精霊の見せる夢 2
ガサガサと音を立てながら藪をかき分けていく。泣きながら逃げ込んだこの場所まで、魔力のない私を追いかけてきた少年たち。
(そう、子どもの頃は魔力がないからと石を投げられることもあった)
泣いている私を背にかばった一人の少年。
彼がまっすぐに少年たちを見つめると次々と座り込んで震え出す。
不思議な光景に私は目を疑った。
「……怖がらせて悪かった」
「あっ、ありがとうございます!」
「は?」
誰かに助けられる経験がなかった私は、助けてもらえたことが素直に嬉しくて微笑んだ。
そんな私を真っ直ぐ見つめてきた瞳の色は……。
(そう、緑がかった美しい青色の瞳)
幼かった私の記憶の底に沈んだ大切な思い出。
少年の頬がみるみる赤く染まっていく。
(初恋って……そういうことだったのね)
今ならわかる。きっとウェルズ様はその身に纏う相手を畏怖させる魔力で一部の人以外には恐れられていたのだ。同世代の子供相手ならなおさら。
だからきっと、魔法が効かない私に興味を示したのだ。
自分を恐れない少女はウェルズ様にとって淡い初恋になった。
「……それからは、下級事務官として王城で勤め始めるまでウェルズ様に会っていないもの」
再び出会ったあの日、驚いたように見開かれた目。長い沈黙。
(……ウェルズ様は私のことを覚えていた?)
全て知っていたなら、きっと私だって素直に抱きしめ返していただろう。
『カティリア!!』
ウェルズ様の声が聞こえた気がした。
「……ねえ」
『ガウ?』
しゃがみ込んで白い狼に目線を合わせる。
ここまで不思議なことが起こったのだ。目の前にいるのは精霊で間違いないのだろう。
「過去のことを後悔したってしかたがないわ。今のウェルズ様が心配なの……」
『クウゥン』
「……さみしいの?」
尻尾をさげてしまった狼。
この場所にずっと一匹でいたのだろうか。
それでも白い狼は一つの方角を指し示した。
そからは一筋の光が差し込んでいる。
私は走り出す。
そのとき、目の前でガチャンッとガラスが割れるような音がした。
気が付くと床に倒れ込んでいた。
見えない壁のようなものに阻まれているのか、差し伸べられた剣だこのあるゴツゴツした手。
紫色の光がその手にまとわりついてバチバチと音を立てている。
私が倒れているのを見て焦ったのか、悲壮な表情のウェルズ様はこのままではこの場所に無理にでも入ってきそうだ。
見る間に傷ついていく手を見れば、この場所に入ればただですまないことがわかる。
よろよろと起き上がり、その手を取ればグイッと強く引き寄せられた。
振り返れば白い狼がお座りをしてこちらを見つめている。
『キュウウン』
悲しそうな鳴き声に思わず「また来るわ」と約束していた。
――直後、ウェルズ様に抱きしめられていた。
「マークナル殿下とアイリス殿下は?」
「お二人ともご無事だ。あれからすでに1週間経っている」
「1週間!?」
「君が倒れているのが見えるのに手を差し伸べるまでこんなにも時間がかかってしまった」
だからウェルズ様はあんなにも悲愴な顔をしていたのかと得心する。
「あの男は……」
「捕らえようとしたが、残念ながら今回も逃げられた」
聞かなければいけないことがたくさんある。それに伝えなくてはいけないことも……。
それでも濁流にながされる1枚の葉みたいな人生の中、今伝えなくては……今度こそ永遠にその言葉を伝えられない気がしたから。
「……ウェルズ様」
「カティリア?」
「私……あなたのこと」
抱きついて耳元でささやくのはほんの短い言葉。
結婚してほしいと言われたあの瞬間、下級事務官として書類を受け渡すときにほんの一瞬触れ合った手、私をかばってくれた背中。幼い朧気な記憶の中でも、結婚するまでの日々でも、確かにウェルズ様だけは特別な人だった。
「愛しています、ウェルズ様」
「……っ、カティリア」
強く抱きしめられた体。
まともにヒゲを剃っていなかったのだろう。再会したあの日までは行かないけれど、すり寄せられた頬がチクチクと痛い。
「俺も、君のことを誰よりも愛している」
「……はい」
ようやく私たちは、思いを伝え合った。
私たちの白い結婚が成立する日はこないだろう。
幸せな夫婦は、いつまでもともに過ごすのだから。
ここまでで一章完結です。
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