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4.怨霊ベビーに朝食を。



 娘の彼氏候補が我が家に来ることになった。

 そう、あくまでまだ彼氏「候補」だ。

 俺はまだ、認めていないぞ。


 キッチンで2人分の朝ごはんを作っていると、玄関のチャイムがなる。

 来たか。

 君は朝飯食ってきたんだろう?

 娘と自分の分しか用意してないからな。


 ドアスコープを覗きにいくと、誰も立っていなかったので、普通にゾッとする。

 ドアを開けて外を見るが、やはり誰もいない。


 首をかしげながらキッチンに引き返す。

 するとそこには、勝手に俺の分の朝ごはんを食している彼氏候補が座っていた。


「お邪魔しています」


 娘が先に招き入れていたようだ。

 その口に運ばれる俺の朝食。

 そして、使用してるのは俺の箸だ。


 思わず怒りの感情がこみ上げる。

 日本人の食べ物の恨みは恐ろしいぞ……と心の中で呟いた。


 俺の怒気を察したのか、「すみません、『どうぞ』と進められたので、つい……」と申し訳なさそうに詫びる彼氏候補。

 それでも、俺の箸を使っているのは許せない。



 そして、娘は彼氏候補の膝の上でゴクゴクと哺乳瓶で赤ちゃん用ミルクを飲んでいた。

 なんだ、この感情は――――大切なものを奪われたような気持ちは。

 まさかこの男にヤキモチ?

 俺は彼氏候補への激しい嫉妬心を自覚する。


 赤ちゃん姿の娘に、娘の分の朝食が無駄になる未来が見えた。

 仕方なしに、こっちを俺が食することにする。

 色々とみじめな気分だ。

 娘用の可愛らしいお箸とお椀が、余計に哀愁を誘う……



「あ、始まるみたいですよ」


 空気を和らげるように、彼氏候補がテレビを付ける。


 何でも、これから始まる番組で彼のクラスで起きた事件(娘も関係者だ)を取り上げることになっていて、番組の中で事件の重要参考人として電話で話を聞くことになっているらしい。

 彼氏候補によると、番組スタッフからアポ取りの電話が突然掛かってきたそうだ。

 学校の関係者か、亡くなった生徒の父兄の誰かが漏らしたのだろうか……



 いつもの朝の生放送の情報番組が始まった。

 ただし、例の事件の特番ということのようだ。


「中学校怨霊襲来事件」という事件の名称がつけられている。


 普段スタジオにいないイケメンの霊能者が登場し、視聴者からの情報提供を呼びかけている。


 前もって用意されていたのだろう。

 亡くなったひとりの生徒の父母の手紙が読み上げられた。

 何でも、立派な息子だったそうだ。


 ――嘘はよしてください。お宅の息子さんはイジメをやってましたよ。


 とはいえ、我が子を失うというのは、とても胸が痛むことに違いない。

 同じ親の立場としてとても胸が痛む。




 番組が進み、情報が整理されていく。




 そして、別の放送局で起きた放送事故――いや、事件が取り上げられた。

 例の、怨霊母が起こした事件だ。


 こちらも「スタジオ怨霊襲来事件」という事件の名称がついている。


 どうやら番組側は、この2つの事件に何らかの関連があるとみているようだ。


 まあ、「中学校怨霊襲来事件」を放送していたら起こった事件だから、関連性を疑うのは当然ではあるか。



 俺が、秘めていた悪事を暴かれていくような胸の苦しさを感じていると、番組の情報ボードに見覚えのある恐怖のWEBサイトと、ある人物のプロフィールが紹介される。



「あれ? これはマリが作ったWEBサイトじゃないか。それにこれは、マリのお母さんの個人情報?」


 この前判明した我が怨霊娘の名前をさり気なく口にする。

「マリ」――なんて愛らしい名前なんだ。



「パパ……勝手に名前呼ばないで」

「ぐっ……」



 娘に不条理に叱られてしまった。

 いくらなんでもヒドい。

 我が子の名前呼びが禁止だなんて。



 それはそうと、今回の番組も前回同様に不確かな情報をもとに作られたのではないかと警戒していると、色々と詳細かつ正確な情報を把握していて驚いた。

 それに、下世話な低レベルの憶測はかなり排除されている。

 もしかしたら前回の怨霊母の襲撃が警告として作用したのかもしれない。



「これは本当に、大丈夫なのか……?」


 その代わりというべきか、かなりの真実に迫る内容になっていて、別の意味でヒヤヒヤする。

 真実の刃を娘に突きつけられているように感じてしまう。


 逆に、色々と把握され過ぎて、これは困るかも……



 少し心配になり、娘の方を見ると、いつの間にか誰かを呪い殺しそう呪われた眼差しで番組を見守っていた。


 恐ろしくもカワイイ。



「私の霊視では、どうやら元兇はこの正体不明のWEBサイトに書かれている【おまじない】――【儀式】を、生徒の誰かが行ったからのようです」


「この【儀式】は、行った者も含めて全員が呪い殺されるという、非常に強力なものです。ちなみにこのWEBサイト自体からかなり強烈な負の波動を感じています。視聴者のみなさんは絶対にパソコンやスマホで探したり表示しないようにしてください」


