2.怨霊ベビーの彼氏探しにサーチあれ。
前略。
俺はついこの前まで普通を絵に書いたような、ごくごく普通過ぎる普通サラリーマンだった。
そんな俺に最近突然に娘ができた。
切っ掛けは近所のゴミ捨て場で呪われたテレビを拾ってしまい、その画面から出てきた怨霊の赤ちゃんが俺の娘になった。
え、意味が分からない?
気にしないでくれ俺も分からない。
彼女が怨霊だという証拠だが、まずひと目見たら禍々しさですぐに呪われた赤子、怨霊の赤ちゃんだと分かると思う。
それに俺は一度呪い殺されそうになったので、怨霊の類なのは間違いないと確信している。
まだ俺が呪い殺されていないのは、「君の花嫁姿を見るまでは死ねない」と俺が彼女に懇願した結果、その時が彼女が結婚するまでに延期されたに過ぎない。
未来が怖ろしくはあるが、花嫁姿を見たいという俺の気持ちは割と本心だ。
その時が来たら、後悔なく娘の呪いの餌食になる所存である。
俺と意思疎通をする必要があったのか、いちど幼女(美幼女というのが正しい)の姿にまで成長した娘だったが、力を失ったのか、今はグロテスクで怖ろしいグニャグニャの水子の姿に戻っている。
そんな彼女が暗い部屋の中、PCを操作して何やら呪われた作業をしていた。
不気味な光景に身震いが止まらない。
愛おしくもあるが……
彼女は一体何をしているのか。
何を作っているのか。
それは画面をのぞき込んだら、すぐに分かった。
そこには、呪いのWEBサイトが恐ろしい雰囲気を放っていた。
そのサイトは真っ当な人間が見てはいけないおぞましさだった。
直視すると魂からSAN値がゴリゴリ削られていく。
しかし、俺は無理して彼女の隣で見守った。
何故なら怖ろしくも愛しい娘の初めての作品だからだ。
その内容は恐怖の赤ちゃん――つまり彼女自身を召喚する儀式の方法について書かれていた。
続けて彼女は拡散目的なのか呪われたSNSのアカウント開設を始めた。
このまま世界中に我が娘の呪いが拡散されていくのだろうか。
恐怖で震える。
恐怖に彼女の才能への感動も加わり、立っていられなくなった俺は床に崩れ落ちた。
思わず俺は叫んだ。
「俺の娘はなんという天才赤ちゃんなんだ! 生まれたばかりでこんな立派なWebサイトを作れるなんて!」
恐怖と感動で涙ぐむ俺を尻目に、娘は呪われたSNSのアカウント開設を続けていく――――
◆
ヴーン
突如、例のテレビが不気味な音を立てて画面を点灯させた。
映し出さたのはどこぞの学校の教室だろうか。
時間帯は夜だ。
中学生と思われる制服姿の少年が教室の中央で自らの手のひらをカッターナイフで深く傷つけた。
かなり痛そうだったので、思わず顔をしかめてしまう。
一体どうするつもりかと見守っていると、何か物品をたくさん入れた箱の中に自身の血を流し込んでいく。
画面が切り替わって少年の顔を映し出す。何となく予想していたよりもかわいいビジュアル顔の持ち主だった。
「僕の命を怨霊ベビー様に捧げます」
なんと「怨霊ベビー」とは俺の娘のことか?
可愛くも怖ろしい素晴らしい呼び名だと感心する。
「このクラスの奴ら全員、どうか怨霊ベビー様の呪いの力で皆殺しにしてください」
彼がそう唱え終わった瞬間、物品と血が入った箱に火が起り、燃え上がった。
そして、
ガシャン!?!?
と激しい音を立ててテレビ画面が激しく割れた。
……いや、割れたように画面に映し出されただけだった。
「なんだ、パチンコの遊戯機の演出かよ!?」
驚かせるぜ……
その様に胸を撫で下ろしていて油断していた俺だったが、続けて画面がピチュンと音を立てて完全に消えた。
「おいおい、今度はパチンコの確定演出か!?」
ギャンブルにあまり良い想い出がない俺である。
娘に手を出さないように注意をしようか、どうしようか……と悩んでいると、時間を巻き戻すかのように、形がまた未熟な半胎児状になっていく。
(刻戻し演出……プレミアム演出キター)
そして、半胎児姿の娘がテレビの画面に向かって恐怖のハイハイを始めたところだった。
俺が息を飲むように見守る中、娘が画面の中に消える。
すると、テレビ画面が映し出したのはまた同じ教室だった。
ただし、夜ではなく日中の明るい日差しを感じさせる中、女性教師による授業が行われている。
教鞭を取ってるのは若い美人教師だ。
彼女が黒板に向かって白のチョークで可愛らしい丸文字を踊らせていると、ボトッと何かが彼女の頭上に落ちてきた。
「きゃっ、冷たい、何が、」
落ちてきたのは俺の呪われた娘だった。
女教師が振り払れた娘のグズグズの胎児状態の身体が、黒板でグシャッとトマトの様に潰れる。
「ひぃぃっ、なななななに? 何!?」
一瞬で異様な空気に包まれる教室だったが、俺も驚いていた。
なぜなら、テレビ画面を眺めていたはずなのに、何故かいつの間に教室の後ろの角に立っていたからだ。
「おっさん誰だよ!?」
目ざとい不良風の少年に見つかる。
しかし、恐怖に染まる俺の表情を見て、また正体不明の人物が異常な登場の仕方をしたことで、教室中に更に異様な雰囲気が広まっていく。
バシッ!
