ロリプニ病
今回は中身がスカスカです。
あ、そりゃいつもか(笑)
ヒマな方だけお読みいただければと。
「ロリプニ病です」
聴診器を耳から引っこ抜きつつ、神妙な面持ちの中年医師は、そんな意味不明の単語で僕の病気を断じた。
「え?」
聞き間違いだろうと思いつつ、少し耳を寄せてみる。
「間違いなく、ロリプニ病の初期症状です」
聞き間違いではなかったようだ。
「あの、咳に鼻水に熱とくれば、お決まりのアレじゃないんですか?」
まぁ、最近は新種のインフルエンザとか流行ってるらしいから、そう単純な話でもないのだろうけど。むろん、そういう危惧があったからこそ、ワザワザ起き出してここまで足を運んできたのだ。
それがまさか、えーと……ろりぷに病などという奇怪な名前の病気だったとは。
「病気の初期症状は似ていることも少なくありませんからな。そう思うのも無理はありません」
「そもそも、どんな病気なんですか、それは」
「その名の通り、ロリっとしててプニっとしたものを無性に愛でたくなる病気です。症状が進むと奇声を発したり、急に踊り出したりと、自律神経に支障をきたす恐れも出てくる重い病気なのです」
「それ、咳と鼻水は関係なくないですか?」
熱はともかくとして。
「……じゃあ熱だけで」
「症状変わったっ!」
いいのか、それで。
「とにかくそういうワケなので、お薬出しておきますから」
「薬、ですか?」
その病気が薬で治るものなのか?
「ちょっと保険が利きませんので割高ですけど、目から摂取するお薬なので、大事に扱えば一生使うことも可能ですよ。飽きてきても別売りパーツが豊富にありますから」
「あの、何の話をされているのかサッパリ……そもそも、それってどんな薬なんですか?」
目から摂取って、目薬だよな。それにしたって一生とかパーツとか、意味がわからん。
「口で説明して正確に伝わるのか微妙とは思いますが、大きさ10センチ程度の2.5頭身キャラモデルでして、関節が動くばかりでなく付け替えも可能という優れものなんですよ」
「……ねんど○いど?」
僕の不用意な一言に、中年医師の目がキラリと光った。
比喩的表現じゃなくて、ホントに光った。
「同志よ!」
「な、何ですか、いきなり!」
ガシッと両手を握られ、逃れるように振り払う。
「隠さずとも良いではないですか。この説明でねん○ろいどへと行き着く貴方こそ、私の求めていた同志である証し!」
「いや、知ってるだけっす。一つも持ってないっす」
「なお好都合!」
売りつけるつもりだ、この人!
何と言うか、これは一体どんな成り行きなんだろうか。女性をナンパしたら宝石を売られそうになったとか、これに近いのかもしれない。まぁ、現状の方が遥かに性質が悪いと思うけど。
「そういうのは個人の楽しみなんですから、他人に押し付けるのはどうかと思いますよっ」
慌てふためいての反論に、どのような追撃が迫るのかと身構えていたのだけど、中年医師からは言葉どころか奇声の一つも飛んではこなかった。それどころか、先程まで闇夜を照らせるのではないかとすら思われた瞳は輝きを失い、纏う雰囲気は闇のベールとでも思えるほどに重く見える。
「……妻にね、見付かったんですよ」
そこに居るのはもはや医師ではなく、白衣を着た中年のオタクでしかなかった。
「隠してたんですか?」
「ええ、子供に『オタクにだけはなるな』と教えているようなヤツなのでね。こっそりと密かに楽しんでいたのです。ところが先日、ホラちょっと大きな地震があったでしょう。あの時に隙間が出来てしまいましてね。あ、戸棚の裏にスペースを造って、そこに隠しておいたんです。外から板を張って。その出来た隙間から、好奇心旺盛なハルヒが顔を覗かせたらしくてですね。バッチリ目が合ったらしいのですよ」
現場が思い浮かぶかのような痛々しい光景だ。
「それは何と言いますか……ご愁傷様です」
「それでまぁ、売るか捨てるかしろと迫られまして。捨てるのはさすがに忍びないと売ることになったのですが、リサイクルショップに事務的な査定をされるのも癪なんで」
「なるほど、それでこんな」
ロリプニ病とか言い出して売ろうとしたのか。それはそれでどうなんだと思わないワケではないけど、大事にしていた趣味の品を単なる商品として扱われるのは我慢ならないというのは、少しだけわかるような気がする。
「しかし、貴方なら大切にしてくれそうだ。是非ともウチの娘達を引き取ってくれないかね?」
「嫌です!」
ウチにだって置き場所はない。もちろん、僕自身にそんな趣味もない。妻や彼女がいるわけじゃないけど、家族と同居する身としては、さすがに勇気のいる選択だ。
「大丈夫。エロエロな感じの萌えフィギュアじゃないから。可愛いマスコット的な感じの子達ばかりだからっ」
「だったら奥さんを説得してくださいよ!」
「それが出来ればやってるさ……」
あ、更に落ち込んだ。
「やはりか。やはり私が医者だから、オタクであることが許されないのだな。医者だってアニメや漫画を見るし、ネットだってするしフィギュアだって愛でるさ。いや、むしろ医師だからこそロリプニ病になりやすいと考えるね。医者の不養生って言葉は、まさしくこのために違いないとすら思うくらいだ」
違います。
「医者がフィギュアの改造で徹夜したらいかんのかっ。学校の先生がコスプレ衣装を家庭科室で作ったらいかんのかっ。警察官が恥ずかしいフィギュアを万引きしたらいかんのかっ」
「いや、万引きはマズいでしょ!」
「……そうだな。堂々とレジに持って行ってニコやかに会計を済ませてこそ真のオタクというものか」
いや、それはそれで何か嫌なんだけど。
と、中年医師は何かに気付いたように視線を上げると、顎に手を当てて何やら思考を巡らせ始めた。
「ふむ、つまりアレだ。この程度で諦めるなと、そう君は主張したいワケだな。真のオタクを名乗るなら、妻などに負けずあの子達を守り通してみよと」
「あー、まぁ」
そんなつもりは全くなかったものの、興味のないね○どろいどを売りつけられるよりはマシかと思い、とりあえず頷いておく。
「よし、そうと決まれば新しい隠し場所を確保せねば」
黒いオーラは完全に吹き飛び、すっかり元気を取り戻して中年医師は立ち上がった。
ちなみに僕は病気のままだ。
「あの、僕の診察は……」
「そんなのは市販の薬でも飲んで大人しく寝とれ。というか、この忙しいのに風邪ごときで病院に来るな。こう見えて、医者はとっても忙しいのだ!」
「説得力ねーよ! というか、やっぱり風邪じゃねーか!」
結局僕は、家に帰って風邪薬を飲んで寝ることにした。
ホント、こんなんだったら病院になんて行くんじゃなかった。
ちなみに、ロリプニ病じゃなくて少しだけホッとしたのは、誰にも言えない内緒の話だ。
駄目ですね。
やはり一つも持っていない私では、ちゃんと可愛らしさを伝えられませんでした。
ごめんなさい。