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魔王の仇し草  作者: 夢乃
第1章 魔王領編
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009 旧魔王領の奥へ

 ディアブルとディーゼの旅支度は、ほぼ丸2日掛かった。荷物の準備は半日も掛からなかったのだが、2人が村からしばらく離れるため、仕事の引き継ぎが必要だった。

 2人はレイトたちと同じく、ハンターとして活動しているようだ。そうは言ってもこの村にハンターギルドがあるわけではなく、ハンター証を持っているわけでもないので、ハンター相当の活動を行なっている村人に過ぎないが。

 もっと大きい村や町には、ハンターギルドがありハンター証も発行しているらしい。ディアブルが昔から続く初対面のハンターの作法を知っていたことからも、そのような組織を魔人たちも持っていることは想像に難くない。


 ディアブルとディーゼの旅の支度を待っている間、レイトとレテールは旧魔王領に入る前と同じように、レイトの剣の修行と魔獣の狩猟に努め、狩った獲物は滞在費として村に納めた。全員ということはないが、村人の過半数は人間に対して警戒心を露わにしていたので、それを少しでも抑えるためにも、レイトたちは獲物を村に渡した。

 2人の滞在する数日だけのことであれば、この村の魔人たちの対人間感情などは気にする必要もないのだが、今後、人間と魔人の交流が増えていく。人間全体のことなどレイトとレテールの2人には荷が重いが、後発のハンターがここを訪れた時の魔人たちの対応が、この程度の手間で少しでも改善されるならそれに越したことはない。


 レイトの剣術の訓練の時には、ディーゼも一緒に入るようになった。長剣と双剣という違いはあるものの、実力はレイトがやや上ながら拮抗しているので、互いに練習相手としてちょうどいい。

 本人も言っていたが、ディーゼは魔力制御がレイトに比べてかなり甘い。レテールから見れば、レイトの魔力制御もまだまだ拙いのだが、それでも剣を振り下ろす瞬間に強化を適度に強め、攻撃力を増すとともに剣への負担を減らしている。

 それに対し、ディーゼは剣を常に強化したまま使っている。魔力制御に意識を割く必要がなくなるので攻撃は鋭くなるが、適切な強化を瞬時に無意識に行えてこそ、一流の剣士と言える。レイトもまだまだだが、ディーゼが武具強化を使い熟すのはさらに先が長そうだ。




 この村の魔人たちは、狩猟と採集で日々の糧を賄っているようだ。農耕も畜産も行なっていない。ローランディア王国の旧魔王領付近にある辺境の町や村と似たようなものだ。魔獣の多いこの辺りでは、畑を作っても荒らされる、家畜も襲われるで、旧魔王領の中も外も大して変わらない。

 旧魔王領の奥へと行くと、この村よりも広い範囲を壁で囲んだ村や町があり、そこでは壁の内側で農耕や畜産を行なっていることを、レイトはディーゼから聞いた。


「この村でも野菜とか作ろうって話もあるんだけど、人が少なくて村を広げる余裕がないんだって。この辺、壁に使える石が少ないから木を使うしかないんだけど、傷んだら直さないといけないし、広げたら直す壁も増えるしで、結局今の生活に落ち着いてるってわけ」

 訓練の合間の休憩中に、ディーゼが村の現況をそのように話した。そのため、この村ではハンターが多いことも。もちろん、それだけで生活はできないので、鍛治や機織などに従事している者も、当然いる。


「人間でも魔人でも、生活はそう変わらないんだね。魔人も元は人間だったんだから、当たり前だけど」

「元は人間って言われても、もう解る人はいないけどね。アタシも産まれた時から魔人だし」

「そうか。魔人も寿命は人間とそう変わらないんだっけ」

「5、60歳くらいかな。70歳だとものすごい長生き」

「だとすると最近は、人間から変化した魔人はいないのか。王国も魔王領への侵入は避けるように警告してたし。例外もいたけど」

「例外? 禁止されてるのに危険を犯して魔王領に入って来た人間がいたの?」

「うん。王国では、ローランディア王国だけじゃなくて近隣の国でも有名人。人呼んで“魔獣博士”。もう何年も前に亡くなっているけど」

「何それ。聞きたい」

「えーっと」


 ディーゼに請われて、レイトは“魔獣博士”の話を始めた。

 魔獣の生体を調べるべく、最初はハンターに依頼して小型の魔獣を何頭も生きたまま捕獲し、研究を行なった。その成果として、魔獣と普通の獣との間に産まれた仔が魔獣になることや、そのハーフと普通の獣の仔は約半分が魔獣になること、ハーフとハーフの間の仔もおよそ4分の1は普通の獣として産まれること、などを突き止めた。

