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精霊の見せる夢 1


 マークナル殿下に突き飛ばされて、倒れ込んだ先は柔らかく、痛みの一つも感じなかった。


 そこには白い狼が一匹いた。

 その毛並みは白い炎のようにユラユラと揺らいでいた。


(もしかすると、この狼がアイリス殿下が言っていた精霊なのかしら)


 新月の夜のように真っ暗な世界で、白い狼だけが光を帯びている。

 導かれるように後ろについて行くと、急に世界が眩く輝いた。


 光が収まると白い狼はそっと私のそばに寄り添って、鼻先を擦り付ける。


「あなたは誰?」

『……』


 狼が答えるはずもない。

 ユラユラと光を帯ながら揺らぐその後ろについて行く。

 そこには国王陛下と、ウェルズ様と、マークナル殿下がいた。


「本気で仰っているのですか!?」


 珍しいことに声を荒げたのはマークナル殿下だ。

 いつも物腰柔らかい彼にしては珍しいことだ。


「……ウェルズが出来ると申しておるのだ。試してみるのも一興だろう」

「魔力を持たず、魔法が効かないのです。カティリア・シーズベル子爵令嬢は王家の元で……」


 詰め寄ったマークナル殿下に陛下は指先を向けた。マークナル殿下が黙り込む。


「長年の戦いで国民は疲弊している。3年だけとの言葉を信じ、猶予を与えよう」

「ありがたきしあわせ」

「ただし、マークナルの言うことにも一理ある。それに魔法が効かない乙女と精霊の関係について口外されるのも困る」

「それでは、誰にも話すことが出来ないように盟約を」


 盟約という言葉、そして3年という期限。

 今ならわかる。ウェルズ様が私の元に帰ることなど出来なかった理由が……。


(和平により戦いが終わり、秘書官の権限で見ることが出来る資料の幅が広がった今ならわかる。たった3年で終わるはずがなかった)


 けれどその戦いをウェルズ様は終わらせてしまった。


 国王陛下の執務机に広げられた紙には、見たことがないほど細かく魔法陣が書き込まれている。

 そこに無表情のままのウェルズ様が手のひらを置けば、紫色に怪しく輝く光がその手を刺し貫き、そして消えていった。


「呻き声一つあげぬとはさすが……。さて、これで盟約は成立した」

「……必ずや御前に勝利を捧げましょう」


 踵を返して去って行くウェルズ様。

 これはおそらく3年前の出来事なのだろう。

 それは精霊が見せる夢か幻か。


「ねえ、あなたは何?」

『ガウ』


 ――再び周囲は真っ暗になる。今度は一声鳴いた白い狼の後を私はついていくのだった。


 * * *


 次に眩い光に包まれれば、目の前には遠征用の制服に身を包んだウェルズ様がいた。


「君の元に帰ってくる」


 目の前に立っているウェルズ様は、今よりも少しだけ若い。今のほうが表情は厳しく、眼光も鋭く、眉根を寄せたときのしわも深い。


(そう、どれだけ戦場が過酷だったのか、比べればわかるようね)


 なぜ気が付かなかったのだろう。


 そっとその頬に触れようとしたけれど、触れることは叶わない。

 ああ、あの日気丈に微笑んで『無事のお帰りをお待ちしています』なんて言うのではなかった。


 泣いて縋って、全てをさらけ出してしまえば良かったのに。


 ウェルズ様が去って行く。

 なぜ急に戦場に行くことになったのか、と新婚の休暇をもらえると言っていたではないか、問い詰めれば良かった。


 だって、まさか3年近くも会えなくなるなんて思ってもみなかったのだ。


(ウェルズ様……!)


 声の限り叫びたいけれど、夢の中では叫ぶことも出来ない。もどかしく思いながらその姿を追っていると、マークナル殿下がウェルズ様の元を訪れた。


「ウェルズ、友として言わせてくれ。3年で戦いを終えるなど不可能だ」

「その可能性の方が高いでしょうね」

「それなら、なぜ」

「彼女だけは死ぬまで誰にもゆずれません。結果は俺にとってたいした問題ではないのです」


 マークナル殿下は、それ以上何も言わず口をつぐんだ。


「彼女には手を出していません。俺が死んだら、あるいは3年経っても帰らなければ、神殿で白い結婚を証明し、結婚を無効にしてください」

「……ウェルズ」

「それから、友として一つだけお願いします。どうか3年間彼女を全てから守ってください」

「ああ、友として約束しよう。まあ、お前の友としてでなくても彼女のことは守るがな」

「そうですか。しかし、3年以内に彼女に手を出したら必ずや王家を滅ぼします」

「……後半は聞かなかったことにしよう」


 白い狼が再び現れて私を先導する。

 

 私も瞳に暗い炎を宿したようなウェルズ様の言葉の後半は聞かなかったことに決めたのだった。

 


 

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