008 魔人の村
崩れた旧いロンテールの町を出た4人は、ディアブルとディーゼが先に立ち、レイトとレテールはその後ろからついて行く。
「さっき2人が言っていたこと、本当かな?」
前の2人に聞こえないように、レイトは小声でレテールに聞く。
「嘘を吐いてはなさそうだ」
「それじゃあ……」
「真の魔王はすでに覚醒している。そしてそれは、ローランディアの王子ではない」
「ってことだよね」
レイトの足取りは昨日よりも軽く見える。まるで胸のつかえが1つ取れたかのようだ。
「しかし問題は何も解決していないぞ?」
「うん、解ってる。ここで魔人の証言があったからって、人間社会に広まった噂は早々消えないよね」
「しかも手配書が出ている、つまり国が認めてしまっているからな」
「そうだよね。でもこれで、迷いは無くなったよ」
「迷いのある剣では奴には到底勝てないからな」
「うん」
一方で、魔人の兄妹も後ろに聞こえないように話をしていた。
「2人の言ってた王子様ってのが、本当に魔王なのかな」
「それは判らない。しかし、今も魔王がいることは確かだ。それはディーゼも解っているんだろう?」
「……うん」
素直に頷くディーゼ。『魔王はいない』と激昂したものの、冷静に考えればディアブルの言う通りであると理解していたのだろう。
「しかし今度の魔王はまだ未熟なようだ」
「未熟?」
「力が弱いのか、それとも使い方を知らないのか。少なくとも、意思に反して身体の行動を強制されることは今のところない」
「うん、それは確かに」
それもあって、ディーゼは魔王の気配を感じつつも『気のせいだ』と斬り捨てていたのだろう。
「それを考えると、今のうちに対処しておいた方がいい……んだが」
「具体策がない?」
「そういうことだ。取り敢えず、このことは村長には話しておくし、魔王城に至るまでに立ち寄る村や町でも話していく。魔王相手にどんな対策が取れるかは判らんが」
「それこそ、話を聞いた人たちが自分で考えればいいことじゃない?」
ディアブルはまじまじと妹を見た。
「どしたの? 変な顔して」
「いや、ディーゼは時々、本質を突くな」
「本質ってほど? 当たり前のことでしょ。朝も言ったことだし」
「そうだな。しかし、大人になるとその当たり前が難しくなるんだよ。他の人や、村全体のことを考えてしまってな」
「ふうん。大人って面倒なんだね。それなら、アタシはずっと子供でいいや」
「そうだな。嫌でもいつかは大人になるんだ。ディーゼは今はそのままでいい」
「何よ~、莫迦にしてる?」
「そんなことはない。ディーゼはオレが思っていたより凄いのかも知れん、と認識を改めていたところだ……ディーゼっ」
「うんっ!」
言うが早いか、ディーゼは駆け出しながら腰から2振りの短剣を引き抜く。ディアブルも槍を両手で握り、構える。しかし今は、ディーゼに任せるようだ。
その後ろでレテールも足を止め、レイトは背中から剣を引き抜いたが、ディアブルの様子を見てディーゼの邪魔をしない方が良さそうだ、と判断、前に出てディアブルと並んだところで警戒する。
ディーゼは、少し先の灌木の繁みに向かって走る。その繁みから、2つの影が飛び出した。魔狼だ。左右からディーゼへと飛び掛かる。
ディーゼは魔狼の姿が繁みから出た瞬間に左側へ軌道を修正、魔狼の爪を避けつつ右手の短剣で魔狼を斬り裂く。
「ギャンッ」
地面に転がる魔狼には目もくれず、ディーゼはもう1頭の魔狼に向かう。魔狼も着地して地面を蹴り、改めてディーゼへと飛び掛かる。しかしディーゼの左手の短剣の方が速く、2頭目の魔狼も地に倒れ伏した。
ディーゼは短剣の血を払うと、鞘に納めてディアブルを振り返り、笑みを見せる。
と、レイトがディーゼに向かって剣を抜いたまま飛び出す。
「は?」
突然のことにディーゼは一瞬身体を硬直させ、すぐに納めたばかりの短剣の柄に手を掛ける。
しかしレイトはディーゼの横を擦り抜け、そのまま灌木の繁みに向かう。レイトが剣を振りかぶった時、繁みからもう1頭の魔狼が飛び出した。その魔狼は、レイトの振り下ろした剣により一刀の元に両断される。
レイトは剣を構えたまま暫く周囲を警戒し、魔狼がそれ以上いないことを確信してから剣の血を払い、背中の鞘に納めた。
「アンタ、レイト、狼が3頭いるって最初から判ってたの?」
「え? いや、何頭いるかは判らなかった。でも、ディーゼが2頭斬った後も、気配が残ってたから」
「ディーゼはその辺りがまだまだ弱いな」
ディアブルが2人に歩み寄りながら言った。その後ろからレテールも歩いて来る。