 その博士の好奇心はそれだけに留まらず、魔王領内に研究所を作り、そこで長い間生活を続けて瘴気に()てられ、自ら魔人と化して、人間と魔人との違いを書き残した。


「しかも、その博士は魔人になりながら魔王の誘惑に完全に打ち克った。つまり、人間を目の当たりにしても襲わなかったんだよ。襲いたい欲は心の内側から湧いていたということだけど」

「嘘っ!! 魔王の命令に逆らえる人いるのっ!? 無理だよっ!! 絶対に無理っ!!」

「そうは言っても、本当らしいよ。本人に確認することはもう無理だけど、手記は残っていて、殺戮衝動を抑えながら研究を続けたらしいね。人間に対する敵意よりも、研究欲の方が大きかった、ってことなんだろうな」

「そんなことできるの? 魔王の命令って、解ってても逆らえないよ?」

「そう言われても、ぼくには魔王の声は聞こえないから、解らないよ」

「それもそうだよね。アタシも、魔王が斃されるまで“支配されない”感覚が解らなかったもん。解放されるまでは解らなかったけど、あんな思いはもうやだよ」

 ディーゼは自分の身体を抱いて、ブルッと身を震わせる。真の魔王の話を聞いた時の激しい反応からしても、魔王の支配はよほど怖気を震うものらしい。


「ディーゼ、もう少し相手をしてくれる?」

 レイトは傍に置いておいた剣を取って立ち上がった。このまま話をしていたら、ディーゼの辛い記憶をさらに掘り起こしてしまいそうだった。

「うん、いいよ。今度はアタシが勝つからね!」

「返り討ちだよ」

 レイトは剣を抜き、ディーゼも双剣を構える。


「……はっ」

「やっ」

 キンッ。

 2人の距離が一気に縮まり、2人の間に火花が散った。



 ────────────────────────



 ディアブルの引き継ぎは、レイトとレテールが村に来て2日後の夕刻にすべて終わった。

 翌日の朝、陽が昇る前に起きた4人は朝食を摂ってから村を出た。

「よう、ディアブル。今度の留守は長くなるんだって?」

 門番がレイトとレテールにチラッと視線を送って言った。

「ああ。村を頼んだ。村長からの通達も含めてな」

「任せろ。……と言いたいが、正直どうしたらいいんだか」

「それを考えることも含めて、村のみんなに頼んでいる」

「まあ、村は村で何とかするさ。ディアブルも魔王城で何か見つけて来てくれよ」

「期待しないで待ってろ。では、またな」

 軽く手を上げてディアブルは村の門を抜けた。


「行ってくるねっ!」

「気を付けて行って来いよ。ディアブルに迷惑かけるなよ」

「解ってるよっ」

 ディーゼも門番に元気に手を振って門を出て行く。その後から、レイトとレテールも門番に会釈して村を出た。


 ディアブルが先頭に立ち、レイトとディーゼが並んで続き、レテールが最後尾を歩く。

「最初の目的地はどこになるの?」

 旧魔王領は不案内なレイトは、一緒に歩くディーゼに聞いた。

「最初は、あの山の麓にある町かな。魔王城はあの山を越えたずっと先だから」

「そうだ。2日もあれば町に着けるだろう」

 前を歩いているディアブルが言った。


「そうなんですね。でも、山越えとなると大変そうだね。あまり高くはなさそうだけど」

「アタシもあの山の向こうは行ったことないんだよね。町までは何回かあるんだけど」

 ディーゼは、旧魔王領の外縁方面だけでなく、奥地へも足を運んでいるようだ。きっとディアブルも付き合わされている、いや、面倒をみているのだろう。


 広い草原に作られた道を、4人は歩いてゆく。作ったというよりも、何度も行き来して道になった、という感じだ。車輪の(わだち)はないので、馬車は使われていないようだ。

 道の両側の草原には、大小の岩がそこここに顔を出していて、気を付けていても害意のある獣の接近を許してしまいそうだ。

 しかしレテールは、魔力による警戒を行なっていない。森の中ならともかく、隠れる場所はあっても開けた草原なので、レイトに経験を積ませるためにもやりすぎない方がいい。

