表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/4

3.怨霊母親の愛は海よりも深い。


 再び前略。


 俺はついこの前まで普通を絵に書いたような、ザ・普通サラリーマンだった。


 そんな俺に最近突然に娘ができた。


 結婚したわけでも昔の彼女を妊娠させたわけでもない。

 というか、彼女なんて出来たこともない。


 この年まで童貞を守っている。


 切っ掛けは近所のゴミ捨て場で呪われたテレビを拾ってしまった事だった。

 なんとその画面から出てきたのは怨霊の赤ちゃんで、その子が何故か俺の娘になった。


 初めは怨霊の赤ちゃんだなんて、とても恐ろしかった。

 ところが、近ごろはとても愛情に近いものを感じてしまっている。

 この前なんて娘に彼氏候補を紹介されてしまって落ち込んだりするぐらいだ……



 え、赤ちゃんが彼氏紹介って意味が分からない?

 気にしないでくれ、俺も何が何だかよく分かっていない。

 訳が分からないことに、とつぜん中学生まで成長して、彼氏候補を見つけてしまったんだよなぁ。


 まだ、あくまで、候補だけど。



 娘は、彼氏候補を虐めていた彼のクラスメイトたちを全員呪い殺してしまった。


 俺の娘は実に恐ろしい力を持っている。



 俺も一度、娘に呪い殺されそうになったことがある。

 その時、「死ぬ前に君の花嫁姿を見たい」と命乞いをしたのだ。


 そして生き延びた。

 俺の命は娘が結婚式を挙げるまでなのかもしれない。


  ブルリ。


 ――来る恐ろしい未来をリアルに想像してしまい、震えが走る。



 今、娘は、また可愛らしい赤ちゃん姿にもどっている。


 そうだね。

 急いで大人になる必要なんてないんだよ……



 ……



 俺はソファに腰掛け、愛しの我が子とテレビを見てまったりとすごしていた。


 赤ちゃんなのに情報番組にバブバブと呪われた相づちをうってる娘。

 なんという天才赤ちゃんなんだ!


 その時、


  ガシャン!!!!


 親子水入らずに水を差すかのごとく、またテレビ画面が割れる現象が起こった。


 実際に割れたのではなく、割れた風に見えるパチンコの高確風演出。



 そして、



  ピチュン



 と、続けて画面が完全に消える。

 これは確定演出か。


 これも前回体験済みだが。


 非常に嫌な予感がする……



 息を飲んで見守っていると画面が切り換わる。


 すると、何でもないどこかのただの地味なキッチンが映し出された。



 それだけで鳥肌が立って仕方がない。



 ふと気がつくと、画面にはひとりの主婦らしき女の後ろ姿が映し出されていた。



 ますます鳥肌が止まらない。



 女は何かしらの作業を止めて、こちらに振り向こうとしていた。



 絶対に振り向かないでほしい。



 テレビの電源を切りたいのに、体が動かない。



 目を閉じたいのに閉じれない。



 だが、とうとう彼女は、移動手段「ハイハイ」で画面から出てこようとしていた。

 いい大人なのにもかかわらず……


 いや、もう俺と娘の前に立っていた。


 見おろされている。


 ソファに座っている俺と娘は逆に見上げる形だ。



 いや、絶対に上を見たくない。



 長い髪が、俺の顔に掛かってくる。



 なんて冷たい髪なんだ。




「ひぇっ……」




 その奥から覗く目を見てしまい、心底、(きも)が氷点下まで冷えこむ。



 間違いなく、間違いなく怨霊だ。




 娘よりも怨霊だ。




 絶体絶命な状況に気を失いたくなる。




「ママ……」


「えっ?」



 まさかこの怨霊は、我が娘の実のお母さんだというのか。



 すると、膝の上の娘の姿が、グチャっとした胎児の姿に変化しはじめる。



 そのまま産み落とされる瞬間の逆再生が行われるかのように女の腹に戻っていく。



「刻戻しの演出……」



 プレミアム演出再び。




 そして、とうとう完全に、愛しの娘が実の母親らしき怨霊のお腹に取り戻されてしまう。



 俺はそれを見守るしかなく……



 娘を自分のお腹に戻した怨霊の女性は、呪いの力を更に増したようだ。



 とても冷たくビチャっと濡れた女の体で、俺の上にのしかかってくる。



「ひぅっ」



 変な声しか出ない。



 怨霊の女が俺に目を合わせてくる。



 合わせないでくれ。




 覗き込んでくる。




 やめろ。




 やめて。




 あ。これ俺、




 死……


 



