パートナーの作り方
ひそひそ話が聞こえると、私の悪口を言われているような気がする。
笑い声が聞こえると私が笑われているような気がする。
こんなことを言うと自意識過剰だと嘲笑われるんだろう。
そんなこと私だって分かっている。
…………でも仕方ないじゃないですか。
考えるより先に思ってしまうんだから。
花や宝石を見て綺麗だと思うことや。虫や霊を見て怖いと思うことと同じだ。
誰かと会う度にそんな思いをするくらいなら、この部屋で野垂れ死んだ方がマシだ。
誰もこの部屋に入ってこないで。私だけの世界を侵さないで。
……私の願いはそれだけなのに。
「授業に出席なさってください。クラスの皆さん貴方のことを待っているんですよ」
嘘つけ。私のことを待つ、物好きなんているはずない。
仮にいたとしてもスクールカースト最下層の私を嘲笑って優越感に浸りたいだけだろう。
私はそんな奴らの使い捨てのおもちゃになるつもりはない。
私が教室にいるだけでどれだけ惨めな気持ちになるのか。今私の目の前にいる生まれながらに美人で王女様なメア=ルディーノさんには想像だって出来ないだろう。
「……授業に出るつもりはありません。もう帰ってください」
「そんなこと仰らないで。カルディアさん」
ルディーノさんは私の手を握りながら言った。
『せっかくバシレウス学園に入学出来たのに。
授業も出席せず自室に篭りきりなんてこの人の辞書に恥じらいという言葉はないのかしら?』
ほら口では綺麗な言葉を並べても。
心の中では私のことを馬鹿にしてるんだ。
私の魔法は触れた相手の心を読むという魔法だ。
この魔法のせいで昔から知らなくていいことばかり知ってしまった。
「…………恥じらいなんて毎日死ぬ程感じてますよ」
「え……」
しまった。つい心の声に反応してしまった。
どんな魔法を使えるかなんて知られて得することなんてないのに。
「私恥じらいなんて言葉、口に出したかしら?」
「は、はい!仰ってましたよ!」
「貴方に聞いていないわ。グラス。カルア」
「「仰られておりません。メア様」」
クソッ!双子の奴隷のせいで誤魔化せなかった。
「……もしかして心を読める魔法を使うのかしら?」
「そ、そんな稀少な魔法、私みたいな平民に使える訳ないじゃないですか!」
「……頬が紅潮しているし、唇を舐めたわね。どちらも嘘をついた時の特徴だわ。
私嘘は嫌いよ。もう一度だけ聞くわね。貴方心を読める魔法を使うの?」
彼女の目は確信していた。
今から嘘をどれだけ並べても意味がないだろう。
大国の王女様に嫌われると後々大変そうだし、正直に言うしかないか……。
「……はい。心を読む魔法を使います」
「やっぱりね……」
『化け物!!』
私が生まれ育った場所は辺鄙な田舎で、魔法を使えたのは私だけだった。
魔法自体が珍しい田舎で心を読む魔法を使えるなんて、化け物と呼ばれる理由としては充分だった。
ルディーノさんも私のこと気味悪く思うんだろうな。
王女様ともなると知られたら困ることも沢山あるだろうし、二度と私の近くには来てくれないかもな。
……まぁ慣れてるから別にいいけど。
「とっても素敵な魔法ね!」
「…………は?」
予想外すぎる言葉に脳の処理が追いつかなかった。
「ほ、本気で言ってますか?」
「ええ。もちろん!私嘘は嫌いって言ったでしょ?
その魔法があれば誰とだって本音で語り合えるじゃない!」
ああ。この人はこの年まで悪意に晒されずに生きてきたんだな。
……羨ましい。
「とにかく授業は受けてくださいね!」
そうに言ってルディーノさんは帰っていった。
やっと帰ってくれた。
この30分間で半年分は疲れた気がする。
もうなにもしたくない。
廊下を歩くメアとグラスとカルア。
「あれだけ言えば明日から授業を受けてくださるわよね!」
「うーん。どうでしょう」
「メア様のお言葉に感銘を受けられたようには、見受けられませんでしたが」
「そんなことないわ!きっと彼女は分かってくれたわよ!」
「「……そうだといいですね」」
グラスとカルアはメアを諭すのを諦めた。
メアは一度こうだと確信した事は、余程のことがない限り意見を変えないという事を長い付き合いで実感しているからだ。
「おや。これはこれはルディーノさんじゃないですか」
「げっ」
「なんですかその反応は。級友に大して失礼ではありませんか?」
「……誰かを嫌うのは多大なエネルギーを消費するからあまり好まないけれど、貴方みたいな胡散臭い男はどうしたって好きになれないのよ。
……レイン=ライトフィルド」
「フルネームで呼ぶなんて他人行儀ですね。気軽にレインとお呼びください」
「絶対に嫌よ。貴方みたいな男と仲が良いと思われたら、ルディーノ王室の品位を損なうわ」
「善良なクラスメイトに対してそのような発言をなさる方が余程、王室の品位を損なっているように感じますが」
「なんですって!?」
「そんなことより随分とご機嫌でしたね。なにか良い事でもありましたか?」
「ええ。心から仲良くなれそうな方を見つけたのよ」
「……そんなの不可能ですよ。腹の内で何を企んでいるかなんて誰にも分かりません。それこそ心を読む魔法でもない限りは」
「あるのよ!それが!」
「はい?そんな希少な魔法。一体誰が……」
「カルディアさんよ!素晴らしい魔法よね!
