-000 魔王の最期
「終わりだ。最後に言い残すことがあれば聞いてやる」
剣士ランゼは、両手を床について息を切らしている魔王の額に向けて、剣を突きつけた。
魔王にはもう戦闘能力は残っていないように見えたが、周りでは重剣士エピスタ、槍士リエラ、弓士マギエンが油断なく武器を構え、魔術士ソルシアも複数の魔術陣を浮かべている。
魔王は前足にも後足にも力が入らないようで腹這いになり、ランゼの前で上体を傾けているが、それでもなお、その頭はランゼの頭上にある。背中から生える見事な翼は、激しい戦闘で片翼は半ばから捥げ、もう片翼も力無く垂れている。
頭から生える2本の角の片方は、戦闘中にランゼに斬り飛ばされている。残った角も傷だらけだ。
ボロボロの魔王だが、それは相対する5人の戦士たちも似たようなものだ。5人とも、衣服も鎧もズタズタで、破れた衣服の隙間から見える肌も傷だらけだ。傷の割に流れる血が少ないことから、皆、魔力で身体強化をしたままであることが見て取れる。
武器を構えてはいるものの、全員が息も荒くなっており、万一、魔王が奥の手を隠し持っていたら、全滅を覚悟する必要があるだろう。
しかし、5人相手に大激戦を繰り広げた魔王も、すべての手札を使い果したらしく、床についた手を上げることも、残った翼を打ち振るうこともなく、弱々しく口を開くだけだった。
しかし、開かれた口から流れた言葉に、5人は目を剥くことになる、
「我を倒した程度で勝った気になるなど烏滸がましいにも程があるな、人間よ」
「何?」
魔王は唇の端を上げてニヤリと笑みを浮かべた。ゴブッと口から赤黒い血が噴き出るが、それでも不敵な笑みを消しはしない。
「我は魔王様の影武者。真の魔王様は人間どもに紛れて、復活の時を待たれている」
「何だと!? どこだ! 魔王はどこにいる!!」
ランゼは剣を握る手にグッと力を込め、魔王を見据える。魔王は、瀕死でありながら余裕のある態度を崩さない。状況を考えれば強がりにしか見えないが、五人は魔王の言葉に真実の片鱗を感じた。
「ふふふ、勝手に探すが良い。近く、魔王様は復活する。人間どもよ、震えて眠れ。我は人間どもが魔王様に蹂躙される様を、黄泉の深みで眺めていよう」
「待て! 魔王! 真の魔王とは誰だ!! どこにいる!! おい!!!」
「ふふ、影武者の我に辛うじて届いた貴様の剣、真の魔王様に届くかな……?」
「御託はいい! 真の魔王の居場所を言え!!」
「貴様らで勝手に探すがいい。我の命はここで果てる。しかし……」
「何だ!」
「黄泉への旅路に、貴様の首は貰って行こう!!」
力を尽きていたかに見えた魔王は、床についていた両手をいきなり持ち上げ、目の前にいるランゼに襲い掛かった。
「ランゼ!!」
少し離れて囲んでいた仲間たちが、魔王にとどめを刺すべく行動する。
ザシュッ。
しかし、仲間たちよりも一手早くランゼの剣が一閃し、魔王の首を斬り飛ばした。斬られた首から噴き出た赤黒い魔王の血液が、ランゼの全身を染め上げる。
一瞬遅く、エピスタの振り下ろした大剣が、リエラの突いた槍が、マギエンの放った矢が、ソルシアの魔術陣から迸った炎の光線が、魔王の巨体を斬り裂いた。
ズドォッと魔王の上体をが床に崩れ落ちる。ランゼは潰される前に後ろに飛び退いた。
「……死んだ、か?」
エピスタが大剣の先で魔王の身体を突ついた。先ほどの行動も、隠し持っていた奥の手というわけではなく、最後の悪あがき以上の意味はなかったらしい。首を刎ねられた魔王の身体は、ピクリとも動かなかった。
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魔王は斃したが、魔王領の各地では、まだ多くの騎士たちやハンターのパーティーが魔獣と戦っているだろう。一行は一休みした後、来た道を戻った。
「魔王のあの言葉、本当だと思うか?」
大柄な重剣士エピスタが誰にともなく言った。
「苦し紛れのハッタリでしょ? あんなのが他にもいたら堪らないわよ」
最前衛を歩いている槍士のリエラが振り返って言い、すぐに前に向き直る。頭の後ろで一つに纏めた長い髪が揺れる。
「本当だとしても、すぐに問題になることはないだろう。魔王の口振りでは、まだ目覚めていないようだった」
剣士ランゼは、魔王の言葉を思い出しながら言った。全身に浴びた魔王の血は、魔術士ソルシアの浄化魔術で落とされている。
「でも、その話は下手に広められないわね。魔王の言葉が本当なら、人間の中に真の魔王がいることになるもの。人間狩りが始まるわよ」
ソルシアは魔王の言葉の危険性を説いた。
「その辺りは、国に任せるしかないだろう? オレたちは一介の戦士、ハンターに過ぎないんだから」
弓士マギエンが矢を番え、周囲を警戒したまま言った。
「マギエンの言う通りだ。俺たちが今考えても仕方がない。一時的か恒久的かはともかく、魔王の脅威は去ったんだ。まずは外に出て、騎士たちと魔獣を一掃しよう。それから凱旋だ」
「ああ」
「そうね」
ランゼが力強く言った言葉に、四人も強く頷いた。彼の言う通り、一先ず魔王の脅威は世界から去ったのだから。