「このWEBサイトの製作者は、生きた人間ではないですね……」


「スタッフさん、この【怨霊ベビー様】の【おまじない】。ここ、モザイクかけてください……割と危険だと思います……はい、ありがとう。危なかった」


「えー、また私の霊視によると、■■放送のスタジオを襲った霊は、この教室に現れた霊と親子関係のようですね――――」



 不足している情報は、番組が用意した、イケメンの霊能者が霊視能力を使い、次々と埋めていくのだが、かなり当たっている。


 かなりの能力者だ。



「うーむ。この生き残った人物は、クラスで孤立していた可能性があります」



 あれっ。

 このままだと、彼氏候補が【怨霊ベビー様】を呼び出した犯人だとバレるかもしれない……?

 唯一生き残った「被害者」が実は「犯人側」だった、なんてことになったら、彼は若くして人生詰んでしまうのでは……あわわ。



「念の為、生き残った人物が【儀式】を行った犯人か霊視してみます……ふむ。違うようですね。安心しました」



 えっ。

 と、横の娘を何気なく盗み見ると、呪いの微笑を浮かべる我が娘がいた。


 あ、はい。

 ウチのコなら、あの程度の霊能者の妨害くらい出来ますよね〜。



「この母親の霊が怨霊化した原因は……」


 しかし、怨霊母について俺も知らない事実がイケメン霊能者により次々と暴かれていく。

 そこの霊視も妨害した方がいいのでは?


 と、俺はハラハラとしながらも、新事実に息を飲む。

 怨霊母(と娘)に起こった数々の痛ましい事実に胸が締め付けられる。



 そうですか……なんてひどい父親、そしてなんて救われない社会の仕組み……

 そりゃ、化けて出ますよね……



 娘の表情を盗み見ると、不敵な笑みを浮かべたままだったが……


 娘の心は傷ついてはいやしないだろうか。

 父は心配だ。

 ぶしつけに秘密を暴いていくイケメン霊能者に怒りを覚える。

 彼氏候補を見やると、彼も怒ってるらしい。

 その様子を見て、ほんの少しだけ娘の相手として認めてあげてもいいかもしれない、なんて一瞬だけ思った。



 イケメン霊能者が怨霊母と娘の呪い、そして怨みに秘められた謎を明らかにしていく。

 それにつれ、血はつながってないけど、娘より先に俺の方がどうにかなってしまいそうだ。

 娘が冷静だから、辛うじて耐えれているだけで。



「それでは、事件唯一の生き残りの少年に電話を掛けてみます」



 彼氏候補の電話番号はイケメン霊能者が霊視して見つけたそうだ。


 やはりこの霊能者、かなりの実力者だ。




 イケメン霊能者が自分のスマホでピポパとやり始めると、


 ♪〜♪〜


 すぐに隣の彼氏候補のスマホが着信した。


 スピーカーモードになっているのか、テレビの中とすぐ傍の両方から呼び出し音がなっている……



 とっさに、人生の先輩として彼にいくつかアドバイスを急ぎ行う。


「君が【儀式】を行ったことは、黙っている方がいい。他も嘘を付くよりは黙秘だ」

「はい、分かりました」


 さて、どうなることか。



 ◆



「今日は、はじめまして」

「はじめまして」

「放送は見てましたか」

「はい、見てました」



 と、穏やかなあいさつから始まった2人の会話は次第に緊張をはらむものに変わっていった。



「私の霊視によると、貴方のすぐ近くに【怨霊ベビー様】を感じます」


 確かに、すぐ近くにいる。


「非常に危険です。しかし、貴方の許可を貰えば、この電話越しに除霊することもできますよ」


 な、なんだって!?


「どうしますか?」とたずねてくる霊能者。


「そんなことが出来るんですか?」

「はい。普通の霊能者には無理ですが、私なら出来ます。ただし、あなたの許可が必要です。貴方が『うん』と言えば、この怨霊……【怨霊ベビー様】を消滅させることができます。たまたま貴方の近くにいるからです。それに、もし除霊せずにそのままにしておいたら、逆に貴方の命が危ないです」

「僕の命が危ない……とは?」

「怨霊に生気を奪われて、死に至る可能性が高いです」

「なるほど……」


 彼氏候補が、チラ、と俺と娘を見てくる。


 ……まさか、除霊を承諾するつもりなのか?


 もしや、本当に我が娘を裏切るつもりなのか?