でも貴方のような悪巧みばかりしている方は彼女に近づかないで頂戴ね。
貴方だって自分の悪巧みを他者に知られれば困るでしょう?」
「……悪巧みなんてしていませんよ。僕の名前のレインには純粋なという意味が込められているんですよ」
「ふん。せっかく素敵な名前をつけて頂いたんだから、きちんとその名に相応しい行いをして欲しいものね」
「名は体を表すとはまさに僕のためにある言葉ですよ」
「ふん。どの口が言っているのかしら」
「メア様。そろそろアスト様の元に向かわれないと自室に帰ってしまうかもしれませんよ」
「あらそうね。貴方のような方とお話ししている時間はなかったわ。失礼するわね」
「ええ。また明日お会いしましょう」
「出来れば私の前に顔を出さないで頂けると助かるのだけれど」
「そんなこと仰らないでください。僕は友達100人欲しいんですよ。達成するためには友達になる相手を選んでいられないんです」
「友達を選べる余裕があれば、私とは友達になりたくないという意味かしら?」
「そんな意味じゃありませんよ。そんなに疑り深いとアストさんに振り向いて頂けないのでは?」
「な!?余計なお世話よ!!本当にデリカシーのない男ね!!グラス、カルア。行くわよ!」
「「はい。メア様」」
三人は踵を返して歩き出した。
「またお話ししましょうね」
「二度とごめんよ!!」
相変わらず面白い女性だ。
彼女を怒らせるのは良いストレス解消になる。
大国の第一王女に顔を売っておいて損もないしな。
例え嫌われようと無関心よりは余程良い。
提案者が嫌いな相手というだけで、国の利益に
になるビジネスを断る程、愚かな女性でもなさそうだしな。
それに良い情報を教えてもらった。
カルディアさんか。
この学園で唯一、寮の自室に引きこもっている生徒の名前だな。
愚かな方だ。
例え魔王にはなれなくても、この学園で中の上以上の成績を収めれば将来は確約されたも同然だというのに。
最低限度の努力もしない悪魔はあまり好まないが、僕の理想とする世界に彼女の魔法は役に立つだろう。
「……一度ご挨拶に伺わないといけませんね」
翌日
カルディアは通販で予約した小説を楽しみに待っていた。
もうそろそろ来るはずなんだけどな……。
早く読みたいなぁ。
小説を読むことにしか生きる意味を見出せない。
本当は小説の主人公みたいに。友達とお昼ご飯を一緒に食べたり。カフェに行ったり。たまにはテーマパークになんかも行ってみたいけれど。
学校にも行けてない私がこんな事……。願うことすら贅沢だろう。
「ピンポーン」
チャイムが鳴ったのでインターホンを確認した。
きっと寮母さんが荷物を届けに来てくれたんだ。
そう思ったが、ドアスコープに映ったのは宅配業者らしき服を着た男の人だった。
な、なんで……。
いつも寮母さんがロビーで受け取って持ってきてくれるのに。
ど、どうしよう。
寮母さん以外と話すの怖いし。無視する?
……でも今すぐ読みたいし。再配達になるのも申し訳ない。
「ピンポーン」
再びチャイムが鳴った。
は、話すっていっても荷物受け取るための最低限の会話だけだし。だ、大丈夫。
これくらいで大袈裟だと、殆どの人が思うだろうけど、私にとっては毎日見ている自室の扉が魔王城の扉に見えるくらい緊張した。
「…………あ、あり……がとうございます……」
なんとか扉を開け、吃りながらもお礼を言った。
「初めまして。私同じクラスのレイン=ライトフィルドと申します」
「え……。た、宅配じゃ……」
「不躾な訪問お許しください。怖がらせてしまいましたね。普通に訪問してもお会いするのは難しいと思いこのような手段を取らせていただきました。
ルディーノさんも会うのに苦労されたと小耳に挟みましたので」
ど、どうしよう……。怖い!!扉閉めよう!!
急いで扉の取っ手に手をかけた。
「お待ちください。話だけでも聞いてください」
「か、帰ってください!!」
思いっきり扉を閉めようと手に力を込めると、ライトフィルドさんが私の手に触れてきた。
い、嫌だ!!この人もきっと私のこと見下してる!!
『貴方に危害を加えるつもりはありません。どうか話だけでも聞いてください』
えっ。
予想と違っていた心の声に思わず、扉を閉める手を止めてしまった。
「心の声を聞いて少しは安心しましたか?」
「な、なんで知って……」
「ルディーノさんにお聞きしました」
……昨日の人か。
見るからに口軽そうだったもんな……。
今頃、学園中で噂されているのかもしれない。
身体に触れるだけで心の中を読み取る不気味な女がいると。
こ、怖い……。
やっぱり私はずっとこの部屋に……。
「確かにルディーノさんは口が軽いところはありますが、会話の流れで聞いただけですよ。
言いふらしたりしていた訳ではありません」
「な、なんで……」
この人も私と同じ魔法を?
「僕はそんな高度な魔法は使えませんよ。貴方の顔に全て書いてあります」
「え……」
「……皆が皆。貴方のように素直なら世界は平和なんでしょうね」
「……あ、あの?」
「これはこれは失礼しました。
どうか話だけでも聞いて頂けませんか?怪しく思われるなら、手でも繋いでなにを考えているか確認して頂きながらでも構いませんので」
……きっと断るべきだ。
この人顔に詐欺師って書いてあるし。
…………でも。心の中で見下されなかったのはすごく久しぶりで。それが嬉しかったから。
「…………は、話だけですよ?」
なにかお礼をしないとと思った。
「ありがとうございます」
この選択が私の生涯を大きく変えることになるなんて、この時の私は少しも思っていなかった。