間隔はそう変わらないのだが、規模が大きくなっており、村が少なく町が多くなっている。大きな町でも、人口3,000人は超えない程度だが。
中には、半年前の魔王討伐前後に人間との激しい戦闘があったと思われる、荒廃した町もあった。魔人たちが復興に当たっているが、そんな町は人口も減っていて、復興もなかなか進まないようだ。
ディアブルたちの住んでいた村を出てから3旬(=半季)と少し、一行の向かう先、左右に広く聳える山の麓に、町が見えて来た。
「あの町、今までの町と違って大きくありません?」
レテールの前に座っているレイトが、隣の魔馬を駆っているディアブルに聞いた。
「あれが魔都の手前の都市だな。あの山を越えた先が魔都だ」
「あの町、都市だっけ、山を囲んでいるって言ってたよね?」
ディーゼが兄を振り返って言った。
「前の町の人が、そう言っていたな」
「とんでもなく大きい都市ですよね。でも、山を囲んでいるのに、魔都は山を越えた先って、どう言うことなんだろう?」
レイトの台詞の後半は、独り言のようになった。
「行ってみれば判るだろう。どのみち、山は越える必要があるからな」
「うん、そうだね」
レイトは目を細めて、向かう先に見える都市の外壁と、さらに向こうに聳える山を見つめた。
レイトとレテールが取り敢えず目指している魔王城まで、あと僅かだ。