 いや、もし本当に除霊できるなら、それは俺も自由になることを意味していて――



 彼氏候補、俺、霊能者、番組出演者ら全員の緊張感で、家の中の空気が、一瞬で重くなったのを感じる。

 まるで何かが家全体に覆いかぶさるかのようだ。

 しかし、我が娘は気にしてないように哺乳瓶の中のミルクを傾けた。



「さあ、どうしますか? 選択権は貴方にあります」


 数秒間の沈黙が流れる中、彼氏候補の額に汗がにじむ。

 もしかすると、このまま霊能者の力をこの場所に招き入れてしまうのかもしれない。

 固唾を飲んで彼氏候補の返答を待ったが、彼の震える手と、汗で光る額を見ると、その重圧がどれほどのものか想像するのも難しくない。



 そして、口を開いた。


「……結構です」


 沈黙が続いた後、霊能者の声がやや焦り気味に聞こえた。


「えっ、何ですって?」


 彼氏候補の返答が信じられないという様子だ。


「何故です? 本当にそれでいいんですか?  あなたには今、この呪いの連鎖を止める鍵を持っています。力があります。ここで決断しなければ――それに、貴方の命が危険、」

「でも、僕はクラス全員にいじめられていたんですよ。その……【怨霊ベビー様】というんですか? その霊と、【儀式】を行った人にお礼を言いたいくらいなんです。僕は」

「しかしですね――――」

「もういいです。通話を切りますね」


 ぷっ、ツー、ツー



 ◆



 切断音が、虚しくテレビの中でしばらく鳴っていた。


「切られてしまいましたね……」

「そうですね……」

「彼の近くに、例の【怨霊ベビー様】を感じたんでしょうか?」

「はい、ハッキリと。見てください、私の腕を。震えている……とても強力な怨霊でした。成仏させる唯一のチャンスだったのに……」


 唖然とした虚しい空気感になる情報番組のスタジオ。




「じゃあパパ。行ってくるね」

「えっ?」


 そのセリフが聞こえてきて、「ヤバい」と思ったのだが、既に娘の姿は彼氏候補の膝の上から消えていた。


 次の瞬間、テレビの中から「うわっ!?」と霊能者の声が響いた。


「……ん?」


 俺はテレビを見つめた。

 そこには映らないが、我が娘がテレビの向こうにいる気配が強く感じられる。

 そして次の瞬間、テレビに映る霊能者の顔が引きつった。


「……例の怨霊がこの場所に来ています……思った以上に強力だ。そこにいます……しかし私の力ならば……ダメだ、やめろ、来るな……!」


 取り乱すイケメン霊能者が次の瞬間、胸を押さえて倒れ込む。

 苦しそうに身をよじり、口から何かを吐き出す。

 それは黒い煙のようなものだった。


「うっ……ぐぅ……!」


 呪いだ。

 間違いない。

 我が怨霊娘が彼を攻撃したのだった。


 その直後、番組スタッフが大混乱に陥り、カメラがブレる中で何人かが叫び声をあげた。


 スタジオのスタッフが動揺しているのが映し出される。

 カメラが揺れ、アングルが乱れる。


 そして、突然、スタジオの照明がバチンと音を立てて落ちた。

 真っ暗になったスタジオに、何か重いものが落下する音が聞こえた。


「ぎゃっ」


 変なグシャッと柔らかいものが硬くて重いものに押しつぶされるような音がした。


「何だ、何が……」


 画面が突然ブラックアウト。

 生放送は中断された。


 そして、局は違うけども見覚えのあるような、例のテロップ。



「ただいま」


 可愛らしい帰宅を告げる声。

 俺は思わず娘を見る。

 彼女は哺乳瓶を握りしめたまま、邪悪に笑っていた。


「パパ、彼氏選んでくれたね」


 娘はそう言うと、再び哺乳瓶を口に当てた。

 彼女の微笑は、どこか邪悪だが、純粋さも残っている。

 またしても恐ろしいことをしでかしてきた娘の笑顔に、なぜか安心感すら覚えてしまう。

 そんな自分の状態が恐ろしい。


 だが愛おしくてたまらない。

 そんな感情が入り混じる瞬間だった。

 俺はただその光景を眺めることしかできなかった。


 彼氏候補も、何も言わずに黙って座っている。

 彼が選んだ選択に対して、何を感じているのかは分からない。

 ただ、彼は間違いなく、重い責任を感じているはずだ。


 これから彼にどれだけの困難が待ちうけているのか、俺には分からない。

 親や学校に説明することも増えただろう。

 学校にはもう通えないかも知れない。


 だが、一つだけ分かることがある。


 彼は、この可愛らしくも恐ろしい我が娘と一緒にいる覚悟を決めたのだ。


「……彼氏候補、少しは認めてやってもいいかもな。」


 俺はそう呟いて、冷たい汗を拭った。

 しかし、彼氏候補が娘の彼氏に正式になる時。

 それは俺の寿命が終わりに近づくということでもある。


 この先、俺が何を失うことになるのか、予感はしているが、知りたくはない。



 未来に対する漠然とした不安を胸に、娘と彼氏(未満)を見守ることにした。





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