「狼は群れる獣だ。2頭だけということは前例がないわけではないが、多くはない。見える場所に出てきた狼だけ倒して終わった気にはなるな」
「はぁ~い」
ディアブルの指摘に、ディーゼは素直に頷く。自分の欠点を認めて次に活かそうとする意欲はあるようだ。
「これはどうする? 魔石と牙を採って皮だけ剥ぐか?」
レテールが言った。狼の肉は美味くないので、大抵は捨てられる。魔狼も同じだ。
「できれば持ち帰りたいが……昼用に1頭だけ解体して持って行こう」
人間と違い、魔人は魔狼の肉も食べるらしい。
「それなら、3頭纏めて私が運ぼう」
「いくらなんでも、狼3頭を1人で運ぶのは無理だろう」
「いや、問題ない」
レテールは、ディアブルとディーゼに魔狼から離れるように言うと、魔狼の死骸から魔石だけ取り除き、魔狼を囲むように複雑な魔術陣を形成する。レテールが魔術陣内の魔狼に魔力を込めると、その死骸がみるみると縮んでゆく。
「これで持ち運べる。明日の夕方までなら、魔力もなんとかなるだろう」
レテールはバッグを開けると、今は何も入っていないその中に、小さくなった魔狼の死骸を入れた。魔石は腰に付けた袋に入れる。
「……なんだ、それは?」
「圧縮魔術ですよ」
レイトが言った。何故か少し得意げに。
「圧縮魔術?」
「そうか、魔術陣が使われるようになってから100年も経っていないから、魔人は知らないのかも知れないな」
「ふむ。なるほど」
レテールの説明に、ディアブルは顎に手を当てて考え込むように頷く。
「アタシもできるようになる?」
「魔力の制御精度次第だな」
「よしっ! 頑張るっ!!」
レテールに言われて、ディーゼは両手に拳を作って力を込めた。
「ディーゼはその前に、戦闘中の状況判断も身に付けないとな。さっきはレイトが割り込まなければ危なかった」
「解ってるよ。それより早く行こっ」
ディーゼは先頭に立って歩き出した。ディアブルも、レイトとレテールを見て肩を竦めると、妹の後を追う。レイトとレテールも顔を見交わし、笑みを浮かべて2人を追った。
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途中、魔人たちの旧い村の跡地でもう一泊し、翌日の昼過ぎ、西の空が赤くなる前に4人はディアブルたちの住む村に着いた。
村は、石ではなく太い丸太で作られた壁で囲まれている。その壁が途切れた門では、2人の魔人が番をしている。魔人にとっても魔獣は脅威になっているということだ。
「お帰り、ディアブル、ディーゼ」
「その2人は?」
門番が聞いた。
「客人だ。2、3日、村に滞在する予定だ」
ディアブルとディーゼの旅支度が済むまで、レイトとレテールもこの村に滞在することになる。
「客? ……もしかして、人間、か?」
「うん、そうだよ」
ディーゼが笑顔で門番に答えた。
「人間を村に入れて平気なのか?」
門番が訝しげに言う。
「問題ない。この2人に害意はない。それに、途中で狩った獣を持ってもらっているから、どちらにしろ入って貰う必要がある」
「は? 何も持っているように見えないが。そのバックに入る程度の物なら、中身だけ持っていけばいいだろう」
「圧縮してあるからそうもいかない」
「圧縮? なんだそれは」
門番とディアブルの問答に、このままでは埒が明かない、とレテールは小型の獲物──魔兎──をバッグから出し、圧縮魔術を解除して見せた。目を剥く門番に、さらにディアブルが『人間を村に入れるな、などという仕来りはない』と押し切り、4人は村に入った。
「人間との諍いが終わってまだ1年も経ってないからね。頭の硬いのもいるのよ」
レイトと並んで歩きながら、ディーゼが言った。
「そうだろうね。それは人間も同じだろうな。魔王がいなくなった後で魔人と遭遇した人には会ったことないから、あんな風に直接的に嫌悪している人は見てないけど」
「簡単に切り替えられるものでもないよね。……ここがアタシとディアブルの家。入って」
魔人の村の家は、柱の土台を除いてすべて木でできている。高床式で床が地面から10テール(約1メートル)ほど浮いているのは、魔鼠など小動物の侵入を警戒してのことだろうか。
階段を上がって室内に入ったところは広間になっていて、奥にいくつか部屋があるようだ。
「取り敢えず荷物は、その辺に置いといて。2人は1部屋でいいよね? 部屋用意するから」
ディーゼはパタパタと奥に駆けて行った。
「レテールはオレと来てくれ。解体場に案内する」
「解った」
レテールとディアブルもいなくなって広間に1人になったレイトは、取り敢えず荷物の整理をすることにした。武器の手入れもしておかないと、などと思いながら。




