012 魔人のハンターギルド
町に着く前に、陽は西の地平に沈んだ。山を下りきってから見えなくなっていた町の外壁が再び見えるまでに近付いていた頃合いだったので、手綱を握っていないレイトとディーゼが魔術で光を灯し、それを頼りに町までの最後の道のりを踏破した。
町の門は、すでに閉まっていた。本来であれば陽の落ちる少し前に到着するはずだったが、ディアブルもここまで来るのは初めてだったので、速度の見積もりが正確にできなかった。また、途中で盗賊たちに足止めされたこともある。
閉ざされた門を叩いて出てきた衛兵は面倒くさそうな顔をして「朝になってから出直せ」と言ったが、ディアブルが襲って来た盗賊を撃退して拘束の上、放置して来たことを伝えると、4人は門番の詰所へと通された。
どうやら、越えてきた山地の盗賊は、この町でも山向こうの町でも問題になっていたようだ。規模はそれほど大きくはないものの、少数の旅人や、護衛の少ない馬車を狙って、襲撃を繰り返していたらしい。
門番に呼ばれてやって来た衛兵に事情を説明してから、レイトたちは衛兵の1人に案内されて、町の宿屋へと行った。盗賊の件もあり宿泊先を把握しておきたいようだ。加えて、少なくとも明日1日は町に滞在するよう要求された。連行した盗賊の確認が必要らしい。
レイトやレテールとしては先を急ぎたい気持ちはあるものの、もともと立ち寄った町では情報収集のために2泊する予定だ。つまり2日後の出立の予定なので、それを変更する必要はなさそうだ。
「明日はどうするの?」
宿屋の1階の食堂で夕食を摂ってから、用意された4人部屋に入るとディーゼが言った。
「街で情報収集と、それに休息だな。それから、ここのハンターギルドで4人のハンター証を作っておこう」
「ハンター証? 今まで作ってなかったのに?」
「今までは辺境だったからな。しかしここから先、魔王城に近付くほどに身を証し立てる物は持っておいた方がいい」
首を傾げるディーゼに、ディアブルは当然だろうというように答えた。
「ボクとレテールは持ってるけど」
「それはここでは使えないだろう。人間と魔人は100年以上交渉はなかったし、そもそも敵対していたわけだからな」
レイトの疑問にレテールが答えた。
「それじゃあ、ボクたちも魔人としてハンター証を作り直すというか、もう1枚作るわけだね」
「そういうことになるな。まあ、魔人か人間かの確認などとらないだろうが」
ディアブルが言った。そもそも旧魔王領に人間は住んでいないし、魔王が討伐されたとはいえ、まだ瘴気の濃いこの辺りにまで人間はやって来ない。わざわざ魔人かどうかを確認することはないだろう。確認されたとして、それがどうした、ということでもあるが。
「それなら、明日はまずハンターギルドだね」
「途中で狩った猪もあるからな。そういえばレテール、明日までそれは保つのか?」
ディアブルが顎で指したのは、ここに来るまでに狩った2頭の魔猪を入れたバッグだ。門番の詰所から宿屋に直接案内されたため、売却のためにハンターギルドに寄る時間がなかった。当然、レテールの圧縮魔術を使っている。
「問題ない。魔地竜に比べれば楽なものだ」
先日の魔地竜の巨体に比べれば、魔猪2頭程度ならば魔力消費量も少なくて済む。
「それなら、明日に備えて、今日はもう休もう」
「えぇっ! 明日はお休みみたいなものでしょ? なら、もう少し起きててもいいじゃん。野営の時なんて見張りで睡眠時間も短いんだし」
ディーゼが口を尖らせる。しかし。
「休める時に休んでおくのもハンターの資質だよ」
「ぶー。解ったよっ」
同年代のレイトに諭されて、ディーゼは素直に頷いた。
────────────────────────
翌日、食堂で朝食を摂った4人はハンターギルドの場所へと向かい、ハンター証の作成を頼んだ。ところが。
「この町の住人か、あるいは登録済みハンターの紹介がなければ、ハンター登録はできません」
ニコリと微笑む若い受付嬢に切って捨てられた。
「今までも辺境でハンター活動してたんだけど、それでも駄目?」
「はい、駄目です」
上目遣いで頼むディーゼにも、ニコリと微笑んではっきりと拒絶の意を示す受付嬢。にべもなかった。
「仕方ない。後で改めよう」
「当ては……衛兵?」
「ああ。盗賊を回収してくれば、口添えしてくれるだろう」
「そうだな。……それはそうと、買い取りはして貰えるか?」
受付カウンターから一旦離れて相談してから、レテールはカウンターに戻って受付嬢に尋ねた。
「買い取りですか? それはできますが、ハンター証がなければ買取価格は下がりますよ?」
このルールは、魔人のハンターギルドも人間のそれと同じらしい。
「構わない」
「何を買い取りましょう?」
「猪を2頭だ。体長はどちらも、20テール(約2メートル)前後だな」
終始笑顔だった受付嬢が、訝しげにレテールを見た。
「それほど大きな荷物はないようですが……あ、外にあるんでしょうか?」
「……まあ、そんなところだ」
「レテールはね、圧縮魔術が使えるのよ」
受付嬢とレテールの会話に、ディーゼが得意気に割り込んだ。
「圧縮魔術、ですか?」
受付嬢の顔に疑問符が浮かぶ。圧縮魔術は魔術陣の使用が前提なので、魔術陣を知らない魔人にとっては未知の魔術だ。
「使える者は滅多にいないからな。知らなくても仕方はない」
レテールは『余計な口出しはするな』というようにディーゼを一瞥してから、受付嬢に答えた。
「そう、ですか。結構な大物ですね。でしたら、外に出て建物の左手を通ってギルドの裏に回ってください。解体場の建物があります。そこの受付で買い取りをしています」
「ありがとう」
笑顔に戻った受付嬢に礼を言って、レテールは他の3人と一緒にギルドの正面出入口から出て行った。
魔猪を売却した後、4人は2人ずつに分かれて情報収集のために町を回った。旧魔王領の奥のこと、この先の魔獣の分布、すでに復活したらしい魔王について、必要な情報はいろいろある。情報量としては大したことはないが、休息も兼ねているのでのんびりしたものだ。
町の外に出ての魔獣狩りは、ハンター証のない今はやめておく。身を証し立てる物がないと、町に入る時に入町税を取られることと、折角の休息なのに普段と同じことをしていては休息にならない。
昨夜、町に入った時には盗賊の話で入町税が有耶無耶になったが、後で請求されるだろうか?
