011 山越え
鞍や鎧、他にも騎馬に必要な物を買い揃えた4人は、山側の門から町を出ると、2人ずつ魔馬に乗って山道へと乗り出した。山といってもそれほど高くはない上に、道は谷間を通っていたので、山というよりも丘を登っているようだ。
道幅は、2台の馬車が余裕を持ってすれ違えるほどに広い。谷間の隘路ということで、これまでの平原と違い、襲撃されれば逃げ道は少ない。それでもこの道は、車輪の轍が残る程度には馬車の往来があるようなので、危険度は少ないように、レイトは感じた。
谷間のなだらかな道をしばらく進むと、途中から坂がやや急になり、広い場所に出た。4人が入って来た反対側に立て札があり、その左右に道が続いている。見たところ、ここまで上がって来た道よりも幅が狭いようだ。
「少し早いが、一度ここで休憩にしよう。この後は山頂まで、広い場所がないらしい」
ディアブルの提案にみんな頷き、魔馬から降りた。ディーゼがタタタッと立て札に駆け寄り、それを読んで戻って来た。
「登るのは右の道みたい。左の道は降りて来る人用だって」
戻って来たディーゼが言った。麓の町で地図を入手していたので、ここから道がふた手に分かれることは判っていたが、どちらが登り口かまでは判らなかった。もう少し詳細な地図なら事前に判ったのだが、地図を持たない旅人もいるだろうから、どちらにしろ案内の立て札は必要だろう。
軽い休憩の後は再び馬上の人となり、先へ進む。先の広場までの道は両側を崖に挟まれていたが、ここからは木々に囲まれた道だ。道幅は先ほどまでの半分強、馬車ですれ違うなら、片方の馬車は道の端いっぱいに寄せる必要がありそうだ。そのために、登りと降りで道を分けているのだろう。
道は九十九折りになって続いている。そのため、標高はそれほどでもないが、ここからの道のりはそれなりに長そうだ。
しかし、順調に見えた山登りは、道を塞ぐ倒木により遮られた。数本の木が折り重なるように2頭の魔馬の行手を阻んでいる。
「これは……どかすのに少し時間が掛かりそうだな」
魔馬を止めたディアブルが言った。
「私がやろう。すぐ済む……ん?」
馬首を並べたレテールは、言い掛けてから後ろを振り向いた。そこには6人の魔人の男がそれぞれ武器を手に構えている。
「貴様ら、馬と装備と女を渡して貰う」
典型的な盗賊だった。レテールは魔力を薄く広げて索敵、横の森にも2人潜んでいることを確認する。
前方の倒木もこの盗賊の仕業だろう。8人で前後を囲むより、道の一方を塞いで片側から襲った方が確実と判断したか。
「……こういう輩は、始末して構わないよな?」
レテールがディアブルに確認を取ったのは、魔人たちの常識として盗賊をどう裁くのか、そもそもこの場で裁いていいのか知らなかったためだ。攻撃されたら反撃するのは当然として、息の根を止めるまでやっても構わないのか、叩きのめす程度に抑えるべきか。
「捕らえて司直に突き出すのが最善だがな、運ぶのも面倒だし好きにしていい」
「解った。レイト、1人だけ任せた」
「え? あ、はいっ、姉様!」
馬首を返すことなく、2人は魔馬から降りた。レイトは背中の剣を抜く。
「なんだ? 抵抗するってか?」
「怪我したくなければ大人しく荷物と女を差し出して、坊やは引っ込みな」
盗賊たちがニヤニヤと言った次の瞬間。
レテールの周囲に現れた7つの魔術陣から細い火線が対峙する5人の盗賊と森の中へと伸びる。レイトも1番近い盗賊目掛けて地を蹴る。
「ぐあっ」
「ぎいっ」
盗賊たちが呻き声を上げ、何人かが倒れる。
キンッ。
レイトが振り下ろした剣は、彼が対峙した盗賊の剣により防がれた。しかし。
(いけるっ!)
