王家の地下牢と狼 2
この国の貴族は、全て多かれ少なかれ精霊の血を継いでいる。だからこそ、魔力が強いことこそ精霊の力を強く受け継いだ証であり、貴族としての価値を高めると考えられている。
だからこそ私は父に見向きもされず、周囲から馬鹿にされてきた。他の部分で誰よりも努力しながらも、心のどこかではそのことをしかたがないと思ってきた。
(けれど、初代国王陛下はあの場所に耐えられるほどの魔力を持たず、その母君は魔力をまったく持たなかった)
それは貴族たちも知らない王家だけに伝わる話だという。
そして精霊と会うことができる魔力のない人間は、すべからく王家に取り込まれてきた。
「魔力のない王族が生まれることはなかったのですか?」
「不思議なことになかったようだな。……確率論からいっても魔力がない人間が現れること自体があまりに稀だ。王家はいつだって対象者を探し続けてきたが、今代は君以外に見つかっていない」
「そう……ですか」
地下牢にたどり着くと、そこにはウェルズ様がいた。ウェルズ様は、壁を背中にして寄りかかり俯いている。
「ウェルズ様……」
「……」
ウェルズ様の緑がかった青色の瞳。
その瞳は今、まるで新緑を映す凪いだ湖のように静かだ。
音もなく抜かれた剣先がマークナル殿下の喉元に突きつけられる。
思わず叫びそうになった私をマークナル殿下が身振りで制した。
「――ウェルズは理解してくれたと思っていたが」
ウェルズ様の表情は変わらない。私の知らないその表情は、もちろんウェルズ様の一部なのだろう。
「――ええ、理解しています。先日の刺客は正妃の手による者でしょうし、秘密が明らかになった今、殿下が王の証を手に入れないかぎりカティリアは狙われ続ける」
「はは、それがわかっていながら俺に剣を突きつけるとは。この国を出るつもりか?」
「もう一度精霊の世界に行ったなら、カティリアはこちらに戻ってこられないかもしれません。戻ってこられたとしても時間の流れが違う……」
ウェルズ様が唇を歪めた。
それは悲しげでもあり、苦しげでもある。
(でも確信してしまった。ウェルズ様の行動はいつだって自分の矜持や願いよりも私を優先させていた)
「ウェルズ様……」
「カティリア、俺と一緒にこの国を出よう? 傭兵だろうと冒険者だろうと君に苦労をかけはしない」
「ダメですよ、ウェルズ様」
「……カティリア」
私は二人の横をすり抜けて、もう一度色とりどりの魔法陣と光が浮かぶ場所に立った。
そして二人を振り返る。
「私知っているんです。ウェルズ様が騎士としての矜持をなにより大切にしているって」
「でも、俺が一番大事なのは君なんだ……だから」
「それでもこの国に、国民に忠義を尽くしたいと願っているって知っているから……私はあなたに矜持も、忠義も全てを手に入れてほしい。――あなたの元に必ず戻ると約束します」
それは3年前、ウェルズ様が私にくれたたった一つの約束だ。
泣かないでほしい。ウェルズ様の涙に私は弱い。
「――愛していますから、ウェルズ様のことも、ウェルズ様が守り抜いたこの国のことも」
一歩歩めば、足下が揺らぎ、一匹の白い狼が私の前に現れる。
(それにしても、どう見ても白い狼でしかないのに、どうして恋に落ちたのかしら?)
尻尾をブンブン振る姿は愛らしい。
今度は夢と過去の世界に落ちていくことはないようだ。
『ガウ!』
先導するように歩む狼を追いかけて私は歩き出したのだった。
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