 もっとも、ディアブルが先頭に立っているので、危険は彼がすべて見つけてしまいそうだが。


「待て」

 案の定というべきか、先頭を行くディアブルが足を止め、担いでいた槍を両手で構えた。瞬時にレイトとディーゼも武器を抜く。レテールも足を止めて周囲を警戒する。

「気を付けろ。あの岩の陰、地竜だ」

「地竜?」

 ディーゼが緊張して言った。

 地竜は全長100テール(約10メートル)以上にまで成長する。身体の大きさの割に動きは俊敏で、全身は硬い鱗に覆われて斬撃にも打撃にも強く、強靭な足や尾による攻撃を受けたら、致命傷は免れない。おまけに魔術も使い、口から炎を吐く、厄介な獣だ。爬虫類なので正確には“獣”ではないが。


 その地竜……魔地竜の尾が、少し離れた岩の横に見えている。ユラユラの蠢くそれが、岩の陰に消えた。しばらく待てば、魔地流が岩の反対側から顔を出すだろう。

「道の反対側の岩に隠れてやり過ごす。いいな?」

 ディアブルが小声で方針を示した。しかし、レテールが首を横に振った。

「いや、せっかくの大物だ。仕留めよう」

「おい。アンタの腕は確かだろうが、ディーゼとレイトがいるんだ。他に猛獣がいるかも知れんし、2人から離れるのは無理だ」

 暗に『足手纏いだ』と言われたに等しいディーゼが頬を膨らませるが、実力が足りないことは自覚しているので、口は出さなかった。


「いや、私とディアブルは後方待機だ。レイトとディーゼの2人で仕留めろ」

「本気か? 2人には荷が重い!」

「そんなことはない。レイト、やれるな?」

 レイトはレテールを振り返り、唾を呑み込んでから、力強く頷いた。

「はい、姉様」

「アタシもやるよっ!」

 ディーゼもやる気になっている。

「仕方ない。危なくなったら、すぐに割り込むからな」

「はいっ」

「うんっ」


 2人が返事をした時、岩から魔地竜が顔を出した。レイトとディーゼは獲物に向かって走り出す。魔地竜が2人に顔を向けた。

「ディーゼ! 悪いけど地竜を引き付けて! 怪我しないように、炎に気を付けて!」

「解った!」

 ディーゼは魔地竜の顔に向かってまっすぐに走り、レイトは正面から右側に逸れて走る。


 ディーゼが至近距離に近付いた時、魔地竜はディーゼに向けた口を大きく開き、炎を吐いた。正確には、口から放出した魔力を炎に変えた。迫る炎を、ディーゼは地を蹴って横に跳び、避ける。

 その間に岩に飛び乗ったレイトは、魔地竜に向かって飛び降りつつ、振りかぶった剣を振り下ろす。


「たぁっ!!」

 ザクッ。


 レイトの剣が鱗に喰い込む。


「ギギャアアアアアッ」

 魔地竜が叫び、尾を振る。レイトは素早くそれを避けた。

(くそっ、浅い! もう一度!)

 レイトは魔地竜から一度は離れたが、すぐに岩を蹴って再攻撃に移る。魔地竜がレイトを振り返る。

「アンタの相手はアタシだよ!」

 ディーゼが魔地竜に飛び掛かり、双剣を目に切り付ける。魔地竜はディーゼに勢い良く顔を向けるが、その時には彼女は離れている。


「やっ!!」

 レイトがもう一度、先ほどよりも多い魔力で剣を強化し、尾の付け根に向けて斬り掛かる。


 ザシュッ。

「ギャアアアアアアアアアッ」

(よしっ)


 今度の剣の強化は十分だった。尾が完全に切断される。

 レイトは地面から再び飛び上がり、魔地竜の背に飛び乗った。前方に向けて背を駆け、首の手前で飛び上がる。

 その間にディーゼは魔地竜の反対側に回り込み、もう一方の目にも剣で斬り付け、すぐに離れる。

 魔地竜が闇雲に頭を振り、口を開けた時。


「とどめっ!」

 落下の勢いも付けたレイトが、魔地竜の首の付け根に剣を突き立てた。

「ギャウウウウウッ」


 空を見上げた魔地竜は、身体を痙攣させ、そしてズドォッと地に伏した。

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