バシッ!
バシバシッ!
「ひぃぃぃいい!? なにーー!?!?」
「ギャーーーー!!? 手ーーー!!?!?」
「いやーーーっ!?!? もうやめてーーーー!?!?!?」
ここで、教室の外側に面している窓ガラス全面に赤い血の手形が押されていく現象が始まった。
巻き起こる悲鳴。
続けて同じ様に廊下側の窓ガラスも小さな手形で埋め尽くされていく。
その手形ひとつひとつが小さな赤子の手形なのが怖ろしくも愛おしい。
どうやら俺は娘主催のショーに、しかも特等席に招待されてしまったようだ。
教室の前と後ろにあるドアを開けようとする生徒数人だったが、ドアも窓も、どこも開かないようだ。
そしてまたしても、今度は逃げ出そうとしている1人の女子生徒の頭上に、怨霊の我が娘が落ちてくる。
「キャーーー!?」
この頃の赤ちゃんが高いところから落ちないかと心配してしまう親の心子知らずの所業である。
悲鳴を上げている女子生徒は瑞瑞しい黒のロングストレートヘアの優等生風美少女だった。
その可愛らしい美少女顔が悲鳴を上げたまま首が捻れていく。
「ギャギャギュギュギョギョ」
そのまま360度、一回転以上して振り返った時には、娘の呪いにより回転前の美少女顔は、面影もなくなっていた。
世界で1番恐ろしい目に合って死ぬと、こんな顔になって死ぬのかという顔だ。
その後、我が娘が巻き起こす恐怖の数々を至近距離で鑑賞し続ける運命が俺に待っていた。
逃げ惑う生徒たちと教師。
誰も逃げられやしない。
もしや、俺もこの教室でこのまま自分の娘に殺されてしまうのだろうか?
恐怖と絶望が支配する呪いの教室の中でしかし、俺だけは恐怖だけではなく、神々しさや愛しさも感じていたのだった。
もしかしたら俺の気は狂っていた。
それとも、現実逃避からだろうか。
絶望的教室の中で俺の意識は眼の前のこととは別に、娘の正体について考察をする余裕が出てきた。
「どうしてまだ世に生まれていない水子なのに怨霊になったのか」
「せいぜい水子の霊にしかならないのでは」
「もしかしたら母親が関係しているのではないか?」
こんな考察をしてみた。
答えはもちろん見つからない。
…………
気がつくと教室は静寂に包まれていた。
生き残っているのは、僅か3人のみ。
夜の教室でひとり儀式を行っていたあの中学生男子の少年と俺、それからひとりの美少女――――言わずもがな俺の娘である。
前回の美幼女の姿からそのまま中学生までに成長するとこう育つだろうと予測できる、まさに超アイドル級美少女だった――と、親バカといわれてもしかたのない絶賛をひとり心の中でつぶやく。
ふむ。俺の愛しい娘は、いつの間にここの中学校の制服を手に入れたのだろうか。
死んだ女子生徒のだとしたら、このお金で新しい制服に買い替えなさい!
――と、俺が財布を取り出そうとしたときだった。
「これ彼氏候補」娘が言った。
「え、ムリ」とは彼氏候補の少年。
「やっぱり殺そうかな」
「そ、そんな」
息の合った二人の掛け合いに、疎外感を感じてしまった俺の心がザワつく。
「――おい、いったいどういうことだ?」
何気ない風を装い事情を確認する冷静な父親ムーブをかますことにした。
説明する少年。
そして我が娘。
つまり、こういうことだった。
少年と我が娘の話を総合すると、彼はクラスメート全員と担任であるあの美人教師から自殺を考えるくらいには酷いイジメを受けていたのだという。
「だから、自殺する前にダメもとで怨霊ベビー様を召喚したのです」
愛する娘は召喚主である彼も呪い殺すつもりだったらしいのだが、召喚主の少年は娘が呪っても何故か生き残ってしまった。
「マイナス200度からマイナス300度に変わる様なモノ」
娘がキリッとした顔で説明する。
得意げなドヤ顔は、恐ろしくも愛しい。
なるほど、酷いイジメを受けていた彼の心は既に呪われていたようなものだから、呪いを受けても平気だったということか。
俺の娘が頭良すぎて感激で震える。
「絶対零度はセルシウス度で マイナス273度だからマイナス300度ってありえないけどね」
さらりと知識を披露する少年。
黙れ。
さっそく彼氏ヅラ始めた少年を心の中で叱りつけた。
しかし、彼氏候補が見つかったということはこのまま結婚して俺は娘に呪い殺されてしまうのだろうか?
恐怖で体が震えてくる。
「こんな軟弱そうな男は、彼氏として認められん!」
ついつい父親ヅラで娘の彼氏候補にダメ出ししてしまう。
「で、ですよね」
「パパ? それに君まで。……そんなにふたりとも早死にしたいんだ?」
「「い、いえ……」」
一気に青ざめる俺と義理の息子候補なのであった。
それにしてもひとつのクラスを丸ごと全滅させてしまった娘について、我が子の成長を喜ぶべきか、それとも怨霊の赤ちゃんを育ててしまった自分を責めるべきのどちらだろうか。
悩む。
いや。今の俺に出来ることは、娘が幸せな結婚をする日を願うことだけだ――――
教室の中に突如現れた例の呪われたテレビ画面の中に帰っていく娘の後ろ姿を見つめながら、俺は改めて、そう決意を固めたのだった。