 ……






「あ、あれ……?」




 気を失っていたようだ。



 意識を取り戻すと、俺は2人の人物とテーブルを囲んでいた。



 ひとりは、また中学生の姿に成長した娘。


 もうひとりは顔が半分前に垂らした髪で隠れている暗い雰囲気の女性。

 もしかしなくとも娘の母親か。



 俺の全身は冷や汗でぐっしょりとなっていた。

 特に、尻の下は漏らしてしまったかのように池になっていた。


 いや、断じてこれは漏らしたのではないと釈明したい。



「娘がお世話になってます」

「あ、こちらこそ」



 冷や汗を垂らしながら挨拶をする。


 やはり母親で間違いないようだ。



「貴方を呪い殺すつもりだったのですが、娘に邪魔されてしまいました」

「あ、そうでしたか」



 呪い殺されるところだったらしい。



「パパは私が殺す。ママは手を出さないで」

「分かったわ」



 娘に命を救われた(?)ようだ。



「ママ、何の用?」

「マリを心配して探しにきたのよ」

「そう。私まだここにいる。帰って」

「大丈夫。もう帰るわ」

「うん」

「それにしても、こんな素敵な女の子になってるんだもの。ママ感動したわ」

「うん」



 恐ろしい怨霊の母娘の、感動の再会シーンだ。


 そして……「マリ」!

 愛しの娘の名前が判明したことにも感激する。



「この娘を流産してしまい、会えずじまいだったのが私の心残りだったんです」


「そうですか」と相づちをうつ俺。



 ということは、母親の方はこれでこの世への未練がなくなり、成仏できるというのだろうか?


 そして、もしかしたら俺の娘も成仏してしまうのか……?




 ふと、母の方がテレビ画面をじっと見ていることに気がつく。


 テレビでは先程までの情報番組がまだ続いていた。



 この情報番組はお昼の生放送で、最近起きた全国の事件やその他ニュースに有名な芸能人たちが好き勝手なことを忖度無しで言いまくる、というのが売りの番組なのだが……


 どうも、今取り上げられている話題が、どうやら前回の俺の娘が関係している、彼氏候補のクラスメイトを全員呪い殺した事件のことらしかった。



 何々。


「呪われた○中学2年3組の謎! 噂の怨霊ベビーとは! 犠牲になったひとりのクラス委員長は超美少女の学校の人気者で市長の娘!」



 当事者だから分かるのだが、事実と異なる点も多い。


 特に、たったひとり生き残った娘の彼氏候補を黒幕あつかいしたり、いじめの主犯格を美化するなどは、ほとんどデタラメと言える内容というと言えた。



 憶測をまじえて好き勝手しゃべくる芸能人たち。

 無関係の立場だと面白い番組だったのに、関係者視点だとかなりの不快な番組だ。




 耐え切れず俺が思わずテレビの電源を消そうとした時だった。



「あぁ、ダメだわ。抑えられない」

「えっ……?」



 テレビの中に入っていく怨霊母親。


 そう。

 母娘共に、テレビを通して行き来自由らしい。



 生放送中に突如現れた不審な女性にざわつくスタジオ。



 画面が時折、強い砂嵐で乱れる。




 そして、頻繁に入る不気味なラップ音のような音。




 芸能人達が立ち上がり何かを叫んでいる様だが、不快で気味の悪い音が時折聞こえるだけで、何を言ってるかが分からない。



 コッ



  コッコッコッ



 ゲッ



  コッコッコッコッ



 画面上の全員の芸能人の首が、あの女生徒の様に、ゆっくりと捻れていく。



 ゲッ


 ゲッ



 時折入る、ゲッという音は何だろう?





 ここで画面がテロップに切り替わった。




「放送中断中です。申し訳ございませんが、しばらくお待ちください。」




 のテロップが映し出されている。不審人物がスタジオに入ってきたので、放送事故扱いになったのだろうか。



 あのまま放送が続いていたら本当にとんでもない放送事故になっていただろうから、ギリギリセーフというところだろうか。





 しばらくして、怨霊母親が戻ってきた。


「私、ああいうの許せないんです。良く知らないのに憶測で他人を誹謗中傷して」


 どことなくスッキリした顔だ。


「あ、はい……」

「全員、ゲッて首ネジっちゃった」



 テヘペロする怨霊母親は美しいし、かわいくもあるけど。


 あっ、そうですか。


 あの、ゲッていう音は、首をネジる音でしたか。



 もしかしてスタジオにいた全員死んじゃったかな……



「では、娘をしばらくお願いします」

「……あっ。はい」

「じゃあね、ママ」



 娘を残して、母はまた画面の中へと戻っていった。



 何と恐ろしい怨霊母娘なんだ。

 どうやら俺も怨霊母親に瞬殺されるところを娘に寸前で救われたようだし。



 やはり、俺は怨霊である娘をなんとかするべきなのだろうか。



 いや。やはり俺に出来ることなど何もないだろう。


 俺は何の特別な力も持っていないのだ。

 ただただ、娘の幸せを願うしか出来ない。



 恐ろしくも可愛らしくこちらに無表情で微笑む笑顔――――つまり微笑んでなどいない、脳内変換で笑顔に置き換えている――――を見つめながら、改めて何も出来ない現状を再認識させられた俺であった。



 そんなことより、限られた娘との時間を今は大事にしたい。


 改めて、そう思った。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