1日、町中を散策して4人は宿に戻り、夕食を摂る前に、集めた情報を交換した。
「気付いたか?」
一息ついたところでディアブルの言った台詞に、レイトとディーゼは首を傾げた。しかし、レテールは解っているようだ。
「何人か、こっちを監視していたな。攻撃の素振りはなかったから無視したが」
「え? 姉様、魔力広げてた?」
レテールと一緒に行動していたレイトは気付かなかったらしい。
「魔力を使わなくても、人の気配は気付けるようにならないとな」
「う、うん、解った」
レイトは、まだまだ敵わないな、という表情で頷いた。
「アタシたちの方にもいたの?」
「ああ。こっちも監視だけのようだったから放っておいた」
「全然気付かなかったよ。何が目的かな?」
「さあな。こっちには探られて困るようなことはないからな。万一の不意打ちに注意しておけばいい」
ディアブルの言葉にレイトとディーゼは神妙に頷いた。
4人が夕食のために宿屋の食堂に下りると、衛兵が4人をちょうど訪ねて来て、明朝詰所に出向くよう依頼された。件の盗賊を護送して来たので、その確認だ。それについては了承し、その後でハンター証発行の保証人に立ってもらうことを依頼した。
「獣には襲われなかったみたいね」
「姉様の結界のお陰かな」
「気配を遮断するだけの結界だからな、奴らの運も良かったんだろう」
一定の範囲への侵入を阻む物理結界に比べて、音・臭い・気配を断つだけの遮音結界の方が魔力消費はずっと少ない。しかし、視覚的には丸見えだし、接近を遮ることもできない。
それでも一晩を無事に越せたのなら、盗賊たちにとって運が良かったと言えるだろう。
「ところで聞きたいんだけど」
ディーゼがレテールを見た。
「自分が離れても結界って維持できるの? 普通は自分の周りに張るものだよね? あれも魔術陣?」
しかしレテールが答えるより先に、ディアブルが口を開いた。
「魔石に魔力を籠めておけば、ある程度の結界は維持できる。知らなかったのか?」
「そうなの? 全然知らなかった。あれって魔力タンクなだけじゃないの?」
「魔石を使えば、ある程度離れた場所で魔術の行使ができるようになるし、より離れても結界の維持などは可能だ。人によって個人差は大きいがな」
レテールが、ディアブルの答えに補足するように言った。
「へえ。そうなんだ。レイトは知ってた?」
「うん。宿に泊まる時や野営する時も、姉様が魔石で結界を張ってるから」
レテールが宿や野営で張っているのは侵入を探知するだけの、結界としては最低限のものだが、代わりに魔力消費はほぼない。
「魔術って、色々な使い方があるんだね」
そんな話をしながら、夕食の時間は過ぎていった。
翌朝、朝食の後で宿を引き払い、衛兵の詰所に行って回収された者たちが確かにあの時の盗賊であることを確認した。その後、衛兵の1人にハンターギルドへ付き添ってもらい、4人のハンター証を作って貰う。
(姉様、本人確認の魔石がないんだね)
(人間のハンター証とは違うようだな)
レイトとレテールは、こっそりと話した。魔人たちの使うハンター証には、本人確認の機能は仕込まれていないようだ。
この町の衛兵の紹介という形でハンター証を得た4人は、そのまま町を出た。次の町は、この町から魔馬で2日かかるらしい。途中で1晩の野営を挟み、次の町への到着は明日の夕刻の予定だ。
「魔王城へは何日かかるの?」
「オレも正確な距離は知らないからな。半季(=48日、約1.5ヶ月)、3旬(約2~3週間)も見ておけばいいんじゃないか?」
「結構遠いね」
「魔王領もそれだけ広いということだ」
隣の魔馬に乗った魔人の兄妹の会話を聞きながら、レイトはこの先の遠さに想いを馳せた。