レイトは剣を跳ね上げられたように上げ、その勢いでグルッと回して下から振り上げる。
キンッ。
「なっ!」
跳ね上げられた盗賊の剣は空高く舞い、クルクルと回転して落ちて来て、地面に突き刺さった。レイトは少し、呆気に取られた。彼としては相手の剣を切断するつもりで斬り上げたが、盗賊の握力が思いの外弱かった。
その間に、レテールは盗賊たちに第2射を加える。森へと飛んだ火線に沿うように、木の葉が燃えた。が、レテールが索敵用に広げていた魔力で温度を下げ、燃え広がる前に鎮火する。
死んだ盗賊はいなかった。しかし、無事なのはレイトが剣を跳ね飛ばした1人だけだ。他はレテールの魔術によって片足ないし両足を撃ち抜かれ、蹲っている。無事な1人も尻餅をつき、レイトに剣を突きつけられて身動きも取れない。
「思ったよりも練度は低いな。3人くらいはレイトに任せても良かったか」
呆気なく制圧された盗賊たちを見下ろして、レテールは言った。
「盗賊に堕ちるような奴らだ。所詮はこの程度だよ」
魔馬から降りたディアブルが、レテールの近くまで来ていた。
「こうも簡単に無力化できるとは思わなかったんだが……殺すまでもないな。こういう場合はどうするんだ?」
「また誰かを襲うだろうし、とどめを刺してもいいんだが……」
「お、おい! 無抵抗の人を殺すのか!?」
ディアブルの言葉を遮って、足を射抜かれて立ち上がれない盗賊の1人が叫んだ。それにディアブルは冷たい視線を向ける。
「そっちから襲い掛かってきたんだ、殺されても文句を言うな」
ディアブルは冷たく言い捨てた。その冷たい目に、盗賊たちは震え上がる。
「でも今更殺しても意味ないでしょ?」
ディーゼが口を出す。
「無意味ということはない。ここで始末しておけば、ここを通る旅人が襲われることもなくなる」
「お、おい、俺たちはもう動けない。見逃してくれ」
盗賊がディアブルに懇願する。
「……対応したのレテールとレイトの2人だからな。2人が決めれはいいだろう」
「そうか? レイト、どうしたい?」
「え? ボク?」
盗賊の処分を任されたレイトは驚いたが、レテールの視線を見て、ここは自分が決めるべきだと軽く頷いた。
「武装解除して拘束、その上で放置する。山を越えた先の町で司直に通報しておけば、回収してくれますよね?」
レイトがディアブルを見上げて確認すると、彼は重々しく頷いた。
「真面目に仕事をしてくれれば、明日の陽が沈む前には回収してくれるだろう」
「ちょっと待てっ!」
盗賊の1人が傷に呻きながらも叫んだ。
「こんな場所に一晩も放置されたら、獣どもの餌食になっちまう!」
「自業自得だ。盗賊なんぞをしている時点で、こうなる可能性は覚悟の上だろう?」
「そうそう。しかも襲われる覚悟のない人を襲ってたんでしょ? むしろ報告しないで両手足を落として放置でもいいんじゃない?」
ディアブルとディーゼに冷たく言われた盗賊は、何か言い返そうと口をパクパクさせたが、結局は押し黙った。
盗賊たちは、森に隠れていた者も含めて集められ、後ろ手に縛られて道端に放置された。ただ、届け出た司直が回収に来る前に獣に襲われるのも寝覚めが悪いので、レテールが持っている魔石の1つに魔力を込め、遮音結界を張った。音だけでなく臭い気配も完全に断つので、視覚的に見つからなければ獣に気付かれることはないだろう。
諦めたような盗賊たちを残し、道を塞いでいる倒木をレテールが転移で動かして、4人は先へと進んだ。途中、下りの道と合流する2つ目の広場があり、そこで休憩を取ってからさらに旧魔王領の奥へと歩みを進める。
休憩した2つ目の広場がこの山越えルートの山頂だったらしく、そこからは緩やかな下り坂だった。山のこちら側の方がよりなだらかなようで、幅の広い1本の道がやや蛇行しながら続いている。遠くに見えるのは、次の町の外壁だろう。意外に近く見える。
「この分だと、予定より早く着くんじゃない?」
ディーゼが手綱を握っているディアブルに聞いた。
「ここはまだ標高が高いから、町が近く見えるだけだ。到着は予定通り、日没前後だろう」
ディアブルの目測に、レテールも頷くことで同意を示した。
「近くに見えるけど、意外に離れてるんだね」
レテールの前で、レイトが言った。
「行動計画を立てるには彼我の距離を正確に捉えることも必要だからな。自分と目標物との距離、2つの目標物の距離をできるだけ正確に測れるように、距離感覚も鍛えておけ」
「はい」
レテールの言葉に頷いたレイトは、町までの距離を正確に測ろうとするように、じっと先を見つめた。




