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王家の地下牢 1


 ウェルズ様は夜が明けても帰ってこなかった。

 オレンジ色や紫の光が混在した空にはまだほっそりとした月が残されている。


(まるでいつも待ち続ける私みたいな月……)


 マークナル殿下の執務室に登城するまでにはまだ時間がある。

 夫婦の部屋から出るとフィラス様が扉の前で警護してくれていた。

 けれどその表情にはどこか緊迫感が浮かんでいる。

 職務の時には声を掛けると少し微笑んでくれるけれどほとんど表情のないフィラス様の表情からは何かが起こったことが伝わってくる。


「フィラス様、何があったのですか?」

「……奥様、第五王女アイリス殿下が行方不明になりました」

「え……!?」


 アイリス殿下の無邪気な笑顔が浮かぶ。

 王城の中で迷子になんてなるはずがない……。


(誘拐された……?)


 心臓がドクドクと音を立てる。

 いてもたってもいられず、けれど自分が出来ることを見つけることが出来ずにいるとフィラス様がそっと私の肩に手を置いた。


「すでにフリーディル卿が捜査を始めています。すぐに見つかるはずです」

「そうですね、きっとすぐに……」

「奥様、まだ時間が早いです。もう少し休まれてはいかがですか?」

「……フィラス様も捜索に」

「いいえ、先日の件があります。奥様まで攫われでもしたらそれこそ捜査に支障が出ます」

「……わかったわ」


 もちろん眠くなんてないけれど大人しく自室に戻る。

 去り際にフィラス様がこぶしを握りしめるのがわかった。

 アイリス殿下の護衛を務めていたフィラス様。

 彼女だってもちろん捜索に加わりたいに違いない。


(……私に出来ることは)


 部屋に戻るとベッドの上に黒いメッセージカードが一通置かれていた。

 先ほどまではなかったはずのカードに近づいてみると、そこには銀色のインクで文字が書かれている。

 闇夜の中で美しく輝くインクで書かれている文字は……。


 ――そのとき、扉の向こうで硬質な音が鳴り響いた。


 この手紙の主は、十中八九睡眠魔法を駆使してマークナル殿下の命を狙ったあの男に違いない。

 そして、剣と剣がぶつかり合うような音が続き、その音が止むとともに魔法がかかったように扉が開いた。


 扉の向こうではフィラス様の喉元に剣が突きつけられている。


「……フィラス様!」


 黒い布で口元と頭部を覆った男の瞳は、満月のような金色をしている。その瞳が弧を描く。


「フリーディル夫人、招待状は受け取ってくださいましたか?」

「――ええ」

「奥様! 逃げてください!」

「……それで、招きに応じていただけるのでしょうか」

「その騎士の命も助けてくださるのなら」


 黒いカードには『求めに応じなければアイリス殿下の命は保証できない』と書かれていた。


「――いけません、奥様!」


 首元に突きつけられた剣先を素手で掴んでフィラス様が立ち上がろうとする。

 その手から血が流れ剣先を赤く染めていく。


「……あなたは眠っていてください」


 ドサリと音を立ててフィラス様が倒れ込んだ。

 フィラス様の実力は王立騎士団でも五本の指に入るという。

 その彼女をこんなにも簡単に無力化してしまうのなら、彼の実力はどれほどのものなのだろうか。


「そんな顔しないでください。あなたに危害を加えるつもりはありません」

「……」


(……フィラス様を簡単に無力化してしまった。私が人質になった状態では、いくらウェルズ様でも)


 幸いなことにすでに着替えているから、いつもつけているブローチは私の胸元に飾られている。

 貞淑を守るため、足手まといにならないため、ウェルズ様からの求婚を受け入れた日から私の胸元で輝いているブローチ。


(せっかく思いが通じ合ったのに……)


 そもそも、このブローチに仕込まれた仕掛けは他人の命を奪うためのものではないのだ。

 短い間に覚悟を固めたつもりでも、浮かぶのはウェルズ様のことばかりだ。

 そこでようやく、あんなにも好意を伝えてくれて、私もその気持ちに応えたいと決めたはずなのに『愛している』という言葉すらまだ伝えていないことに気がつく。


 ウェルズ様も命の危機に陥ったというそのとき、こんなふうに後悔したのだろうか。


「……どこに連れていくのですか」

「もちろん、王家の地下牢へ」


 黒い衣装を身にまとった男性は軽々と私のことを抱き上げると、窓を開け放ち三階のバルコニーから軽々と跳躍した。

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